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その1 初めての全裸

 突然、空から美少女が降ってくる。

 これは俺が過去一冊だけ読んだことのある、ライトノベルの冒頭だった。

 国語の受験対策として中学の先輩が貸してくれたその本は、硬派な漢を気どっていた俺にとってまさにカルチャーショック。

 なんせ自分のことを『ぼく』と呼ぶ軟弱な主人公に、次々と美少女が群がってくるのだ!

 空から降ってきた最初の美少女が実は神様で、「助けてくれたお礼にあなたの願いを叶えましょう」とか言って、都合のよいモテ魔法をかけてくれたりして。

 ……それに比べて、俺の現実は悲惨だ。

 何と言っても、空から落ちてくるのは美少女じゃなくて俺自身!

「やっべ、テレパシーで魔力使い過ぎた! 落ちる落ちる落ちるぅぅぅぅ――!」

 最後の力を振り絞り、せめて空から降ってきた箒が注目されないポジションを目指して触手をバタつかせた結果、俺は小さな森に囲まれた湖のほとりに無事着地……する寸前で魔力が切れて、荷物のようにドサッと落ちた。

「痛ってぇ……これ俺じゃなけりゃ、絶対骨折くらいしてるって……」

 という聞き慣れない肉声に、俺はそろりと視線をさまよわせた。しかし周囲には誰もいない。

 慌てて這いずって湖の縁へ行き、水の中を覗き込む。

 そこには、魔界歴で一月ぶりに見る俺の顔があった。

 屋上から落ちたあの日と何ら変わらない、伸び放題の天然茶髪に、黙っていても怒っているような三白眼、浅黒く日焼けした悪ガキ風な高一男児の顔が。

 にょきっと生えている両手で、全身をぺたぺた触ってみる。ケンカで鍛え上げた生傷だらけの身体も元のまま。

 最後に男の象徴であるあの部分も確認を……と屈みこんだとき。

「あなた、我が家の庭先で何をしているのかしら……?」

 三十メートルほど先、森の小道の入口に一人の少女が佇んでいた。

 彼女はやや強張った笑みを浮かべ、デカい宝石が埋め込まれた杖を銃口のごとくこちらに突きつけている。

 そのとき俺は、あの『ラノベ』を思い出した。

 もしや俺はラノベの主人公だったのか……そう誤解しかけるくらいの、パーフェクトな美少女だった。

 百五十センチ弱の小柄な身体を深紅のローブに包んだその姿は、童話の赤ずきんちゃんを彷彿とさせつつも、中身はまさにシンデレラ。

 雪のように白い肌に、エメラルドの瞳。薔薇の花弁のごとき赤い唇が、ローブの鮮やかな紅とマッチしている。腰まで伸ばした長い髪には自然なウェーブがかかり、陽光を浴びてキラキラと金糸のごとく輝く。

 イメージ的には、とびきり上品でちょっと生意気な洋猫という感じだ。

 しかしこんなに可愛いくせに、堂々とガンを飛ばしてきやがるとは……。

「ああん? 何こっち見てんだゴラ」

 と、ヤンキー風のナチュラルな挨拶をした瞬間、ぐわっと膨れ上がる殺気!

「な、何を見てるのかな、お嬢さん……?」

 速やかに前言撤回。

 しかし彼女は無言のまま、ザクザクとこちらへ歩み寄る。俺はジリジリと後ずさる。

 本能的に『コイツはヤバい』と感じる。

 彼女が猫なら俺は鼠だ。肩で風切って歩いていた地元のストリートや、勝手知ったる魔王城のつもりでいたら確実に殺られる……!

