40 遊ぶよ!
気が付くと、鈴子ねえさんや焔がいなくなり、星華ちゃんだけがいた。
「まずは一杯」
と、空になったカップに紅茶を注いでくれた。
飲み干すまで星華ちゃんは沈黙を保ち、心が落ち着くまで待ってくれた。
「ふ~っ。さすがに落ち込んだよ」
「だろうね。騙しているつもりが騙されていた。しかも、こちらに勘づかせることなく。ぼくなら完全に心が折れてるよ」
「星華ちゃんは、どうして裏切らなかったの?」
なんて思わずいじけた質問をしてしまった。けど、星華ちゃんは怒ったりせず、優しい笑顔を見せてくれた。
「ぼくがまーちゃんを裏切るときは、まーちゃんの横にぼくより相応しい人が現れたとき。それまではどんな無茶でもぼくは信じるよ」
「………………」
嬉しいよりもいじけた質問をした自分に腹が立った。
星華ちゃんがそう思って貫いてくれてるのに、ボクときたら家族に裏切られたからといじけるばかりか八つ当たりなんかして。あのアホよりボクの方がアホ野郎だ。
「謝ったりするなよな。その誓いはぼくのもの。まーちゃんがとやかく言う資格はないんだから」
うん。謝ったりはしない。二度と情けない姿を見せたりはしないよ。
「それより、行動するなら早い方がいいんじゃない? 今なら鈴子ねえちゃんも油断してるし、妨害もできる。妹ちゃんのことならぼくが責任を持って守るよ」
そんな幼なじみに、ううんと首を振った。
「悔しいけど、今のボクには鈴子ねえさんの意志には勝てないよ。奇跡的に勝てたとしても七緒ねえさんととうさんらの監視から逃れて計画を続行するなんて至難の技だよ」
なにより心を奮い立たせるのに時間が欲しいよ。
「フフ。そこで不可能と言わないところがまーちゃんだよな」
「絶望をまた経験しただけ。ならまた立ち上がるまでさ」
「まあ、それでダメになるようでは志賀倉の業なんて絶てないしね」
まったくもってその通りである。
「それに、自分の未熟さも教えられたよ」
計画の稚拙さ。見る目のなさ。力不足。心の弱さ。その全てを突かれた。
「ほんと、情けないよ」
「百対一でも負けなかったまーちゃんに言われたら鈴子ねえちゃんの立つ瀬がないよ。ましてやまーちゃんを見て己の未熟さを見せつけられた同年代の人たちは、自信喪失で立ち上がれないね」
「そうは言うけど、皆の力だって十分過ぎるくらい異常だよ。長年迷宮で戦ってたかもしれないけど、アレだけの数に囲まれて一時間も自力で戦えるっておかしいでしょう? それだけでも驚きなのに、嫉妬より利益を取るなんて大人でも難しいよ。今まで星華ちゃんの口から出なかったのが不思議でたまらないよ」
ああ言ったが、その年でそれだけできれば十分立派である。
「それはまーちゃんが立ち上がったからさ。もし、まーちゃんがいなかったらいつものように大きいところの牽制で終わってたさ。そんなお粗末なもの見せられても失笑しか出ないよ」
まあ確かに技を競おうとする場でやる気もないもの見せられたら興醒めだろうさ。
「でもまあ、これからは面白くなりそうだけどね」
責めるような目を向けてきた。
「ごめんなさい! もう二度と仲間はずれにはしません!」
素直に頭を下げて誠心誠意謝罪した。
「もういいよ。またあの笑顔を見れたからね」
鈴子ねえさんが言う通り、その違いがわかるよーだ。
「ぼくはまーちゃんの味方だよ。けど、できることならまーちゃんには自分の幸せを優先して欲しい。もっと自分のために笑って欲しいよ」
「……ボク、そんなに自分のために笑ってなかった……?」
