23 交換
「午後のお茶とは優雅だね」
読書をしながら迷宮攻略法を考えていると、この学校でもっとも見たくない連中がやってきた。
「羨ましいのならボクの見えないところで真似しろ。嫌味なら黙れ。ケンカを売ってるなら他をあたれ。お前に費やす時間はない」
そう吐き捨てるが、この学校の生徒と言うのは心臓が強いのか、それともこいつらが空気を読めないのか、こっちの意向など関係なしに向かいの席に座った。
しょうがないのでアホの横に立つ勇に抗議の目を向けるが、こっちはこっちで最初から人の都合など考えていない。心情はともかく無表情で人を見下ろしていた。
「……で、なんの用だ?」
帰れと言って帰らないのならとっとと用件を言わせるのが最良と言うもの。早く言えや。
「地下六階まで行ってレベル8になったそうだね?」
人の貴重な時間をさいて聞くことがそれか? そんなこと木陰にでも聞け──と叫びたいが、それは不愉快な時間を長引かせるだけ。愚策である。
「ああ、地下六階に行ってレベル8になったよ」
「さすが星華ちゃんの幼なじみ。強いんだね」
さして感動も籠ってないセリフを鼻で笑ってやる。
「あれで強いと言われたら本当に強い人に失礼だな。で、そう言うお前はどう言う風に強いんだ?」
色眼鏡を掛けた上に決めつけでしかこいつを見ることができない。ならば、聞いて判断するしかない。
「ん~。自分では答えずらいな~……」
そう言って勇を見た。
「レベルは18。剣と槍での戦いでは柳生が圧倒しているが、魔術戦なら道博が勝っている。一学年では五指に入る」
五指に入ろうが魔術戦で勝ろうが、星華ちゃんが語らないのなら二回りも三回りも落ちると言うこと。話にならないってことだ。
「ぼくでは星華ちゃんに相応しくないかな?」
チラっと勇を見るが、無表情を崩すことはなかった。
誰が星華ちゃんを好きになろうと自由だ。告白だって好きにすればいい。だが、星華ちゃんと男女交際をしようと思うならボクの許可を取ってから。そして、ボクが認めなければ彼氏と名乗ることはできないし、星華ちゃんの横に立つことは許されない──ってことを知っているのは極少数。何年も会ってない勇が知っているはずがないのだが、まあ、ボクらの関係を見ていればなんとなくはわかるのだろう。
「相応しくない。武田の名を捨ててからやり直せ」
「勇も星華ちゃんも詳しくは教えてくれないんだが、なぜ君に言わなければならないんだい?」
「お前に教えてやる義理はない──と言いたいところだが、これはボクの役目だから教えてやる。星華ちゃんの彼氏を選ぶ権利をボクが持っているからであり、ボクの彼女を選ぶ権利を星華ちゃんが持っているからだ」
ボクも星華ちゃんも小さい頃からお互いが好きで、彼氏彼女になることを強く望んでいた。それは両親が離婚し、ばあちゃんのもとに行ってからも変わらなかった。
だが、お互い成長するにつれ、それぞれの一族の名と生き方を愛するようになった。星華ちゃんは柳生の剣を。ボクは家族を求めた。お互いの道が違うのなら、一緒の道を歩めないのなら、それぞれの思いを尊重し、応援しようと決めた。しかし、頭ではわかっていても感情が納得してくれない。自分が好きな人の一番なのに、二番にならなくちゃならない。それを納得しろと言う方が間違っている。だから、ボクたちは約束した。誓い合った。お互いの一番になる人を決める権利を交換しようと……。
それを幼いと笑いたければ笑えばいい。バカらしいと罵るなら罵ればいい。けど、これはボクと星華ちゃんが決めたこと。今も守っている約束ごと。他の誰も覆すことはできないのだ。
「……お前らのそう言うところが理解できんよ……」
下らないと吐き捨てる勇。
「ケッ! ボクと星華ちゃんの約束を理解しようなんて一万年早いし、そう簡単に星華ちゃんの横を譲れるか。どうしてもその場所が欲しいと言うのなら力ずくで退かして見ろ。技量でもいい。智謀でもいい。悪辣卑怯なんて言わない。それがなんであれ星華ちゃんの横に立て得る力ならボクは喜んで身を退く。全力で祝福させてもらう」
厳しい顔をいったんゆるめ、悪戯っぽく笑って見せた。
「もっとも、その約束をしたのはボクと星華ちゃんだ。他のヤツが守る義務はない。勝手にすればいいさ」
その結果、どうなろうともそいつの責任。ボクには関係ないことだ。
悪戯っぽい笑みを見せ付けるが、アホの笑みが崩れることはなかった。だが、目には殺意にも似た嫉妬が宿っていることがよくわかった。
……やれやれ。そう言う底の浅いところが失格なんだよ……。
「先に警告しておく。ボクになにをしようと勝手だが、ボクの家族に手を出したら許さない。まあ、それもお前の判断。お前の勝手。お前の責任で動けばいいさ」
そのセリフはアホにではなく勇に向けて言った。親友とほざくなら親友らしく戒めろとの意味を籠めてだ。
「……道博、行こう」
理解したかはわからないが、潮時と言うのはわかるらしく、アホの肩に手をおいて立ち去るのを促した。
嫉妬の炎を燃え上がらせながら立ち上がり、仲間を引き連れて休憩室を出て行った。
すっかり冷めてしまったマグカップに手を伸ばし、残りの紅茶を飲む前にため息が漏れてしまった。
「……まったく、どうして星華ちゃんの男運て悪いんだろうな……?」
強くなくたっていい。頭がよくなくてもいい。ただ、真摯に星華ちゃんを愛してくれるだけでボクは満足なのに、そう言うヤツは星華ちゃんの見た目に負けて近寄ってこない。近寄ってくるのは自己チューなバカや自信過剰なアホばっかり。もう星華ちゃんの横に立てる者がいないんじゃないかと不安になってくるよ……。
「……まあ、もっとも星華ちゃんの方も似たような思いだろうけどね……」
女性の中で育ったから見る目には自信があるが、星華ちゃんの選定基準はボクより厳しい。なのでまだこの関係は続くことだろうよ。
「……このまま行けば一緒独身だな……」
それならそれで構わない。没落寸前とは言え、柳生一族は沢山いるし、星華ちゃんが愛したのは柳生の技。技が受け継がれるなら当主ならなくても構わないそうだしな。
ボクの方もそれならそれで構わない。ボクが願うのは星華ちゃんが笑顔でいてくれること。そして家族が幸せでいてくれること。自分のことなど七番目か八番目にあるのだからな。