「す、すんません、勘弁してください!」

 プライドを投げ捨て、クソ雑魚い台詞とともに両手を上げた俺に対し、彼女はにっこりと微笑みながら――突然雷を落とした。

「な……ッ!」

 とっさに真横へ転がりそれを避けた俺は、唖然として元居た場所を見つめた。青々と生えていた草は黒焦げになり、直径一メートルの円形脱毛状態だ。

「あら、私の〝結界〟を粉々にしたくらいだから、手練の魔術師かと思ったのに、ちょこまかと逃げるのね? ――小賢しい」

「うぉう!」

 その後、息もつかせず次々と繰り出される、恐ろしい攻撃魔術。

 大地を焦がす炎の槍やら、草木を貫く氷の柱やら、呼吸を苦しくさせる黒い霧やら。

 俺は先輩に習っていたボクシングのフットワークと、無理やり付き合わされたRPGゲームの知識で辛うじてそれらを回避。

 こっちも魔術で盾の一つも生み出したいところだけれど、残念ながら魔力は空っぽのままだ。

 あれほどセバスチャンが『人間界は魔力が薄い』と言ってたのに……なんで取っとかなかったんだよ、俺のバカ!

「フフフ……リュミエール王国一の天才魔術師であるチョコ・ル・アート様の前に〝全裸で〟現れた上、魔術も使わず身一つで挑発し続けるなんて、なかなか面白い刺客だわ。もしかしてアゼリア帝国じゃなく、別の国から来たのかしら。でもおあいにくさま、そんな小汚いモノを見せられた程度で私が動揺するとでも思った?」

「違うんだ、俺はッ」

「お遊びはそろそろおしまいよ。どうやって死にたい? 電撃じゃ一瞬で済むから面白くないわね。水攻めがいいかしら、それとも火あぶりかしら? あら、火あぶりが良さそうね」

「ちょっと待て、話を聴いてくれ!」

「では三秒だけ待ってあげましょう、三、二、一」

「三秒じゃ無理! せめて三分!」

 文字通り全裸土下座で頼み込むと、危険極まりないその魔女――チョコは、ふうっとため息を吐いて掲げていた杖を下ろした。彼女の頭上に浮かんだ巨大なファイヤーボールもスッと消える。

 あの火の玉、大型トラックのタイヤよりもデカかった。セバスチャンの魔術ほどじゃないけれど、人間ボディで受けるプレッシャーは半端ない。危うく謎の水が漏れてしまうところだったぜ……。

「とりあえずこれを着なさい。全裸のヘンタイとなんて、真面目な話をする気にもなれないわ」

 憐れ過ぎる姿に同情したのか、チョコは身に纏っていた紅いローブを脱いでこっちへ放り投げた。

 ローブの下には純白のワンピースを着ていて、客観的に見ればまさに無垢な天使そのものだ。中身は悪魔だけど。

「……今なにか失礼なことを考えなかった?」

「いえ、何もッ」

 俺は犬みたいに四つん這いで歩いて、草の上に落ちたローブを手にする。

 見た目より何倍も軽くて柔らかく、肌触りのよい布地だ。この世界の織物技術はかなり発展しているのかもしれない。

 しかし……いかんせんサイズが小さい。

 袖を通すまでもなく着るのは無理と察し、しょうがないので下半身に巻きつけてみた。

 なんとなく『赤フン』的になったこのスタイル、やはりヘンタイ臭は隠せないらしい。チョコは生ゴミを見るような目で俺を見下し、「キッチリ三分で説明しなさい」と命じた。

 俺は正座のまま、ご主人様に叱られた犬の気持ちで切々と語る。

「えっと、実は俺、異世界で一回死んでこの世界に連れて来られて……」

 チョコのつぶらな瞳がスッと細まり、ヘンタイを通り越して変質者を見る目になった。手のひらに小さな炎も浮かんだため、慌ててストーリーをチェンジする。

「そう、神様! 向こうの世界の神様の力で、無理やり連れて来られたんだよ。この世界にも居るんだろ、ありえない奇跡を起こす神様がッ」

 必死でオカルト方面を強調すると、氷の刃のようだったチョコの瞳が戸惑いに揺れた。

「そう、ね……確かに居るわ、太陽の化身である女神様が」

「俺の世界にも有名な神様が何人かいて、そのうちの誰かは分かんねぇけど、そうとうドジなヤツが間違って俺をここに連れてきたんだ」

 本当の犯人は〝先の魔王〟だけど、ルゥと一緒にいた俺もセットで巻き込まれたのは、ドジな神様の手違いと言えないことも無い。

 死ぬ間際に叫んだあの台詞――ルゥを乗せて空を飛べる箒になりたいという願いも、叶えてくれたことはありがたいけれど、どう考えてもタイミング遅すぎだし。本当にどんくさい神様だぜ……。

