24 春の大会
春大会当日。その日は朝から目が眩むほどの晴天だった。
「はぁ~。こんなに虚しいと感じた晴天はないよ……」
科ごとにわかれながら春大会が行われる地下迷宮へと向かう道すがら、今日何度目かのため息を吐いた。
運動着に身を包み、これから十キロマラソンが始まるならまだ心が躍ると言うものだが、タクティカル・スーツに身を包み、アサルト・カービンや改造したショルダーバッグを掛け、陽も届かぬ地下迷宮へと歩んでいるのだ、横に焔がいなければ悲しみの涙に溺れているところだ。
「さすが高等部になると違いますね。皆さん凄い装備です」
迷宮門の前に集う一学年の装備を見て感嘆と呟く焔。
……まるで剣と魔法のファンタジーゲームの中に迷い混んだかのようだな……。
「中等部の大会は規模が小さいのか?」
「はい。戦いと言うよりは我慢大会的なようなものが多かったです。暗闇の中で五時間耐えるものや上半身水に浸かり四時間耐えるものでした」
「……生徒をどんな人間にしたいんだ、この学校は……?」
まったくもって意味不明である。
「まあ、なんでもいいか。学校の思惑に乗ってやる義務はないんだからな」
「……あ、あの、義務はあるかと思うのですが……」
焔の突っ込みに、ボクは素直に改めた。
「そうだな。ここの教育方針は自由競争。つまり、どんな手を使ってでも勝てと言うこと。開始と同時にミサイルでも撃ち込むか?」
そう真面目に聞くと、思わず抱き締めたくなるくらい驚いた。
「アハハ。冗談だよ、冗談。父さんの目を盗んでやっと手に入れたミサイルだ。こんな大会では使わないよ」
貴重で大切な虎の子をこんな大会で使ったらあの努力が報われない。撃つなら家族の危機のときだ。
「ガソリンが詰まったドラム缶を何十本も爆発させた人の冗談は冗談に聞こえません!」
これまた可愛く怒る焔ちゃん。
……今までいないタイプだから新鮮でしかたがないよ……。
「ごめんごめん。焔があんまり緊張してるから、冗談でも言って落ち着かせようとしたんだが、センスがなかったな。ごめんよ」
そんな思い付きを素直に信じた焔は、申し訳なさそうに身を縮めた。
あらら、逆効果だったか。
「ほら。戦いの前に下を向くんじゃない」
丸まった背中をパンと叩いて元に戻してやる。
「戦うと決めたのならしっかり前を見ろ。下ばかり見てたら道に迷うぞ」
「……す、すみません……」
「恥じる必要はない。謝る必要もない。一度の戦いで立派な戦士になれるのならここにいる奴らはとっくに人間止めてるよ。それどころか戦いなんてものに慣れない方がいい。無闇に戦いを選ぶのはバカがすることだ。どうせ賢くなるなら戦いを回避できる賢さを身に付けろ」
残念ながらボクは戦うために賢くなったので、だいたいは戦いで解決します。
「わたしは戦います! 馬鹿だから戦います!」
真っ直ぐ前を向いて、しっかり宣言した。
「ああ、戦おう。一緒にな」
ポンポンと焔の頭を叩き、にっこり微笑んでやった。
……大丈夫。馬鹿の先輩が横にいてやる。必ずお前を強くさせてやるよ……。
焔の顔から緊張が消え、気配が柔らかくなった。
じゃあ、戦いの前に腹ごしらえでもするかと言おうとしたら、スピーカーのハウリングが響き渡り見渡すと、門の上、見張り台(?)から鈴子ねえさんが現れた。
「あーあー、テストテスト、マイクは攻めでルークは受け。うん、入ってる入ってる」
聞きようによってはなんとも卑猥なマイクテストをする鈴子ねえさん。世のためにここで撃ち殺しておくか?
なんて一瞬、殺意に体を乗っ取られそうになったが、撃ったあとの説明に困ると理性がなだめてくれた。
「コホン。えー、一学年の皆様、本日は春の大会にお越しくださり誠にありがとうございます。幾人かの欠席者はいますが、考えていたよりも少ないので大変喜ばしいです。いや、行為に流した情報に誰もこないんじゃないかとヒヤヒヤでした。皆様方の勇気と軽率さに大感謝です」
……ほんと、なにがしたいんだろいな、あの腐女子は……。
「では、順番に迷宮へと入り、表示に従って地下二階までお進みください。そこで今回の大会の内容と説明を致します」
地下二階?
