35 おはよう
「おはよう、星華ちゃん!」
四月も半ばの清々しい季節。気分も心も新鮮にしてくれる朝だと言うのに、ボクの可愛い幼なじみはため息模様。どったの?
「……まーちゃんに常識を求める方が悪いか……」
なにやらとっても失礼なことを呟きながらサイドカーに乗り込んできた。
ヘルメットを被った星華ちゃんがアゴで行けと命令する。
「畏まりました、お嬢様」
従順な執事のように応え、大切なお嬢様のご機嫌がこれ以上斜めにならないように静かに発車した。
しばし無言のまま安全運転で学校を目指すが、横から注がれる幼なじみの非難の目にいつまでも堪えられるほど強靭ではない。
「え、えーと。今日はどの道行こうか?」
「真っ直ぐ学校に向かって」
素っ気ない返事だった。
……ま、負けるな、ボク……!
「そうそう。明日の放課後から迷宮に入ろうよ。二人でさ。地下六階までの道順はわかってるし、ボクと星華ちゃんなら一日で地下十一階まで行けると思うんだ。あ、それとも久しぶりに手合わせする? カードを姉さんに売って魔石が手に入ったからとことん付き合えるよ」
ことさら明るく言った。
だが、返ってきたのは冷たい眼差し。鈴子ねさんもびっくりな冷たさであった。
「……な、なんでございましょうか……?」
「……もっと重要なことがあるんじゃないか?」
思わず『ありましたっけ?』なんて言いそうになったが、そんなこと言ったら冷たい眼差しと一緒に木刀の突きもくること間違いなし。この状態では避けられないって。死ぬって。
「え、あ、うーと、あ、そうそう。昨日は運んでくれてありがとうね。助かったよ」
星華ちゃんも人並み以上にバイクや車を運転できるのだ。まあ、ボクが無理矢理教えたんですけどねっ。
「……どういたしまして。で、他には?」
あれ? 違った? 服装か? 髪型か? なにか約束してたっけか? なんたんだ、いったい? まったく思い付かないぞ?!
「ごめんなさい! わかりません!」
星華ちゃん相手に見苦しい言い訳したら心と体に傷をつくるだけ。素直に謝るのが吉である。
「……ったく。いじめがいがないんだから……」
い、いじめって。いつからそんな悪い子になっちゃったのさっ!?
「昨日の大会のことで聞くことはないの?」
また『なにを?』と言いそうになったが、言ったらくるって。一切の手加減をなくした一撃がくるって。考えろやボク!
必死に、全脳細胞を駆使して考えるが、聞きたいことなどなにもない。いったいなにを聞けと言うんだよ?!
「……幼なじみと妹の未来が掛かった戦いだって言うのに、心配もしなければ結果も聞かない。こうして話しているのにまだピンとこない。まーちゃんのそう言うところがぼくを傷つけるんだからな」
「あ、いや、だって、星華ちゃんならボクの考えや行動はわかるでしょう。魔球も死なばもろとも作戦も星華ちゃんにやったことだし、ましてや聖輪同盟の人たちの強さや性格は星華ちゃんの方が知ってるでしょうが。なに一つ負ける要素が……って、なに、その身も心も凍えそうな眼差しは……?」
あなたはいつから鈴子ねえさんになったのですか?
「ごめんなさいっ! ボクがわるかったです! 謝るからわかるように言ってよ! だからその目は止めてよっ!」
それ以上やられたら一生消えないトラウマになっちゃうよ。
「じゃあ、昨日の結果を聞く」
「──はい! 昨日の大会の結果を教えてください!」
「春大会の優勝者は野村静香さん。どこぞのお馬鹿さんが敗けを宣言してレベル6を獲得。前後の戦いでレベル2を稼いでいたからレベル8で断トツ優勝ね。梅学始まって以来の記録を叩き出したよ。優勝後のモデルも梅勲章も辞退。ちなみに最後まで残っていられたのは四十九人。梅学史上四分の三もの脱落者を出した春大会と記録されました。万事、まーちゃんの思惑通り。ぼくも妹ちゃんも救われました。で、言うことはなに?」
答え如何でボクの未来が明るくなるか暗くなるか決まるのだ、ちゃんと答えろよと星華ちゃんの目が語っていた。
そんなムチャクチャな! と叫んだところで星華ちゃんの耳には届いてはくれない。心に傷を負う前に答えろだ。
えーと。あーと。星華ちゃんの言葉と態度からして釈明や感想を求めている訳ではない。長い言葉で飾るのではなく素直な言葉。あらゆる道具を使い、ある限りの知恵を費やし、ボクの大切な二人を守ることができたのだ。
「……よかった……」
そうだった。ボクが言うべきこと、いや、するべきことは安堵すること。挨拶よりも笑顔を見せること。守れた人に嬉しさを伝えることだ。
「……でも、ボクの力を信じてなかったの?」
ちょっと拗ねたように言うと、なにやらため息をつかれた。なぜに?