「ふぅん……丸っきり嘘ってわけでもなさそうね。よっぽど面の皮が厚いだけかもしれないけど」

 苦し紛れの言い訳にも、チョコは多少の説得力を感じてくれたようだ。

 というより、俺の話にフィクション的な興味を感じてきたらしい。エメラルドの瞳をキラキラさせながら「それで?」と促す。

 しかし、次の一言が地雷だった。

「そんで、最初に着いたとこが魔界でさ」

「――魔界ッ?」

 激しい食いつきっぷりに、俺は動揺する。

 ……もしかしたら、魔界の情報は伏せた方がいいのかもしれない。特にルゥが『魔王』だってことは。

 そんな直感に従い、俺はストーリーを大幅に圧縮。

「ただそこにはおっかねぇ魔物がいて、塔から突き落とされてさ。空を落ちて落ちて落ちまくって、偶然ここに辿りついたんだ。嘘じゃない」

 おっかねぇ魔物ことセバスチャンの瞳を思い出した俺は、演技じゃなく本気でぶるってしまった。

 セバスチャンは俺が空を飛ぶ練習をしていると知っていたし、本気で殺すつもりで投げ捨てたわけじゃないだろう。

 獅子は我が子をあえて谷底へ落とすというし、セバスチャンもそんな感じ……いや、そこから愛情をごっそり抜いた感じで。

 でも一歩間違えれば危ういところだった。

 なんせ、地面に落ちる途中で人間の身体に戻ってしまったのだ。

 箒がバサッと落ちるのと訳が違う。生身の体の方がよほど繊細だし、しっかり痛みも感じる。

 落ちた時にできた腕の青痣を指差して「これが証拠!」と訴えると、チョコはフンと鼻先で笑い飛ばして。

「信じられないわ。そもそも魔界なんてものは千年前の書物に出てくる架空の存在。この大陸にも魔獣と呼ばれる化け物がいるけれど、それを『魔界から現れた』なんて信じるのは小さな子どもくらいよ。魔獣は一部の狂った魔術師が、無垢な動物に魔術をかけて生み出した人工物ってのは常識だわ」

「でも魔界は本当にあるぞ。魔物もいっぱいいるし」

「ほら話はもうけっこうよ。一番おかしいのは、アンタがそうやってぴんぴんしてること! 太陽よりもさらに上にあるといわれる魔界から落ちてきて、その程度の怪我ですむなんてありえない。普通なら塵一つ残らないくらい粉々になってるはずだわ!」

「それは、魔法で空飛んだから」

「――はああぁッ? 空を……飛ぶですって? バカなこと言わないでッ!」

 カーッと頬を紅潮させたチョコが、汚らわしい赤フン男である俺にずいっと近寄り、噛みつかんばかりの勢いでまくし立てる。

「飛行魔術は、大陸歴一万年の中で未だに実現していない幻の魔術よ。それを実現するのは私の夢でもあるのに……もしそれが本当だというなら、今すぐここで飛んでみせなさい!」

 斜め上から俺を見据えるエメラルドの瞳には、メラメラと燃え盛る炎があった。

 それは殺意とは違う、マッドサイエンティストならではの強烈な好奇心。少なくともこれ以上俺を痛めつけるつもりはなさそうだ。

 そう察した途端、一気に気持ちが緩んだ。

 俺は力無く草の上に手をつき、最後の力を振り絞って返事をする。

「無茶言うな、俺はもう魔力空っぽなんだよ……っていうか、そろそろ気力も限界……」

「ちょ、こんなとこで行き倒れとかやめてよ、私が身ぐるみ剥いで捨てたみたいじゃない!」

 そう言ってチョコは、軽々と俺を持ち上げた。

 何らかの肉体強化系魔術を使っているのか、身長百八十の男をお姫様抱っこで。

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