聞き間違いかと焔を見るが、驚いていることからして聞き間違いではなさそうだ。
「に、兄様、これはもしかして……」
先日の鈴子ねえさんの言動と今のセリフの関係性を結び付けたのか、せっかく取り戻した戦意を消失させてしまった。
まあ、無理もない。あの腐女子相手に戦おうとしたら悪魔か天使の心臓を持ってないと一生消えない傷を心に負うことだろうよ。
「鈴子ねえさんの思惑がなんであろうと今更退く──いや、今からでも退くことは可能だ。進むも退くも焔次第だ」
「──わたしは進みます! 進んで見せます!」
戦いを経験させるだけが強さを得る方法ではない。決断させることもまた強さを得る方法である。か、じいちゃんの言う通りだな。
「とは言え、今回は出番はないだろうがな」
「え? あ、あの、どう言うことですか……?」
「星華ちゃんが本気を出すからさ」
まったくわかりませんっ顔をする焔ちゃん。
「焔は星華ちゃんの戦いを見たことがあるか?」
「え、あ、はい。中等部の武闘大会で見ました」
武闘大会? そんなもんまであるのか、この学校は。
「そのとき、星華ちゃんはなにを持っていた?」
「……確か、木刀を持っていと思います」
なら知らなくて当然か。木刀での戦いなんて素振りにも劣る修練。世間話にも出てこない内容である。
「よく車のハンドルを握ると人が変わるって話、聞いたことがあるか?」
「え、あ、はい。聞いたことはありますが……」
「星華ちゃんもそのタイプの人で、剣──それも柳生伝来の魔剣を持ったら別人になったと思うくらい豹変するんだよ」
いや、別人になると言うよりは鬼に
変身したと言った方が適切かもしれないな。その強さも気迫もあの優しい星華ちゃんと思えないほど恐ろしい剣鬼になる。
「そうだな。本気の星華ちゃんと正面から戦えるのは、この学校ではたぶん、うちのアホ姉か武田廣鷹先輩くらいだろうな。まあ、最後に勝つのは星華ちゃんだろうけど」
なんたって鈴子ねえさんの氷河攻撃を"斬る"人なんだから。
「……兄様は入らないのですか……?」
「ボクは横か後ろから攻撃する卑怯者。正面に立った時点で負けだよ」
なにやら焔の中ではボクは英雄視されているようだが、自分より強い相手に正面から挑む方がバカ。愚者である。正々堂々なんて言葉を使っていいのはスポーツだけ。戦いに正々堂々なんて言ってたら戦略戦術の出番がないだろう。そんなものがまかり通るなら戦争なんて言葉はないよ。
「で、でも、迷宮での戦いは素晴らしいものでしたが」
その疑問に辺りへと目を走らせ、焔の耳に口を近づけた。
「あれにはちょっとした秘密があってな、魔石が手元にあるときは魔力補給を切り替えたんだよ。だから本来生み出せる魔力と体力が使えた訳さ。内緒だぞ」
びっくりする焔に悪戯っぽく笑った。
この世から魔が消失する以前から魔力拡散現象はあった。人や精霊獣と言ったものは魔を生み出せるが溜めることはできず、生きるのに不要な魔力は外へ逃れるようになっていた。だが、忍や魔導師と言った魔を武器にする者たちは長い年月を掛けて魔力を制御する術や魔力を逃さない術を生み出してきた。特に服部忍群は魔力を操る術に長け、精霊獣を育てるのに応用できる術が沢山あるのだ。
「もっとも、あれが最後の魔石だったから今は自らの魔力を送っている。なので、魔力も体力も小学生並。だからボクの武器はコレ。そして、幾百枚のアイテム・カード。星華ちゃんと焔に頼らせて頂きます」
そんな情けないボクに、可愛い妹は嬉しそうに笑った。
「はい! お任せください!」
なんて微笑ましいやりとりをしていると、前を行く医療科が進み出した。
「行くぞ、焔」
「はい、兄様!」
級友たちの呆れた目に構わず、ボクら特殊技能科も歩み出した。




