2 気が付けばそこに幼なじみが
「……みつ。正光。起きなさい、正光」
肩を揺さぶられて、ぼんやりと目覚めた──のだが、なぜか辺りが暗い。
あれ? なに? ここは……車の中? なんでここで眠っていたんだ?
えーと。確か、ホテルの部屋──いや、まさか帝都東京のホテルとは予想出来なかったよ──で母親に無理矢理酒を飲まされて……あれ? そこまでの記憶しかないんだけど? え、夢?
「ごめんね、星華ちゃん。無理言って」
は? 星華ちゃん?
突然出てきた幼なじみの名に意識が完全に目覚め、運転席にいる母親に目を向けると、車内灯に照らされ、黒のセーラー服──にしてはやけに防御力が高そうなものが付いたものを着た幼なじみがそこにいた。
物心付く前からばあちゃんのもとに行くまでいつも一緒に遊んでいたボクの大切な幼なじみであり、夏休みと冬休みに腕を競ってきたライバルでもある。んだが、今日はやけに身綺麗にしてるな。それに雰囲気も凛としていて別人みたいだ。
世間一般的に見れば星華ちゃんは美少女の分類に入る。体も鍛えているから見た目も好い。だが、フッションや化粧などにはまったく興味を示さず、ボクが無理矢理着せなければ穴の開いたジャージだろうがキャラものだろうが平気で着てしまう残念系女子だ。雰囲気も元気な男の子だし、一人称は『ぼく』である。なのに、そこにいる星華ちゃんは、清楚とか清純とか似合いそうな雰囲気を纏わせているのだ。
……偽物? いや、夢か……?
「ほんとだよ。突然電話してくるんだからさ」
そこにいる幼なじみがボクに目を向けると苦笑した。
「まあ、まーちゃんの方が大変だったみたいだね。どうしたの、なんか混乱してるみたいだけど?」
「まったく、情けない子よね。あのくらいのお酒で気を失うなんて」
っていうか、未成年者に酒を飲ませんなよ。それも気を失うまで。体内の循環訓練をしてなかったら地獄の二日酔いじゃねーかよっ!
「……なんで、母さんは平気なんだよ……?」
記憶が飛んでしまったからどれだけ飲んだかはわからないが、コンビニで買った酒の量たるやコーナーが空になるくらい。記憶がなくなる前までは半分はあり、平気な顔でガバカバ飲んでいた。あれで終わる母ではないだろうから全部飲んだのだろう。なのに、どうしてそこまで爽やかでいられる。体質か? 鍛えたからか? それともなにかトリックがあるのか? 納得がゆく説明を求めるぞ!
「ウフフ。母親をナメるなよっ」
……ナメるかよ。劇毒のような母親なんか……。
「それよりさ~。母と子の情を深め合ったんだからそろそろ解放してくんない? 父親とも情を深め合わないとならないんだからさ~」
ちなみにだが、我が父は離婚後、米国の市民権を得て軍人として働いている。
秘匿部隊に所属しているから休みは不定期だが、休めるときは一月くらいもらえるという。なので、よくセスナやヘリコプターなどを教えてもらったり、いろいろ連れてってくれるのだ。
「まあまあ、もうちょっと母親に付き合いなさいよ。せっかくの再会なんだからさ」
「知らないよ、そんなこと」
こっちにも都合があるんだ、いつまでもそっちの都合に付き合ってられるかよ。
「うう、仕事仕事でなかなか会えないのよ。昨日だって無理言ってやっと会いに行ったんだから!」
無理を言われた人よ。バカ母に代わり謝ります。ごめんなさい。
「ったく。その無理言った人に感謝しろよな」
ここで断ったら無理を言われた人が報われない。あなたのためにももう少し付き合いますよ。
「でね、これから一旦仕事に戻らなくちゃならないの。お昼くらいには終わるから星華ちゃんと遊んでてよ。お小遣いあげるからさ、お願いっ」
しょうがないと承諾し、お小遣いをふんだくってやった。
「またねぇ~」
そんな母親を意識から完全に消去し、二月ぶりの幼なじみに意識を切り替えた。
「悪いね、うちのバカ母が迷惑を掛けちゃったみたいで」
「いいよ。美姫ママには勝てないしね。それに──」
「それに?」
「あ、ううん! なんでもないよ!」
星華ちゃんにしてはお粗末な誤魔化しだが、余り触れて欲しくないみたいなので軽く流した。
「ところでさ、ここはどこなの?」
所々にある街路灯に照らされた世界に目を向けた。
一国の中心地にしては明かりが少ないな。それに、緑の匂いが濃いぞ?
