38 報酬譲渡
「……さい。お……さい。おーい」
なにか遠いところから声がして、頬に冷たいものが押し当てられた。
……なんだって言うんだ? って言うか、なんだこの最悪なな気分は……?
また調子こいて魔力を使い果たしたのかと頭の隅で考えながら瞼を開くと、穏やかな笑みを浮かべる鈴子ねえさんがいた。
「気分はいかが?」
えーと。なに、この摩訶不思議な状況は? なにがどうなってあるんだよ……?
「……あー、えーと。最悪です……」
体の中で頭痛と吐き気が暴れ回っている感じだ。長年の訓練がなければ吐きながら七転八倒しているところだ。
「フフ。そうは見えないけどね」
なにやら愉快そうに笑う鈴子ねえさん。なにか悪いことが起こる前兆か?
「ところで、ここはどこですか?」
「バスの中、かしら? キャンピングカーみたいだけど」
あー………うん。星華ちゃんの第三野営基地だな。
「ボク、なんでここにいるんです?」
確か星華ちゃんとお茶してて、焔や野村さん、海璃ちゃんがきて……アレ? そこで記憶が途絶えてるぞ? あれ? え? なにが起こったんだ……?
「さあ? わたしがきたときは、もうこの中にいたわよ」
まったくもって思い出せないが、覚悟する暇なく意識を失うことがあったんだろう。なら、少し間を開けてから向かい合おう。ここで無理矢理思い出したところでまた意識を失うだけだしな。
「……ところで、鈴子ねえさんはなにしてるんですか?」
「正光くんを膝枕してあげてるの」
いや、そうではなく、なぜここにいて膝枕なんて……いいや。こーゆー毒気のないときの鈴子ねえさんは毒気を出しているときより混沌としている。まともに付き合ってたら更に体力を消耗するだけだ。
「動ける?」
「……いえ、まだ動けません……」
今、回復力をフル回転させてはいるが、思いの外回復しない。まったく、どんだけショックを受けたんだよ、ボクったら……。
「相変わらずの回復力ね」
回復で高まった体温を冷やすかのように、手のひらに冷気を宿し、優しくおでこを撫でて行く。
鈴子ねえさん、腐れ女子ではあるが、見た目はいいし、柔らかくていい匂いがするし、膝枕が絶品である。嫌なところに目を瞑れば役得──と思うとしたら突然胸ぐらをつかまれ、凄まじい力で持ち上げられた。
「……人がいない間に美味しいことしてるじゃないのよ……!」
瞼を開けると、なにやら鬼気迫るような笑顔を浮かべ、まるで浮気現場を発見した奥さんのようなセリフを吐く星華ちゃん。
なぜこんな仕打ちを受けるか問い質したいところだが、星華ちゃんの握力はゴリラにも勝る。せっかく回復した体力が秒単位で減って行く。
ギブギブと星華ちゃんの腕を叩くが、まったくもって聞き入れてくれない。死ぬっ! マジ死ぬっ! マジで死ぬってッ!!
「欲張りな人には絶対に譲りませんからね」
そんな意味不明なことほざいてないで放してよ! あと五秒で確実に死ぬぅぅぅっ!
まるで時限爆弾を一秒前で停めるヒーローのごとく、ニヒルに笑う幼なじみ。
……覚えてれよ、この腐れ幼なじみが……!
