18 志賀倉の業
「あら、兄様。もう昼食ですか?」
サロンで購買部で買ったものを食べていると、三時限目の一般科目を終わらせてきた焔が戻ってきた。
「いや、間食だよ。焔も食べるか?」
エコバックを広げて中にある菓子パンを見せた。
「いえ、今食べてしまうとお昼に入らないから遠慮しておきます。せっかく作ってくれた寮母さんに悪いですから」
「そっか。そんなこともしてくれるのか。一度寮母さんに挨拶に行かないとな」
母さんに言ってうちであずかろうとしたのだが、寮暮らしが思いの外楽しいみたいで断られたのだ。
「ふふ。もう会ってますよ、昨日」
「え、そうなのか? なんだ、それならそうと言ってくれればいいのに」
同類に染まるのが嫌で顔を覚えなかったんだよな。
「すみません。ですが、あの状態では……」
「それもそうだな。あのバカ騒ぎでは」
焔を犠牲に逃げたんだから文句は言えんか。
「まあ、来週にでも行くからそう伝えておいてくれ」
「来週、ですか?」
「ああ、午後から日曜の午前まで迷宮に潜ろうかと思ってな」
「随分と急ですね?」
「まーな。さっき決めたからな」
間食分に決めた最後の菓子パンを牛乳コーヒーで流し込み、さて行くかと立ち上がると、なにやら真剣な顔をした焔が迫ってきた。
「ど、どしたんだ?」
「──わたしも連れて行ってください!」
「は? どこに?」
「迷宮です!」
ボクのアホな問いに焔は真剣に答えた。
しばし焔を見詰めたまま混乱する頭と心を整理する。
「……えーと。焔、迷宮に入ったこと、ないんだよな……?」
「地下一階ならあります。もちろん、そのくらいでは駄目なのはわかっています。お荷物になるのもわかっています。けど、わたしは強くなりたいのです。お願いします!」
よく見てきた決意にため息が漏れる。
……まったく、志賀倉とは業が深井一族だよ……。
大切な人を守りたいのなら戦いから遠ざける。安らかな世界にいてくれと願う。けど、大切な人を、自分の無力さを知った者にそんな願いなど通じない。それは志賀倉の名を名乗る者が誰もが経験したことで、そう生きている者に駄目とは言えない。言えるのならまず自分がやってみろ、である。
なのでボクに言えることは、いや、できることは、焔を鍛えてやることだけだ。じいちゃんがしてくれたようにな……。
「わかった。一緒に行こう」
「ありがとうございます、兄様!」
ボクの承諾に花を咲かせたように喜ぶ焔。まあ、この笑顔に負けた説もあるけどね……。
「いいよ。それが志賀倉だしな。それより、迷宮に入る装備は持っているのか?」
「……これでは駄目ですか?」
言って両腕を広げてセーラー服をボクに見せた。
まあ、確かにそのセーラー服でも問題はない。なんの素材だかは謎──国家機密で調べられないのだよ──だが、二十二口径の弾丸なら弾き返せるし、ナイフが突き刺さらないくらいの強度はあるのだ。
……まあ、ただ頑丈ってだけで耐熱性能や衝撃拡散能力とかはないんだよね、この学生服って……。
「そうだな。今回は慣らしみたいなもんだし、それでいいか」
焔は精霊獣使い。剣や魔術で戦う訳ではないしな。
「──あ、いや、でも、万が一ってこともあるしな、最低限の装備は必要か」
なにを油断しているんだボクったら。街にふらりと出掛ける訳じゃない。戦いに行くのである。ましてや真理おはさんから預かった大事な妹である。一人で戦えるまで傷一つ付けられないだろうがっ!
