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5 ママだよ

 嵐先生を加えての雑談は、とても楽しくとても勉強になるものだった。


 この嵐先生は、国内でも最上級の精霊獣使いで、なんとその身に七匹も宿しているのだから驚きである。


 暗黒期前なら七匹と言う数は『へ~』ぐらいの感覚だが、世界に満ちる魔が消失し、魔力供給源が少ない中で七匹、しかも全てが高等の精霊獣と言うのだから意味がわからない。いったいなんの奇蹟だよ。


「そんな凄いことではないよ。ここには精霊の森があるし、国からの支援もある。なにより魔石が手に入るから七匹も宿せるんだよ」


 なんでも嵐先生は、精霊学の博士でもあり魔導師の称号も持っているとのことだった。


 結構有名なのよと星華ちゃんが耳元で囁いた。


 この学校にある精霊の森──なんと、世界樹や魔法樹があるらしく、暗黒期前と変わらぬ魔が満ちていると言う。他にも魔を増幅させる樹──これまた驚きだが、梅の樹が魔を増幅すると言う。それがこの学校の名の由来だそうだ。


 ボクも精霊の森を造ろうとしていろんな人に協力してもらったり莫大な資金を投入したが、できたのは綺麗な森。とてもじゃないが精霊獣が暮らせる森ではなかった。まあ、秘湯の旅館にして人気が出たからいいけどさ~。


 なんてことをしゃべっていると、楽しそうに聞いていた嵐先生の表情が固くなった。


「どうしました?」


「いや、どうしてそこまでするのかなと思ってね。全魔力を吸われて死にそうになったのに、君は自分の命より精霊獣の命を優先させた。ぼくの手をつかんで『この子たちを助けて』と言った言葉は今もこね耳に残っている。そりゃ、君の気持ちはわかる。ぼくも精霊獣を愛しているし、消えそうな命があるなら助けたい。でも、正光くんを見てると、なにかに取りつかれていると言うか、強迫観念に襲われていると言うか、なんだか危うく見えてしょうがないんだよ……」


 嵐先生の言葉に思わず星華ちゃんを見た。


 ……星華ちゃんにも同じこと言われたけど、そーゆー風に見えるのかね……。


 ボクとしてはなにも急いではいないし、じっくりと計画的に育てている。まあ、無茶はしてないとは言えないが、体や精神を傷めるようなことはしていない。まったく持って健やかである。


 どう言ったものかと悩んでいると、テーブルに置いていた携帯電話が震え──。


「──ママだよ。ママだよ。ママからたよ~」


 ってなことを吐きやがった。


 一瞬、頭の中が真っ白になったが、直ぐに激怒色に染まった。


 光より速く携帯電話を取り上げ、問答無用で切った。


「──なっ、あっ、くっ、……*#$+☆§っ!?!」


 溢れ出る怒りを抑えるのがやっとで上手く言葉が発せない。


 あ、あの腐れババア、なんてことしやがるっ!! ふざけんのも大概にしやがれってんだ、こん畜生がッ!!!


「アハハ! 相変わらずお茶目なことするな、美姫先輩は」


 史上最悪の悪戯だ、こんなのはっ!


 クソ! あのクソババア、いつの間に着音なんて仕込みやがったんだ! 気を失ったときか? いや、ロック解除の機器なんて持っていなかったし、薬なんて飲まされなかった……はずだ。


 電話帳を開くと当然のごとくババアの携帯番号が登録されており、メールアドレスまで登録してあった。着信発信履歴など残すへまなどする訳もなく、一月前に出た最新機種を完璧にマスターしているかのような手際であった。


 ……さすが謎深きババアである。携帯電話世代に負けないくらい携帯電話に熟知してやがるぜ……。


 まっ、そんなことはさておき、だ。こんな不吉なものは削除だ削除。あと、着信拒否もっと。ふ~。これでよし。


「──はい、まーちゃん」


 と、星華ちゃんが自分の携帯電話をボクに差し出してきた。


「おばさまからだよ」


 おばさま? 美尋おばさんのことか?