なんて恨み言は横に置いといてだ、生命数値を二十まで回復させる。
「……焔。悪いが食糧をくれないか……」
霞む視界に沢山の人影が見えるが、誰なのかはわからないし、なぜいるかも記憶にもない。だが、焔がいるのだけはわかるので、食糧を頼んだ。
「はい、兄様。これを」
封を切った栄養ドリンクを口へと当ててくれ、ゆっくりと飲ましてくれた。
さすが市販されている中で高額なだけはある。飲み干して十分で生命数値が百にまで回復した。
「……ふぅ~。生き返った……」
なんて言うほどまともな状態ではないが、百もあれば目も見えるし、頭も働く。なにより心配顔の焔に笑顔を見せられる。
「ありがとう、焔」
「いえ、そんな。それより大丈夫なんですか?」
「こんなの日常茶飯。心配されることじゃないさ」
頭をポンポンと叩き、なにやら複雑な表情でボクを見る同盟諸君らへと意識を移した。
「えーと。なんの話をどこまでしたっけ?」
同盟諸君らがここにきた記憶もなければ状況もさっぱりわからないが、まあ、こんな顔しているところを見ると、ボクが記憶をなくす前にきて、なにかを話していたのは間違いないだろう。
「……あ、あー、えーと、ああ。そうだ。カードの話だよ」
いち早く我に返った高明が失った時間をなかったように今に繋いだ。
……臨機応変は苦手だと言いながら臨機応変に対応したじゃないか……。
「ああ、カードね。うんうんカードだったな。あ、いや、カードなんだけど、まさか昨日の今日に言われるとは思ってなくて中身を抜いてないんだよね。明日──いや、場所は確保したから午後の三時までは用意しておくから──」
「──それまでバーベキューでもしましょうか」
と、星華ちゃんが割り込んできた。
「そうね。十五歳男子の平均的生命数値を六百五十だとするなら今のまーちゃんは……一か二はまで追い込んだから百をちょっと越えたくらいかしら? 一般人の感覚で言えばロングのトライアスロンをしたあとに軽くバットで殴ってやった状態と言えばわかるかしら?」
いや、わからないと思うよ。
「変態だな」
「変態ね」
「変態だよ」
「変態め」
「まったくだわ」
あれ? 皆さん、そんな例えでわかっちゃったのっ!?
「あと十五分もすればいつもの状態──ちなみにまーちゃんの平常状態は三百ね。いつもの状態とは言え、この場所を片付けてカードの中身を出して渡すとなるとショートのトライアスロンをしたあとに本気でバットで殴った状態、まあ、昨日の自爆前の状態になるわね」
「変態だな」
「変態ね」
「変態だよ」
「変態め」
「まったくだわ」
だからなんでそんな例えでわかっちゃっうの? しかもなぜに変態扱いなの?
「そんな変態を運ぶ者としては却下させてもらいます。それに、昨日の戦いで思うことがあるんじゃないのかしら?」
星華ちゃんのなにかを含んだ言葉に、同盟諸君らの視線がさ迷った。
しばし、お前が言えよ的な視線が飛び交い、従兄弟と言う立場からか第一勢力だからかはわからないが、皆からの集中砲火《視線》に負けた高明が口を開いた。
「……な、なんと言うか、その、アレ、どうするんだ?」
と、不法投棄を指差した。
「廃棄するよ」
苦労に苦労を重ね集めたものであり、まだ使えるものがあるかもしれないが、それを復元させるための時間がない。なら、とっとと廃棄して新しく集めた方が時間的にも精神的にも優しいと言うものだ。
「な、なら、譲ってくれないか? もちろん、金は払う。……ダメか?」
「ダメではないが、あんな中古なんて買わず購買部で買えばいいだろう。九六式自動小銃が四万五千円ってなんのバーゲンセールだよ?」
アフリカの闇市ならもっと安く売ってはいるが、日本帝国最大の兵器会社、三羽重工が開発した最新鋭だぞ。正規値段は知らないが原価割れどころかストックの値段にもなってねーよ。治外法権も大概にしろよ、梅学っっ!
「買えたらこんな情けないこと言いますんわ」
「ったく。武田組の野郎、買い占めだけならまだしも二ヶ月先まで予約しやがって!」
「さすがと言うかなんと言うか、さすが服部姫子と競うだけはあるぜ」
さっぱりもって意味がわかりません。わかるように言ってくれません?
「まーちゃん、武田先輩と会ってなにか話た?」
そんな問いに素直に答えると、なぜか天を仰ぎ、深いため息をついた。なんなのいったい?