「そりゃ自分が普通じゃないことも女らしくもないのはわかってるさ。けど、ぼくだって人並みの感情があったり普通の女の子として扱って欲しいときもある。まーちゃんが悪どいのも変態なのも知ってる───」
いや、変態を事実として語らないでよ! 幼なじみにそう思われてショックだよ!
「──ましてやこの年代は優秀な者ばかりで相手は鈴子ねーちゃん。いくらぼくでも安心してなんか見てられないよ。そんなぼくの気持ちなんて知らないとばかりにいつものように笑顔で挨拶する。自分の力に絶対の自信があってのことならまだしも、まーちゃんが自信を持っているのは仲間たちの信頼性と能力。この人らなら大丈夫と思ったら全力で信じる。幼なじみや妹より仲間たちとの信頼を取ったんだよ。幼なじみとしてはおもしろくないに決まってるじゃないか。いつでもとは言わない。でも、たまには普通の女の子として扱って欲しい。普通の女の子みたいなことしたいよ……」
初めて見る星華ちゃんの感情にどう対応していいかわからなかった。
「……だから今度の土日はぼくとデートねっ」
と、星華ちゃんの口から聞き慣れない単語が出てきた。聞き違いか?
「……あ、あー、ごめん。もう一度言ってくれる?」
「土日はぼくとデート。もちろん、二人っきりでだからね」
聞き違いではなかったようだ。
「いや?」
「とっ、とんでもございません! 喜んでデートさせて頂きますっ!」
また凍えそうな眼差しに慌て答えた。
な、なんなんだ、今日の星華ちゃんは? こんなこと言う娘じゃなかっただろう。いったいなにがどうなってこうなった?
「あ、そうそう。もう一つあったんだ」
わざとらしい思い出しに心臓がビックと跳ねた。今度はなんなのさ?!
「どうだった、道博くんは?」
「0点」
自分でも驚くくらいそれまでの感情が吹っ飛び、星華ちゃんの眼差しにも負けない凍える声で評した。
「ふふ。0点か。うふふ。それはなにより」
まるで予想以上の高得点を得たかのように喜ぶ星華ちゃん。なんかおもしろくない笑いだ……。
「なんなのさ、いったい?」
「だって、まーちゃんがぼくに言い寄る男につけた点数で最高がマイナス五十点だよ。なのに、0点なんて高得点が出るんだ、嬉しいじゃない。フフ。ぼくの男を見る目もなかなかのもんじゃないか」
「あのアホを評してる時点で星華ちゃんの目は腐ってるよ」
星華ちゃんの裏の顔を見て好きだと言える根性は認める。だが、それだけだ。他は語るのも嫌になるくらい無能な野郎だ!
「腐ってる、ね。まーちゃんがそこまで感情的になるってことは、よほど将来性があるんだ。仲良くなってて正解だったよ」
「な、なんなの、その悪女のような口振りは? って言うか、どうしてあのアホのことを黙ってたのさ?! 話振りからして相当前から知ってるみたいじゃないか!」
「だって、その顔が見たかったんだもん」
想像もしない答えに、思わず星華ちゃんをガン見してしまった。
「ほら、脇見運転しない。反対車線に出てるよ」
慌てハンドルを戻したが、全神経は星華ちゃんを向いたままだった。
「いったいどう言うことさ! 説明を求めるぞっ!!」
「まったく、天然と言うか志賀倉の業と言うか、まーちゃん、小さい頃から女の子を魅了させる節操のなさには本当に迷惑してるんだからな。言っとくけど、反論も言い訳も受付ないからな」
先手を打たれ、出掛けた言葉を飲み込んだ。
「まーちゃんに勝手に惚れるなら構わない。告白してくるような普通の女の子はまーちゃんの好みじゃないし、いくじのない女はもっと好みじゃない。なのに、このお馬鹿さんときたら好みの女の子なは問答無用で優しいときてる。これも反論も言い訳も受付ないからな」
「……はい……」
「その無節操で何人の女の子が泣いたか。泣かせる者としては胸が痛くてたまんないよ。なのに、まーちゃんときたら人を男運がないとか、女らしさがないとか、好き勝手言うし、ぼくに言い寄ってくる男をバッサリ切り捨てる。だからまーちゃんにはぼくと同じように苦しんでもらおうと道博くんの成長を待ってたのに、美姫ママときたらまーちゃんを梅学に入れちゃうんだもん、ぼくの計画が台無し──でもないか。なんたってまーちゃんが0点を付けるくらいなんだから」
なにやらイヤらしく笑う星華ちゃん。
「道博くんはとっても努力家であの勇くんを親友にさせるほど。なにより、ぼくの本性を見ても好きだと言ってくれる貴重な男の子。まーちゃんとは違った意味で興味がそそられるじゃないか」
「……あんなのが好みなの……?」
長い付き合いだが、未だに星華ちゃんの好みは理解できないんだよな。
「まーちゃんが選んだ人なら一生愛せるよ」
その屈託のない宣言になにも言えなくなってしまった。
その思いはボクも同じであり、そう星華ちゃんに言われたらまったく同じことを言っただろう。けど、なんなんだ、この納得できない感情は? クソ! もやもやするっ!!
「あ、そうそう。これも忘れてた。今日、学校休みだから」