 星華ちゃんが言う『おばさま』に心当たりはないが、まあ、そんな上品な呼ばれ方する人なら大丈夫だろう。どちら様で?


「ママだよ~!」


 またも一瞬にして体中が激怒色に染まった。


「ごめんね~。ちょっと仕事が長引きそうでお昼まで行けそうにないの。でも、四時までには終わると思うからそこのマンションまで行ってちょうだいな」


 と、ボクの携帯電話にメールが届いた。


「住所はそこね。もしわからなかったら星華ちゃんに聞いて。梅見原駅の近くだからさ♪ あ、そうそう。うちさぁ~、電気ガス水道は使えるんだけど、皿一枚どころかなにもないの。だから適当に揃えておいてね。あ、夕食もよろしく。もちろん冷えたビールも忘れずによ。んじゃね~──」


 通話を切り、携帯を星華ちゃんに返す。


「おばさま、なんだって?」


 星華ちゃんの問いには答えず、自分の携帯電話を見詰めた。


 深呼吸をしてからメールを開くと、住所とマンション名、そしてビールの銘柄が書かれてあった。


 続いて電話帳を調べると、まの欄に"ママの携帯"と登録されていた。もちろん、メールアドレスもしかりだ。


 深呼吸を三回。そして──。


「──うがぁあぁぁぁっ!! なんだよ、なんなんだよ、あの腐れババアはよぉ! バカにしてるのか? 嫌がらせなのか? いったいなんの恨みがあるって言うんだよ、こん畜生がッ!!」


 あーもー怒りで気が狂いそうだよ!


「まあまあ、落ち着いて。なにもまーちゃんをいじめようとしている訳じゃないよ。久しぶりにまーちゃんと一緒にいたいだけだよ」


「にしたってやり方が悪質だ! 温厚なボクでも叫ぶぞっ!」


「でも、こうしないとまーちゃん、おばさまと会おうとしないでしょう?」


「当たり前だ! あんな身勝手な母親なんかと会ってられるかッ!」


 別に薄情なのを責めている訳ではない。憎んでもいない。離婚がどうとか会いにこないとか、そんなことどうでもいい。自分を産んでくれた人だ、それなりに愛情はあるし、感謝だってしている。仕事に生きたいのなら勝手にどうぞ。寂しいのなら会いにきたって構わない。少しなら妥協して食事にも付き合うさ。たが、こちらの人生を無視すると言うのなら全力で抵抗させてもらうよ。母さんに人生があるようにボクにも人生があるんだ、こんな勝手を許せるものかってんだっ!


「ハハ。親に反抗するのも子供の特権。どんどん反抗するといいよ。まあ、あの人に反抗するのは大変だけどね」


 嵐先生のセリフに怒りが急速に萎んでしまった。


 わかってる。ああ、わかってるさ。あのババアに勝てないことくらいな。


 魔術も使えず体力もない自分が、剣闘術の達人で魔導師の称号を持つババアに勝てるはずがない。しかも、技術進歩に遅れることなくその技術を利用している。知恵も技術も上。ましてや経験など遥か上過ぎて目眩がしてくるよ。


「……ううっ、誰かあのババアをどこか遠くに連れてって下さい……」


 言ってなんだが、それが無理なのは承知している。


 志賀倉最強と言われ、仕事に生きる母親である。そんなのと付き合う物好きなんてこの世にいる……って、父さんがいたな。あ、いや、あの父さんも母さんに負けてないが、離婚したし、よりが戻ることもないし……あーなんだ、夢は見るなってことだ、うん……。


「……やれやれ。諦めるしかないか……」


 どうせ勝てないのなら足掻くだけ無駄。精神と肉体に悪影響でしかない。ならば、ここは素早く意識を切り替えて母親にたかってやるか。なにやら高給取りみたいだし、遠慮なく小遣いをせびり取ってやる。素直に従う息子だと思うなよ、クソババアがっ!


