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ホウキな俺が異世界で勇者やってます、全裸で。  作者: AQ(三田たたみ)
第八章 真実

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その5 真実への扉

 カカ氏との対話で強いショックを受けたチョコたちを、アジトに送り届けた後。

 俺は一人、神殿へと向かっていた。

 草原で大人しく待っている『魔獣軍』との話し合いの前に、もう一つだけ確認しておきたいことがあったからだ。

「皆さん、押さないで! 一列に並んでください!」

 法衣をまとった神官が叫ぶ中、次から次へと神殿へ押し寄せる市民たち。俺はその人波に否応なく巻き込まれる。

 責任者を『自害』という最悪の形で失ったこの場所は、ひどく混雑していた。

 女神の壁画があるという一階奥の間から、入口付近まで続く行列は、まさしく元旦の朝の神社だ。

 居並ぶ人々は、全員が胸の前で手を組み、こんなことを呟いていた。

「女神様、どうか私たちをお救いください!」

「かの悪魔の怒りを解いてください!」

「女神様――いや、〝ヨシキオニイチャン〟様!」

 ……。

 ……。

 ……彼らが縋っていたのは、この俺だった。

 例の『皆既日食』に立ち会った人々は、あのときの記憶を失っていた。俺の仲間とカカ氏を除く全ての人間が、ヨシキという人物を心の中から消してしまったのだ。

 その理由は良く分からない。

 あまりにも恐ろしい出来事に心が耐えきれなくなったのか、それともセバスチャンあたりが気をきかせて忘却の魔術でも施したのか。街中に張られたお尋ね者のビラが消えていたことから、たぶん後者かもしれない。

 とにかく、市民の中に残った感情は二つ。

 自分たちが本物の悪魔を目撃したのだという恐怖心と、その悪魔を追い払ってくれた救世主への感謝。

 具体的には、二人の乙女、そして悪魔を封じる謎の神様こと『ヨシキオニイチャン』。

 さらに、もう一つ。

 参拝を終えた市民たちは、行列の反対側にあるお土産コーナーに殺到していた。

「さあ出来立てほやほや、神殿限定、女神印の竹箒! 一本銅貨五枚だよ!」

「それ買った!」

「俺も買う!」

「私も!」

 最後に「どーぞどーぞ」と譲るような展開にはならない。

 俺は妙に気恥ずかしくなり、そそくさと売店コーナーを通り過ぎる。チラッと聴こえた「金と紫の乙女人形、今ならセットで銀貨一枚!」の声にちょっと心惹かれつつ。

「しかし、人間ってスゲーよなぁ。タフっつーか、なんつーか」

 活気に満ちたその光景を眺めながら、小さく独りごちる。

 有罪のジャッジを下されたあの時、俺は彼らのことを本気で憎んだ。

 でもよくよく考えてみれば、彼らはしたたかな『負け犬』なのだ。なるべく大きな集団に属し、より強い者に尻尾を振って己を守っているだけ。その生き方を責めることはできない。

 ただ俺は、もう負け犬にはなりたくないと思った。

 だったら『一匹狼』の方がよっぽどカッコイイ。

「……あった、ここだな」

 今回の目的地は、太陽の光が差し込む賑やかなフロアを抜けた、北側の端。

 それなりの魔力を持つ者にしか分からないような、小さな隠し扉を見つけた俺は、周囲に結界を張ってその中に滑り込んだ。

 持ち込んだランタンに火を灯し、湿気の篭った暗い階段を慎重に降りて行く。濡れた石段にはときおりネズミの死骸が転がっていて、それを踏まないよう注意しながら。

 そうして俺が辿りついたのは――

「おーぅ、生きてたかぁー」

 隠し扉の出口に辿りつくタイミングを見計らったかのように、声をかけてきた男。

 それは小さなネズミを従える、地下牢の主。

 声の印象から、仙人様をイメージしていた人物の姿を、俺は初めて目にした。

 背中まで伸びたぼさぼさの長い黒髪と黒い髭、垢がこびりついた黒い肌。やせ細った枯れ枝のような手足を投げ出し、骨と皮だけになった身体を牢の壁にもたれかけている。

 良く生きている……そう思った。

 きっと男は十年もの間、この部屋を出ていない。自らを罰するために。

 そして、男の手足には枷がついていなかった。このフロア全体に魔術封じが施されていることとは関係なく。

 男は生まれつき、『魔術』が使えないのだ。

「おかげさまで生きてますよ。貴方も生きていてくれて良かったです――枢機卿」

 確信をもって告げると、彼はクッキリと浮き出た喉仏を震わせてカラカラと笑った。そして。

「――どうして分かった? あの臆病者が全部吐いたのか?」

 口調が、ガラリと変わった。

 澱んでいた地下牢の空気がスッと引き締まる。彼の腕がゆらりと持ち上がり、顔を覆い尽くしていた前髪をかき上げる。

 その下にあったのは、ミイラのように痩せこけた顔と……確かな輝きを放つ黒曜石の瞳。

 それは、亡くなった〝枢機卿〟と対になるもの。

「カカ氏は何も言っていませんよ。もちろん貴方のお兄さんもです。ただ俺は、彼の魂が潰えるときに立ち会ってしまったから……遺体から強い魔力が立ち上ったんです。あの人は確かに聖職者じゃなく『魔術師』だった」