「梅学だよ」
って、なんだっけ? どこかで聞いた様な気もするが……?
「忘れたの? ぼくが通っている帝立梅ヶ丘魔導学校だよ」
ああ、日本帝国最高魔導学府ね。すっかり忘れてたよ。
改めて辺りに目を向けると、なにやら歴史を感じる門が街路灯に照らされていた。
「へ~、ここが魔導学校の最高峰……にしてはボロくない?」
幼なじみの母校を悪く言うつもりはないが、どう贔屓目に見ても廃校して何十年後かの古さだよ。
「まーね、この門は百五十年前のものだし、歴史的文化遺産として登録されてるから壊すこともできないんだよ。ちなみに、こっちは教職員専用ね」
「ふ~ん。結構歴史がある学校なんだね」
年二回は会っているとは言え、修行やらなんやらが忙しくて学校のことなんか話たことないんだよね。
「この門は百五十年前だけど、梅学自体は四百年前からあるからね」
「よっ、四百年前!? そんな前からあるの?!」
四百年前と言えば暗黒期時代ではないか。時代に飲み込まれずよく続いたものだな……。
「まーちゃん、歴史好きなクセに知らなかったの?」
「ボクの興味は暗黒期前の歴史だよ。その後の歴史なんて面白くもない」
簡単に調べられる歴史に興味はありません。伝説、言い伝え、噂があるならボクのところにきなさい。以上!
「ふーん」
余り歴史に興味がない星華ちゃん。どうでもよい返事だった。
「それよりまーちゃん、朝御飯食べた?」
「いや、まだだよ。気が付いたらここにいたからね」
「じゃあ、朝御飯にしようか。お腹空いてるでしょう?」
「うん。すっごく空いてる」
とある事情と訓練により、ボクの胃袋は消化が早い。三人前食べても直ぐに消化され栄養となる。そんなものだから携帯食は欠かせないのだが……星華ちゃんの口振りからして携帯食ではないようだ。
「こんな時間に食べれるところなんてあるの?」
近くにコンビニやファミレスがあるとは思えないのだが……。
「うちの学校は特殊でね、二十四時間授業と言うか、通常授業が午前だけで午後からは選択授業なんだ。まあ、全ての選択授業が二十四時間体制って訳じゃないけど、難しいところは深夜になったり徹夜になったりするんだ。だから、そんな教師や生徒のために食堂は二十四時間開いてるの。とは言え、全ての食堂を二十四時間体制にするのは無理だから高等部の月堂苑と一般職員棟の水緑苑、大学部の緑樹苑の三つだけ二十四時間なんだ」
「随分と規格外と言うか破格的と言うか、採算合うの?」
「その辺はわからないけど、ここは、明日の帝国を支える者を育成する場所だから優遇されてるんだ」
「エリートさまの学校ってことね」
明日の帝国より明日の家族を守っている者にはわからない世界だね。
「……確かに、エリート意識が高い人ばかりだね……」
なにやら自嘲気味に笑う星華ちゃん。
柳生星華ちゃんの家系は暗黒期後、戦国時代に生まれ、徳河幕府時代では四門護剣の一つとして栄え、明慈時代や世界大戦でも滅びることなく繁栄を続けている名門中の名門の武家だが、そんな歴史を感じさせないくらい気さくだし、誰とも仲よくなれるくらい性格よい。エリート意識など欠片もない。あるとすれば剣士としての誇りと高い向上心を持った現代の侍である。そんじょそこらの侍と一緒にしたらボクが許さない。生まれてきたことを後悔させてやるよ。
「なにかあったの?」
ボクの隠している怒気に気が付いた星華ちゃんは、マイナスオーラを慌てて消し去り、いつもの笑顔を見せてくれた。
「ありがとう、心配してくれて。ただ、前回の成績が悪くてさ、ちょっと引きずっているだけさ。ぼくたちの代って結構有名処の一族の子が多くて、ちょっとでも気が緩むと追い抜かれちゃうんだ」
星華ちゃんがボクの隠している怒気に気が付いたように、ボクも星華ちゃんの隠していることが成績ではないことぐらい見抜ける。残念なところはあるが、勉強は出来る娘であり努力家でもある。落ち込むほど成績が落ちるとは考え難い。
とは言うものの、親しき仲にも礼儀あり、である。言うべきときにはちゃんと言う仲である。そのときがきたら聞けばいいし、そのときに力になればいい。
「さあ、行こう」
星華ちゃんの笑みに頷き、ボクは生まれて初めて帝立梅ヶ丘魔導学校に足を踏み入れるのだった。
読んでもらえることに感謝を籠めて。
「ありがとうございます!」