「さすが武田先輩ね。まーちゃんにも負けない柔軟な思考力を持っているわね」
へー。星華ちゃんにこんなこと言わせるなんて思った以上に凄い人なんだな。でも、今の話とそのセリフがどう繋がるワケ?
「まーちゃん、銃を選んだ本当の理由ってなんなの?」
「武田先輩に言ったように兵隊さんの装備を見たのと銃の練習を兼ねてさ。あとはまあ、どの銃がどの迷宮獣まで効いて、何階まで有効なのかな~って思ったまでさ」
「まさに武田先輩もそう思ったんでしょうね。迷宮での戦いは、いかにして体力を温存して深くまで潜るかに掛かっている。弾丸なんて重たいものを運ぶくらいなら食糧を持って魔術で攻撃した方が遥かに効率的だものね。たがら誰も銃の有効性を知らない。知る必要もないと意識から外してしまった。なのに、迷宮戦のなんたるかも知らない素人がそこを突いてきた。姫子ねえさんと争ってきた武田先輩としては目の覚めるほどの衝撃だったでしょうね」
「別に近代兵器に頼らなくてもいいじゃないか。培われた技と知恵がこの国の売りなんだからさ」
魔術を極めれば五十口径の弾丸ですら防ぐし、特級魔術士なら戦車くらい軽く吹き飛ばせる。まあ、そこまで行かなくても一般的な忍が五人もいれば大抵なところには忍び込めるし、大抵なものは壊せる。前に、原発を占拠した武装集団相手に警察の特殊部隊がクナイ一つで制圧したとかあった。んなバカなとは思ったが、この学校を見たらできて当然だとわかるよ。
「そう言えるのは頭の中にカビが生えた時代遅れか、学ぶことを止めたバカが言うことよ。あとは……そうね。そんな愚か者を更に愚かにしようとする変態くらいね」
なぜかボクを真っ直ぐ見て言う星華さん。言っときますが、ボク、伝統とか歴史を敬う人ですからね。
「……なんにせよ、武田先輩は学ぶことに真っ直ぐで、貪欲な人だわ。わたしも噂で聞いただけだからわからないけど、昨日のように迷宮獣が犇めく階があるらしいわ。それをまーちゃんとの会話から連想させたから武田先輩は姫子ねえさんの最大の敵であり、唯一のライバルなのよ」
そう力説する星華ちゃんではあるが、無関係なボクにはどうでもいいこと。誰がなにをしようが考えようがご勝手にどうぞ、である。ってまあ、そんな顔をしているだろうボクに幼なじみがため息をついた。
「……そうね。この非常識を常識に変えるような男に梅学の常識は温すぎるか……」
いやいや言うほど温くないよ、この学校の常識は。
「とにかく。まーちゃんはお昼まで体力を回復に専念すること。その間、皆は使えるものを選んで公平に分配すること。あと、これはこの幼なじみとしての忠告。この男がタダであげるものには要注意。気前がいいときほどなにかを企んでるから。それを防ぐにはちゃんとした値段で買うこと。この幼なじみは商売に関しては不思議と一般常識を守るからね」
野村さんがギョッとしてボクを見るので、まあ、それも人生経験。次からは気を付けようね~的な笑みを送っておいた。
「まーちゃん、車出して」
「軽トラなら二台あるよ」
「軽トラ? 他にはないの?」
「父さんのところで強──じゃなくて仕入れようと思ってたから車のカードは万が一のときのために軽トラ二台と武装したラガート二台だけにして空にさせちゃったんだよね」
まったく、人生設計の補正に忙しくて戻せなかったんだよ。
「じゃあ、軽トラ二台にまーちゃんのバイク……だけじゃ足りないか。公道を走れるバイクは何台ある?」
「ビックスクーターが二台にオフロード車が一台。大型車が三台あるけど、改造してあるから扱いが難しいかもよ?」
「取り合えず全部出して。車とバイクの免許を持ってる人は?」
星華ちゃんの問いに、各リーダーたちの報告で十三人いるとのことだった。
へ~。結構いるんだ。バイク通しているのボクだけだったからいないのかと思ってたよ。