 拙い言葉からでも情景が伝わったのだろう。

 男は静かに瞼を閉じながら、俺に問いかけた。まるで心の奥深くを覗き込むかのような低い声で。

「枢機卿は……『儀式』を成功させたのか?」

「はい。空に穴を開けて、デカイ鳥を一匹連れてきやがりましたよ」

 忌々しいクソ鳥のことを思い出し、俺が吐き捨てるように告げると、男はククッと喉を鳴らした。その続きを全て見通して。

「そうかそうか、結局は失敗したか。まあそうなるだろうな……十年前のアイツは天才だった」

「その時のこと、詳しく教えて貰えませんか?」

 俺の直球な質問に、ひねくれ者の男は変化球を返す。

「最初はお前さん、オレのことを〝辺境伯〟だと思っただろう。期待に添えず悪かったなぁ。オレが辺境伯で、十年間あの臆病者に軟禁されてたとでも言やぁ、大好きな女の子を喜ばせてやれたのにな」

「ええ、本当に残念ですよ。最初は本気で『お義父さん』と呼ぶべきか悩みましたからね……」

 ……。

 ……。

 ……なんだろう、俺は今、おかしなことを口走ったようだ。

「ちょ、ちょっと待ってください! 今のは嘘ですから! 別に俺は、チョコのことなんてッ」

「おいおい、お前本当に愉快なヤツだなぁ。オレの力、知ってんだろ? そんな分かりやすい嘘ついてどーするよ」

 男はブハッと吹き出し、心底おかしそうに笑う。

 俺は穴があれば入りたかった。しかし逃げ場は無い。

 このフロアの隅々まで『月詠』の力で見渡せるくらいだ、ただでさえ分かりやすい俺の気持ちなんてバレバレ過ぎる。

「しかも、チョコちゃんだけじゃなく、やたらちびっこくて可愛いお嬢ちゃんと、やたら童顔でおっぱいがデカい姉ちゃんにも手ぇ出し」

「――すんません、勘弁してください!」

 土下座せんばかりに頭を下げると、ようやく男はその瞼を持ち上げ、俺の〝心〟を視なくなった。全身からドッと冷や汗が流れる。

 ある意味セバスチャンより恐ろしい力だ。この人だけは敵に回したくねぇ……。

「すまんすまん。それで何が知りたいって……ああ、十年前のことだったか」

「はい、カカ氏からだいたいの筋書きは聞きました。ただその話に、貴方の――本物の枢機卿の名は出てきませんでした。代わりに『とある人物』が、魔獣の使役方法を盗みにアゼリアへ行ったと。それは貴方のことで間違いありませんね?」

「キキッ!」

 俺の質問に応えたのは、男ではなく小さなネズミだった。こっちを見上げるネズミの瞳は、良く見ると紅い。

 ランタンの明かりだけでは分からないけれど、太陽の下で見ればそれはルビーのごとき輝きを放つだろう。

 つまり、このネズミは立派な『魔獣』なのだ。

「お前さんの言う通りだ。だがオレに魔術の才能は全くないもんでね。美味い餌をやってネズミ一匹手懐けるのが精一杯だった」

「では、魔術の才能に溢れている人物が、その方法を実践したとしたら……?」

 核心に迫った俺の問いかけに、男は小さく首を振った。

「答えはもう分かってるんだろ? そんなことしたら、普通の人間には戻れねぇ。狂っちまうんだよ。より強い力を求めて、自分の愛する女も犠牲にして、魔界へ行って恐ろしい力を得て……最後は人ならぬ者に」

 膝の力が抜け、俺は背後の壁にもたれ掛かった。じっとり湿ったその壁以上に、俺の背中は汗で濡れている。

 ずっと疑問だった。アゼリアの『魔獣使い』という人物が、あまりにも強大な敵でありすぎると。単なる人間が、あの銀色狼たちを好き勝手に操れるわけがない。

 でも、もしそれが魔界で育った『魔人』なら?

 もしくは魔界を訪れ、そこで生き延びることができた人間なら?

「つまり儀式の目的は、魔界から魔物を召喚することじゃなく、自らが魔界へ連れ去られることだったんですね……強力な魔物を使役できる『魔人』になるために」

「ああ、そうだ。十年前アイツは儀式に成功した。だがこの国に戻ってくることはなかった。より強い力を求めてアゼリアへ行っちまった」

 淡々と語る男の瞳を見つめながら、俺は思った。

 もしあの怪鳥が、本当にスミレを魔界へ連れて行ったら、いったいどうなっていたんだろう?

 すぐに命を落としてしまったのか、それとも人間たちを蹂躙する『魔人』となって戻ってきたのか……いずれにせよ、それは悲劇以外の何者でもない。

 ただ、その役目を自ら望んだ人物がいた。

 魔界へ往くことを、十年間切望し続けたあの人は……。

「窮鼠猫を噛む」

 突然、男が呟いた。

「臆病な鼠は、何をしたって猫には敵わない。ただとことん追い詰められたとき、ガブリと噛みつくことがある。自分の命に代えてでも、守るべき物を見つけたとき……例えば自分のことを『おじさま』なんて呼んでくれる、小っちゃい女の子のために」

 ……ああ、そうか、そうだったのか。

 彼は本気でこの街を――チョコを守りたかったのか。

 だから十年間諦めなかった。チョコの〝敵〟に回った辺境伯を倒すために、どんな犠牲をも厭わず、自ら魔界へ旅立とうとして……。

 その目的のために、他人を傷つけたことは今も許せない。

 それでも彼の気持ちは、嘘偽りのない確かな愛情だったんだ……。

「俺、あの人にカンペキ嫌われましたよ。チョコに纏わりつく〝悪い虫〟だと思われたみたいです」

「そりゃそうだ。アイツを納得させるのは大変だぞ? なんせ蛇みたいにしつこいヤツだからなぁ。兄貴でさえ匙を投げたオレのことを、十年間死なせてくれなかったしな」

 そう言って男は、少し哀しげに笑った。

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