3 現れたのは……
水緑苑なるいかにも学校にありそうな食堂の朝食は、ファミレスにも負けぬ見た目と味を出していた。
「なのに、Aセットが百六十円とかありえないでしょう」
ボクが頼んだAセット(×3)は、メインが鮭の塩焼きで玉子焼きとミートボールにスパゲッティが付き、小鉢にはサラダと漬け物が付いていた。そこにセルフのごはんと味噌汁。お好みで茶碗蒸しや果物の盛り合わせが選べると言う。
Bセットは肉系で同じく百六十円。Cセットは丼もので量は自由。最高四倍まであるとか。そこに豚汁やらサラダが付いて二百六十円だと言うんだから世間にケンカ売ってるとしか思えない。
「そう? こんなものさじゃないの?」
なるほど、その値段が当然と思うくらい昔からこの値段なワケか……。
まあ、未来の日本を担うエリートさまだ。先行投資って感じなんだろうよ。
「そうだ。携帯電話の件、どうなった?」
暗黒期に名だたる国家や人々が滅び、世界に満ちていた魔が消失してしまった。
そのため、その時代の文化や記録も消失し、生き残った大魔導師も多くを語らないために暗黒期は謎に包まれていた。
まあ、悪神が降臨したとか神の天罰だとかいろいろ説はあるが、これといった証拠がない。ただ、戦いがあったことだけはわかっていた。
魔の消失。人口減少。魔導文明の崩壊。人は否応なしに魔導から科学へと切り替えなければいけなくなった。とは言え、科学が急激に発展したのは世界大戦後のこと。携帯電話が生まれたのなんてつい最近である。今や魔導を学ぶ者は少なく、魔を生み出すことができない人が多い時代となっていた。
「うん。買ってもらったよ」
スカートのポケットから折り畳み式の携帯電話を取り出した。
携帯電話が最近できたとは言え、その普及率は三人に一人は持っているまでに至っている。地方都市の小学生ですら持っていても珍しくはない。なのに、帝都に住んでいる星華ちゃんが持ってないんだから驚きだよ。
「にしても、なんで電話なのにこんなに機能があるんだよ。まるでパソコンじゃないか!」
「世は魔導より科学なの。時代に負けたくなかったら覚える」
「魔導学校にきて言うセリフじゃないよね、それ」
「魔導を学ぶからこそ科学も知るんだろう。そんな時代遅れの思考は身の破滅を呼ぶよ」
まったく、頭がいいクセに機械に弱いんだから。録画予約もできないなんて何時代の人だよ。
「まあ、ボクがいる限りそんなことさせませんけどね」
時間があるなら修行するのもいいけど、ボクも星華ちゃんも今時の少年少女。たまには普通の少年少女として過ごすのもまた勉強であり健全と言うものだ。それに、これさえマスターしてくれればいつでも話ができるし、距離が近くなる。星華ちゃんにはぜひともがんばってもらわないと、ね。
まずは基本中の基本たる電話番号の登録から始まり、文字の打ち込みや絵文字の使い方。写メにデータ転送やネットへの接続方法。音楽のダウンロードの仕方、などなど。今時の少年少女なら知ってて当然のことを教えていたら人が増えてきた。
まあ、そんなこと気にせず、ネットでいろいろ検索していたら星華ちゃんが好きなミュージシャンのブログに行き当たり、そこから音楽サイトに飛び、そのミュージシャンの曲をダウンロードして着信音に設定し、ボクは楽しく、星華ちゃんは苦労しながら、久しぶりに二人の時間を過ごしていると、横で気配が生まれた。
それは気にしなければ気にならないほど小さな気配。そよ風が吹いたようなもの。なのに体が勝手に反応。その気配の主と目が合ってしまった。
ボクも驚いたが、その気配の主──ボクよりやや下くらいの少年もボクが振り返るなどとは思っていなかったらしく、目を大きくして驚いていた。
「うん? あら、ヤマトくんじゃない」
しかし、なんだ。そこにいたことにも驚いたが、星華ちゃんがヤマトと名乗った少年の容姿のスゴいこと。男のボクですら見とれてしまうくらいの赤髪赤眼の美少年くんだった。
ん? 余りにも美少年っぷりに気が付かなかったが、よくよく見ればこの美少年くん、なんか変じゃないか?
特殊な家庭環境のせいで人の気配を感じる能力が鍛えられ、半径三メートル内なら瞼を閉じていても個体判別できるほどだ。なのに、この美少年くん、ボクの直ぐ横にいた。歩いてくる気配も音もなかった。まあ、気配消しや音消しなる特殊能力を持つ者もいる。今も美少年くんの気配が近づいてくるのがわからなかった──のに、なぜボクは気配を感じたんだ?
訳がわからずボクは美少年くんを見詰め、美少年くんはボクを見詰め、そして、理解した。
……そうか。この美少年くん、人間じゃないのか……。
ボクの中で感覚が自然に切り替わった。
「……"精霊獣"……」
そうか。この気配は精霊獣のもの。しかも、この美少年くん、ボクが九年間も一緒に過ごしてきた気配と似ていたから気が付いたのか。
「き、君、炎狼だね」
「──さすが美姫先輩と光太郎先輩のお子さんだ。ヤマトの気配を感じるなんて」
と、三十代半ばから後半くらいの男性が忽然と現れた。
「あれ? 二匹しかいないね? 一匹はどうしたの?」
「え、二匹? どう言うことなの?」
ダブルの驚きと一つの質問に囲まれたボクは、あーとかうーとしか言うのが精一杯。こんなに狼狽えたのは久しぶりだぞ……。