「藤月さん。野村さんを入れて買い出し班を組織してくれる?」
「あたしっ!?」
自分の名が出るとは夢にも思ってなかった野村さんが藤月さんより早く声を発した。
「そう。野村さんにはバーベキューの材料費を全額出してもらいます。情報を買うときのために百万は持たされていると聞いたわ。まあ、嫌だと言うのならそれでも構わないわ。わたしの幼なじみの優しさはこれから起こるだろう悪夢の前払い。これを阻止するにはその優しさに見合う代償を払っておくのが唯一の手段。で、どうする?」
やれやれ。優しい幼なじみだ。
「──だ、出しますっ! 出させて頂きますっ!」
「うん。わたしの幼なじみに太っ腹なところを見せてやりなさい」
「──あ、あの、それでしたらわたしにも出させてください!」
と、勇気を振り絞って海璃ちゃんが間に入ってきた。
「まーちゃんがあなたを助けはのは信念。あなたが協力してくれたのは幸運。その感謝はレベル譲渡で相殺されているわ。だからこれ以上は不要よ」
やれやれ。もうちょっと優しく言ってやりなよ。海璃ちゃんはちゃんと人の声に耳を傾けることができる子なんだからさ~。
「だから戦えるものが戦わず、ただ守ってもらったとあってはこの幼なじみの横に立つ者としての誇りが許さない。なので、わたしも皆に魔力保持者専用カードを譲るわ」
幼なじみの発言に皆の目が集中した。
「魔力保持者専用カードは通常カードより限界使用回数が倍あり、迷宮制覇のためにわたしがまーちゃんにお願いしたもの。カードは全部で三十六枚。値段は一枚二百万円。中身もと言うのなら最高で七千万。最低でも三百万。決して無駄にはならないことをわたしのレベルに誓うわ」
ちなみに星華ちゃんのレベルは36。最高到達階は地下十五階。しかもソロで行けたのは梅学史上星華ちゃんが最初とのこと。まあ、ボクにしたら星華ちゃんだかと片付けられるくらいの衝撃でしかないがな。
とは言え、七千万って、誰が買うのさ? なんて思ったら、高明を抜かす全員が爆発した。
おれがわたしがと我先に名乗り出し、オークションのように値段が吊り上がり、星華ちゃんは最初の値段を譲らないため、譲れ譲らないの言い争いになり、なんやかんやでジャンケンで決めることに落ち着いた。
「姫騎士団はいいのか?」
白熱するジャンケン大会を眺めながら我関せずでいる高明に尋ねてみた。
「お前が気前がいいときはなにかを企んでるいるとき。なら、お前の横に立つ者が同じことをしないとは限らないだろう」
ほ~。なかなか冷静じゃないの、我が従兄弟どのは。
「それを言ってやったらどうだ?」
「言ったところで聞きやしないよ。なんたって新記録を叩き出した秘密なんだ、全財産かき集めても買い落とすさ」
「ご苦労なこって」
「ちなみに七千万ってなんなんだ?」
「異空間に固定した核シェルターだよ」
「……核シェルターにそれほど詳しくはないからシェルターのことは聞き流すが、異空間固定って、そんなこと可能なのか?」
「よくは知らん。ボクはたんなる窓口。承諾するのは次期幹部会。発注するのは次期幹部会の誰か。それをどこかで造るのはラルクじいちゃん。そして、できあがったものを見知らぬ配達員がボクのところまで運んでくる。それが本当かどうかを調べるのは勝手だが、十二分に気を付けろ。とある暗殺業者に一定以上の情報まで辿り着いた者がいたら殺してくれと、誰が発注してある。そこは忍以上に歴史あるところだから」
ほんと、志賀倉の業はそんな暗殺業者ですら引き込むんだから怖い一族だよ。
「さて。結果が出そうな感じだし、車を出しておくか」
シェルターを勝ち取った矢沢くんたち陽炎忍郡の歓喜を横目に椅子から立ち上がり、買い出し用の軽トラとバイクを召喚するために外へと出た。