「焔、ちょっとクルっと横に回転してくれるか?」
「え? あ、はい」
言われた通りに回転してくれた。
「だいたい瑠花のワンサイズ下くらいか。ならあったはずだ」
「兄様、いったい……?」
焔の戸惑いは一先ずおいて、二階へと引っ張って行く。
我が一年教室の向かいにある視聴覚室と言う名の物置に焔を入れ、メモ帳を学生服から取り出して『立ち入り禁止。しばし志賀倉が占拠する。命が惜しければ入るな』と書いてドアに貼った。
中で説明を求めるようにボクを見る焔に構わず部屋の中を見回した。うん。物置だな。
適当に机や椅子を端に寄せ、カーテンを閉めた。
「ナンバー35、キャンプ道具召喚。ナンバー02、瑠花装備召喚」
学生服の下に着ているタクティカル・ベストから道具使いとしての武器、アイテムカードを取り出し、目的のカードを抜いて床に置いて呪文を唱えた。
「──凄いっ!?」
現れたトランクケースに驚く焔。
「で、でも、兄様。兄様は魔力が使えないのでは……?」
「これは他人の魔力を利用した音声認証式の封印兼召喚術さ。焔は召喚魔術は使えるのか?」
「召喚魔術のような高度で手間の掛かる魔術など特殊技能科の子でも使えません」
「ふ~ん。結構便利な魔術なのにな。もったいないことしてるよ」
魔力に余裕があるなら絶対マスターしたいのに。そしたらこんなに道具を持つこともなかったのに。
「……やはり兄様は天才です……」
「悪知恵のな。そっちの瑠花と書かれたトランクを開けて中のを出してくれ」
ボクはもう一つのトランクを開け、テント用具を使って簡易の更衣室を組み立てた。
瑠花用の緊急用装備を丁寧に並び終えた焔へと振り向き、もう一度体のサイズを確認し、その異常なほどの細さに気が付いた。
「……兄様?」
「焔、ちゃんと食べているか?」
「え? あ、はい。寮母さんの料理は美味しいですから」
それにしては細過ぎる。背は標準なのだが、体の細さは標準以下。許容を超えて精霊獣を宿しているボクならまだしも許容にあった精霊獣を宿しているなら普通に成長できるのだ。
「じゃあ、寝てないってことだな」
図星だったようで俯いてしまった。
まあ、見るからに努力家と言った焔だ、きっと夜遅くまで勉強しているのだろうよ。
「強くなりたい、足手まといになりたくないと焦る気持ちはよくわかる。ボクも無理したり無茶もしたからな。けど、本当に強くなりたいのなら最低でも七時間は眠るんだ。睡眠は体だけではなく心も育てるんだ。焔。ボクの手を握ってごらん」
右手を差し出すと、言われた通りに手を握った。
精神を集中。まずは焔の中を巡る魔力を感じ取り、その一級河川のような流れを調整して小川のようなボクの魔力を流し込んだ。
その流れを巡り、循環させ、焔の魔力とボクの魔力を同調させた。
「……感じるか?」
「……はい。流麗で繊細なのにとても力強いです。こんなに心地よい魔力の流れ……こ、これが回天術なんですね! ──え、今の、魔法陣!?」
さすが聖龍を四匹も宿しているだけはある。魔を見るセンスが飛び抜けてるな。
「そこに精霊獣──いや、"紅梅"と"紅桜"が眠る精神層間思考結界──"揺り籠"だ」
「……揺り籠、ですか……?」
知らなくて当然。ボクが勝手に命名したのだから。
「知っての通り、宿主は精神が強くなければ精霊獣に魔力を食い尽くされる。もともと精神体で生まれるから人より精神力が強い。宿したときのあの強烈な命の叫びは今でも忘れないよ。嵐先生や魔石のお陰で生き延びることができたが、いつまでもそれに甘えている訳にはいかない。その対策としての回天術であり揺り籠であり、魔力切り替え補給式法だ。この結界は、ボクが接続しない限り魔力は流れることはなく、また、この揺り籠は魔力貯蔵タンクにもなっているんだよ」
「え? で、では、兄様は、魔力が使えると言うことですか……」
さすが飛び級しているだけはある。飲み込みも早ければ巡るのも早い。
「ああ、使える」
この秘密を知るのは星華ちゃんと幾人かの兄弟、あと父さんくらいだ。
……まあ、母さんや姉さんは勘づいているだろうが、はっきりとはわかるまでは可能な限り秘密である……。
「だが、その時間は決めてある。食後の三十分間。睡眠時。魔闘術の訓練時。そして、緊急の時だけだ。それ以外は常に接続している。なぜそうしてるかわかるか?」
「……いいえ、わかりません……」
「無力な自分を戒めるためだ」
「……戒める……?」
「普通の宿主なら自分の命を考え精霊獣の成長より種の保存を考える。だが、ボクは成長を考えた。本来の姿になることを願った。高い知能と誇り高き心、雄々しい姿があってこその炎狼だ。その姿に魅了されたからこそ、この命を懸ける価値がある──なんて言うのは傲慢でしかない。そんなの知能の低い獣を育てるにも劣る行為だ」
精霊獣は神ではない。寄生虫でもない。この星に生まれた一個の生命体。明日を求めるボクの家族である。
「相手の命が大切と言うのなら自分の命も大切にしなければならない。相手の誇りを守りたいのなら自分の誇りも守らなければならない。強くさせたいのなら自分も強くならなければならない。従属や依存などボクはいらない。ボクが求めるものは対等な関係。一緒に笑える家族だ」
そんなことを言う自分に笑ってしまう。説得力もなにもないではないか。
「……そんなことを言いながら志賀倉の人間は家族を守るためなら喜んで命を差し出す。ボクも焔のためなら簡単に命を差し出すだろう。正直言うなら焔には平穏に、志賀倉の名など継いで欲しくはない。弱くてもいいから普通に生きて欲しい。だけど、ダメなんだ。できないんだ。それが間違いと知りながら正す勇気もなければ諭す言葉も知らない。こうやって大切な人を巻き込み、傲慢な思いを受け継がせる。まったく、この業を絶ち切るにはどうしたらいいんだろうな……」
魔力の同調を切り、手を離した。
言葉を紡ぎたいが、なかなか紡げないでいる焔の頭をポンポンと叩き、優しく微笑んでやる。
「次の授業は休んで軽い睡眠をとること。起きたら昼食をとること。そしたら迷宮に出発だ」
「……はい、兄様」
今のボクにはそれが精一杯。でも、いつか必ずボクが絶つ。志賀倉を変えてみせる……。