 切り替えしたのなら次に向かって歩き出すだけである。


「星華ちゃん。ここって学校から近いの?」


 携帯の画面を見せた。


「天神橋町なら三キロちょっとかな」


「じゃあ、梅見原駅から秋野原までは何分?」


 世界でも有名な電気街。一度は行って見たかったんだよね~。


「え? 秋野原? え、えーと……」


「だいたい四、五十分位かな?」


 悩んでいる星華ちゃんの代わりに嵐先生が教えてくれた。


 この学校が帝都のどこら辺にあるかは知らないが、結構外れの方にあると見た。でも、今は八時半過ぎだからほどよ時間に着けて充分探索できるはずだ。


「ねぇ、星華ちゃん。これから秋野原に行こうよ」


「ごめん。午後から選択科目の授業があるんだ」


 あらら。それは残念。


「そっか。じゃあ、しょうがないか……」


 まあ、一人で行ってもいいんだけど、せっかくの星華ちゃんとの時間を潰すのももったいないしなぁ~。


「なら、ぼくのところで時間を潰すかい?」


 と、嵐先生が言ってきた。


「どう言うことですか?」


「うん。これから精霊の森の手入れがあってね、ちょっと人手が欲しかったところなんだ。だから、興味があるならどうかなって思ってね」


 メチャクチャ興味があります!


「……けど、部外者のボクが入ったりしていいんですか? それに、精霊術なんて、ボク使えませんよ」


「精霊の森の管理者長はぼくだし、精霊獣を宿しているなら問題なし。それに、手入れと言っても基本、土いじりに枝の選定、あと害虫駆除。そんなだから生徒には人気がないし、人がなかなか集まらないんだ。ダメかな?」


「ダメだなんてとんでもないですよ! 精霊の森を見れるのなら害虫駆除どころか根絶やしにしてやりますよ!」


 精霊の森など金を払ったところで見れるものではない。魔が満ち、精霊獣が生きられる環境など一生に一度あるかないかのチャンスである。両手両足がなくなろうとも着いて行きますとも!


「しょうがないか。虫は嫌だけど、嵐先生にはなにかとお世話になってるし、まーちゃんとももう少し一緒にいたいしね」


 そんな星華ちゃんの横に黒い影が生まれる。


 あの日、星華ちゃんが宿した精霊獣──狛犬の影虎だ。


「おっ、影虎。元気にしてたか?」


〈うるるる〉


「元気だぞ、だって」


 魔体でしかない影虎に人の声を出せる力もなければ高度な思考力もない。せいぜい三、四歳くらいの子供位の知能しかないのでボクには唸っているようにしか聞こえないが、一緒に育ってきた星華ちゃんとは精神が繋がっているのでなにを言っているかわかるのだ。


「それじゃあ、人も多くなってきたし行こうか」


 言って周りを見た嵐先生。釣られてボクも周りを見ると、教職員に混ざり、なぜか完全武装した兵隊さんがいた。


 余りこの国の軍隊に詳しくはないが、装備からどこで戦うかぐらいには知識は持っている……んだけど、今入ってきた兵隊さんの装備は、黒と灰のまだら色した迷彩戦闘服にアサルト・カービンが主で、ショットガンやアンチ・マテリアル・ライフルを持った兵隊さんまでいれば忍装束の人もいる。バックパックの量からして市街戦って装備じゃないし、野外戦って装備でもない。ましてや対テロでも暴徒鎮圧でもない。いったいドコでナニと戦うって言うんだ? いや、そもそも学舎まなびやになんで兵隊さんがいるんだよ?


「なんですか、あの兵隊さんたち?」


「うん? ああ、そう言えば選挙があったっけ」


 選挙って、一月前にあった衆法議院選挙のことか? それと兵隊さんとなんの関係があるワケ?


「まあ、いろいろ機密事項の多い学校でね、気にしないでもらえると助かるよ」


「わかりました。見なかったことにします」


 そんな危険臭がするものなど見たくはないし、触れたくもない。なかったことにするのが吉である。


 嵐先生の後に続き、完全武装の兵隊さんたちの横を通り過ぎて水緑苑を出た。

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