そりゃあ自分のことなど後回しにしてきたが、自分の趣味はそこそこしてきたし、楽しんできたつもりなんだがな~。
「正確に言うのなら笑いの度合いが違うんだよ。まーちゃんが自分のために笑っているときは他人の目なんか気にしない。もう楽しむことに一直線。昨日も一瞬だったけど、本当に楽しそうに笑ってた。そんなの幼護園以来だよ」
……そうか。そんなに笑ってなかったか、ボクったら……。
「家族のために動きたくなったら動けばいい。ぼくは応援するよ。でも、その日までは自分のために笑って欲しい。ぼくも仲間に入れて欲しい」
星華ちゃんの言葉に胸が締め付けられた。
ああボクは、横に立ちながら横を見ることをしなかったんだな……。
「──志賀倉くん。柳生さん。そろそろ始めようと思うのですが、よろしいかしら?」
と、遠慮がちに藤月さんが入ってきた。
「うん? もうできたの? 早いね」
腕時計を見たらまだお昼前だった。
「ええ。災害時のために炊き出しの訓練はしてますし、どの勢力も親睦会をやってますから手慣れてますの」
ふ~ん。いろいろやってる学校だな。
「わかった。直ぐ行くよ」
ではと言って戻って行った。
「あの藤月さんがあんなに無邪気な人とは思わなかったよ」
「そうなの? 会ったときからあんな感じだったけど」
「いつも毅然としてて、男とはまったくと言っていいほどしゃべらない人だったんだよ。それがあんな風に男としゃべったり表情をコロコロ変えるなんて、ほんと、驚きだよ。まあそれもだけど、高明くんや栖輪さんにも驚いたよ。いがみ合うほどではなかったけど、あんなに仲よくしている光景なんてあり得なかったんだからさ」
ほ~ん。皆、結構気のいい連中なのにな。
「いい遊び相手を見つけたって顔だね」
冷ややかな声と視線が突き刺さる。
ついさっきまでのボクなら即座に謝っているところだが、完全に退路を断たれた今、もはや怖いものはない。それどころかそんな星華ちゃんが可愛くて、可笑しくて、なんだかわからないけど、ツボに入ってしまった。
「フフ。アハハハハッ!」
ああ、なんだろうこのゾクゾクした感じは? もうじっとしていられないよ。
「……そうか。そうだった。いつの間に忘れたをだろうな? あの頃は毎日がこんな感じだったのにさ……」
家族のことは今でも大切だし、志賀倉の業を断つと言う誓いもある。でも、本質だけが残されたからこそ今まで見えなかった──ううん。あの頃の感覚を思い出させてくれたんだな。
そうだ。楽しいことはどこにでもある。遊んでくれる幼なじみがいる。張り合える相手がいて遊べる場所がある。悔しいけど鈴子ねえさんの言う通りだ。ここにはボクの感情を煽るもので溢れている。どう遊ぼうかと考えるだけで失神しそうだよ。
「……まーちゃん……?」
──おっと、いかんいかん。本当に失神するところだったよ。
緩みに緩んだ表情を引き締め……らんないよ。もういるだけで楽しいんだからさ。
「ボクは遊ぶよ。着いてこれる?」
そんなボクの言葉に星華ちゃんはニヤリと笑う。
「ぼくが一度でも遅れたことがあったかい?」
失礼。愚問でした。
「さて。気持ちも体力も完全復活。遊ぶよ、星華ちゃん!」
言って手を差し出した。
「うん!」
しっかりと手を繋ぎ、輝かんばかりの笑顔を咲かした。
それは九年前に断たれたいつもの日常。いつものセリフ。そして、ワクワク感にドキドキ感。
遊べと言うのなら遠慮はしません。手加減もしません。期待以上に遊んでやろうじゃないか。
「行こう、星華ちゃん!」
「うん、まーちゃん!」
お互い手をしっかり握り合い面白い方向へと駆け出した。




