19 その腐女子、梅学最凶にて
「あら、正光くんに焔ちゃんじゃない」
迷宮に向かっていると、森林の中から聞き知った声が飛んできた。
この梅学の中心には樹齢千年とも二千年とも言われる『世界樹』が聳えている。
暗黒期前なら世界のどこにでもあった世界樹ではあるが、暗黒期後は世界に数本しかない世界遺産級となった樹となった。
魔力を生む世界樹ではあるが、魔力拡散現象により単独での生命活動が困難なため、魔力維持に強い樹や世界樹に栄養を与える樹と言った補助樹が沢山繁殖させているために、梅学の中心部はちょっとした魔境になっていた。
「鈴子姉さん」
「雪姫先輩」
野生の獣でも生息するには困難な魔境から出てきた人にボクと焔が同時に声を出した。
うん、雪姫?
「って、鈴子は姉さんのことか?」
姉さんの幼なじみで一番の親友の名は、愛原鈴子。どこにも雪も姫も掛かってないのだが?
……まあ、見た目だけで言うならそんな感じではあるがな……。
「わたしの能力がこれだからね」
右手に触れていた樹が文字通り"樹氷"となった。
……ああ、そう言えば熱操作(マイナス方向に)系だったっけな……。
見た目、図書館にいそうな文学少女風の鈴子姉さんだが、その秘めた能力は自然災害級。人間兵器なんて可愛く見えるほど凄まじい人なのである。
「あら。その目は失礼なことを考えているわね」
「いえ。冷蔵子とか冷凍子とか呼ばれなくてなによりだと思っただけですよ」
「正光くんは、そう言う目でわたしを見てたのね」
非難の目と言うよりは獲物を狙う目でボクを見る。
「とんでもない。夏にはぜひいて欲しい人だと思っていましたよ」
「あら、それはプロポーズ? ならわたしはいつでもどこでもイエスよ」
クスっと笑うと、粉雪が舞うように近付き、腕を絡めてきた。
この人、黙って立っているだけなら物静かで従順そうに見えるのだが、その中身はおしゃべりでウソつきで陰険で策謀家で腐女子なのだ。
「ボクは年上は趣味ではありません」
更に言うのなら年下も趣味ではありません。
「あら、わたしは年下、とくに攻めの得意な年下が大好きよ。あ、でも受けも好きだわ。う~ん。どっちかなんて選べないわっ」
知らんがな!
ったく。せめて腐女子だけでも捨ててくれれば尊敬できる人なんだが、唯一のはけ口を取ったらブリザードより質が悪い。一日一BL本を見れないだけでストレス発散のために山一つ氷河期にしてしまうのだからな……。
「兄様。攻めとか受けってなんなのですか?」
「子供が知らなくてもいいことだよ。って言うか忘れなさい! そして、鈴子姉さんに近付いてはいけません。姿を見たら全力で逃げなさい!」
この純粋な心が鈴子姉さんのようになったら真理おばさんに顔向けできない。もう切腹ものだ。
「で、ですが、雪姫先輩とは同じ寮なのですが……」
「わたし寮長、よろしくねっ」
テヘっと笑う鈴子姉さんの腕を取り、焔の耳に入らないところまで引き離した。
「いいですか、鈴子姉さん。焔に毒本なんて見せたら例え鈴子姉さんでも許さないからね。見せたら殺します。いや、一緒に死んでもらいますからね!」
「あら、正光くんと一緒に死ね──」
言葉途中で胸に下げた手榴弾に手を掛けた。
「やーねー冗談じゃないよ。まったく、家族のことになると冗談が通じないんだから、志賀倉の子は」
前科一犯でなければ笑ってましたとも。
……ったく。瑠花にそんな属性がなかったからいいようなものの、鈴子姉さんと同じになってたらボクは自殺してたぞ……。
「それで、なぜいるんです?」
「ちょっと癒しを求めて森林浴してたのっ」
ざけんなっ! 人の侵入を拒んだかのような魔境を散歩するよりBL本に囲まれた魔窟にいる方が安らぐ腐女子だろうがッ!
「やーね、そんな被害妄想な目をしちゃって。ただ正光くんたちが見えたから声を掛けただけじゃないの。正光くんだってわたしとおしゃべりしたいことがあるんじゃないの?」
実の姉よりボクを知っているんだから厄介だよ、まったく。
「じゃあ、単刀直入に聞きます。星華ちゃん、どこに属してるんですか?」
聞こう聞こうとは思ってたのだが、怖くてなかなか言い出せなかったのだ。
「どこもなにも最初から正光くんに属してるでしょうが。姫子やわたしがいくら誘っても全然靡いてくれないし、どんな高条件を出しても飲んではくれないんだから。まったく、あの子が入ってくれたら武田組の一角を崩せるどころか後継者問題が片付くのに……ほんと、ガンコ娘なんだから」
まったくもって同感だ。姉さんのところに入っててくれたらあんなクソ野郎に悩まなくて済んだってのに……。
「でもまあ、結果的には助かったわ。もし星華ちゃんが入っていたら正光くんに敵視されてたし、下手したら抜け出すために武田組に入られてたかもしれないしね」
「……あんなクソ野郎の一味になるくらいなら舌噛みきって死んだ方がマシだ……」
「ふふ。余程おもしろくないものを見せられたのね。いいことだわ」
ジロっと睨むと、ヘビのような目をして微笑んだ。
……こーゆー目をしているときは絶対よからぬことを考えてるときだ……。
「これはお姉さんからのアドバイス。星華ちゃんの笑顔を守りたいのなら名を挙げなさい。徒党を組なさい。ここではそれが法律。強い者が絶対。生き残った者が勝者よ」
そんな弱者が決めた腐れたルールに鼻で笑ってやる。
「クソ食らえだ!」
「フフ。だから正光くんって大好き。いつもわたしの予想を裏切ってくれるんだもんっ」
どちらかと言えばあなたの方がボクの予想の斜め上を行ってますがね……。
「それで、他に聞きたいことは?」
「別にありません」
「あら、ないの? アレとかアレとかアレなんか聞きたいんじゃないの?」
「アレがなにかはわかりませんが、なぜにボクに質問させたいんですか?」
「決まってるじゃない。正光くんを動かしたいのなら星華ちゃんか焔ちゃんを動かすしかない。喜ばしいことに今の星華ちゃんはお悩み中ときてる。これを使わない手はないじゃないのよ。いや、絶対に使うべきよ。で、コレあげる」
と、スカートのポケットから皮手帳を出して押し付けられた。
「……なんです、コレは……?」
表紙には乙女ちっくな文字で『愛のラビリンス』と書かれていた。
……破り捨てていいかな……。
「それは幸運の鍵。じゃーねー!」
なにやらどこかで聞いたようなセリフを吐いて魔境に消えて行った。
……まったく、あの人はボクになにをさせたいんだよ……?




