その1 常識破りの作戦
攻城戦――その戦いは、知識としては良く知っていた。
実際その様子を眺めてみると、やはり守る側は心理的に苦しい。
それでも出来る限りの人と食糧を抱え込み、固く閉ざした城門付近に兵を固め、城壁の上から敵に矢を射るべく睨みを利かせる。
対して、敵の取る道は二つ。
多少の犠牲を払ってでも城壁に近づき強襲するか、包囲した上での兵糧攻めか。城内に閉じ籠った側は、それらの攻撃に耐えながら援軍を待つことしかできない。
今回の戦いは、そんな定石をぶち壊すものだった。
まず、敵は人間じゃない。戦車のごとき力をもつ魔物だ。
細い弓など軽く跳ね返す鋼鉄の毛皮と、一薙ぎで城壁を壊すほどの腕力を持つ。それが千頭。
そして、この戦いに援軍は来ない。
なぜならここは国にとって最後の砦……天才魔術師チョコ・ル・アートを擁する城なのだ。
彼女がいるからこそ、人々は勇気を奮い起こし立ち上がる。子どもたちを寝かしつけ、街のあちこちで火を焚き、頼もしい警備兵たちの指示に従って戦いの準備に奔走する。
俺は一人、空からその光景を眺めていた。
「こんなところで野垂れ死にするわけにはいかねぇよな……見てろよルゥ、悪魔女! 魔獣軍ごとき蹴散らして、俺のレベルアップの糧にしてやんよ!」
決意を新たにした俺は、魔獣軍の偵察へ向かうべく夜空へと飛び上がった。
そのついでに、恨みがましい視線を灰色の塔へと向ける。
「ったく、タイミング悪いよなぁ。もうちょっとでヤツが『蛇』かどうか分かったのに」
頂上の展望台にチラッと人影が視えたものの、今はそれどころじゃないとスルー。
もし枢機卿が『蛇』だとしても、あの場所で女神に祈りを捧げ続けているということは、多少なりとも反省しているということなんだろう。
「まあこの戦いが終わったら、全部吐かせてやる……例の地下牢でな……」
ちょっとした復讐心もあいまって、竹筒の中の闘志がメラメラと燃える。それを燃料にロケットダッシュで東へ飛ぶと、暗闇の中に蠢く魔獣たちの姿が見えてきた。
正確な位置と進行スピードを確認するや、速やかに引き返し城壁の上へ。
俺を待っていたのは、この街の守り神であるチョコだ。
「お帰りなさい、どうだった?」
東門のちょうど真上にあたるその場所は、柵など何もない。
一歩前に踏み出せば二十メートル下の堀に真っ逆さまというポジションにも拘わらず、チョコは震えひとつ起こさず仁王立ちしている。
あまりの雄々しさに見惚れつつも、俺は早口で語った。
「敵の動きは早い、しかも獣とは思えないくらい統率が取れてる。やみくもに突撃してくるとは思えないな。もしかしたら囲まれるかもしれない」
獣たちにそんな知恵を与えたのは、やはり大河の向こうにいた魔獣使いだろう。
足の速い馬や豹が先陣を切り、その後には虎や熊など重量のある魔獣が続く。奴らは目を血走らせ、涎を垂らし、奇声を発しながら草木をなぎ倒して進む。
最後尾を務めるのが、三百頭の銀色狼だ。
手前の魔獣など比べ物にならない迫力だった。全身から魔力の靄をゆらりと立ち上らせた狼たちの、一鳴きもしない淡々とした行軍には、さすがの俺も恐怖を覚えた。
狼の後ろには魔獣使いがいる。そいつさえ潰せば戦いはだいぶ楽になる……という推測は外れた。
魔獣軍に人間は居なかった。
保身を計ったのか、それとも獣のみでやれると判断したのか……たぶん後者だろう。
「分かったわ。こっちは準備できてる。例の〝弾薬〟も、投擲用の方もね」
「サンキュ。一応弾薬が効かなかったときのために、普通の武器も用意しといてくれよ。じゃあ行ってくる」
「気をつけてね」
……という切迫したやりとりを、半ば放心状態で見つめるのが城壁を守る兵士たちだ。
なんせ、暗闇の中から突然現れた竹箒が、再びふわりと浮かんで闇に消えて行くのだ。ショックを受けないわけがない。
もしかしたら俺のおかげで、この世界にも『空飛ぶ箒』の絵本が広まるかもしれない……なんてちょっと誇らしく思いつつ、俺は神殿前の中央広場へ。
東門から神殿へと真っ直ぐ伸びる石畳の大通りには、松明を掲げた街の警備兵がずらりと整列し、〝弾薬〟を運んできた市民たちにねぎらいの言葉をかけている。
彼らに守られた先、神殿入口の簡易テント内にいるのはスミレだ。神殿の奥の間へ隠れるのは嫌だからと、あえて市民たちと同じフィールドへ残った。
それはスミレの矜持であり、半分は俺のためでもあったのだろう。
「勇者様、お待ちしておりましたわ!」
『悪い、例のアレ頼む』
チョコとは違ってテレパ声でも意思疎通ができるため、人払いは必要ない。
護衛の兵士たちが「勇者」と呼ばれた箒を唖然として見守る中、スミレは微笑みながらその行為を行った。
なでなでなでなで。
「うふふ。とっても気持ち良さそうですわね」
俺はうんうんと頷く代わりに、触手をくねっとさせた。戦いの最中ということも忘れて、ついうっとりしてしまう。
しかしこれ以上激しくされたら……何かが漏れるかも……。
「――スミレ様、そのヘンタイをお放しください。ヘンタイが移ります。それに癒やしの手を求めるものが、未だに列をつくっておりますので」
危ういところでスイレンの邪魔が入り、ホッと一息。
えっちな巫女様から解放され、再び空へ舞い上がった俺は、軽々と城壁を越えて東門のすぐ手前に着地。
そこに待ち構えているのは、今回の作戦のキーマンだ。
『あッ、ヨシキ兄ちゃんおかえり! ぼく一人ぼっちでも、全然さみしくなかったよ!』
人の耳には恐ろしい咆哮をあげ、長く太い尻尾をフリフリしながら駆け寄る小山のごとき狼。
懐いてくれるのは嬉しいんだけど、飛びつくついでになぎ倒したり、甘噛みしようとするのは勘弁して欲しい。歯型つくし。
『じゃれてる暇はないぞ。この勝負はお前にかかってるんだからな』
『うん、ぼくがんばるよ! つまみ食いなんてしてないよ!』
そう叫んで、ロボは城門前に置かれたコンテナサイズの〝巾着袋〟の口をパクッと咥えた。
ジッパーの部分に涎がべったりついているのは、『つまみ食い』に何度もチャレンジした証だろう。コレがただの布ならサクッと破られていたところだ。
――チョコのローブは、持ち主の意志で自在に伸び縮みする。
そのネタを思い出した俺は、弾薬の運搬に使おうと思ったのだ。これならロボが口に咥えて運ぶことができる。
というか、俺がこの袋で拉致されたのも女神の導きだったのかもしれない。少なくとも、小汚い男を閉じ込めたり腰巻きにされるよりはマシだと、この袋も喜んでいることだろう。
『じゃあ、行くぞ!』
『むごー!』
巾着袋を咥えているせいでモゴッとした返事をし、ロボは魔獣軍へ向かって走り出した。
俺はその頭にしっかり絡みつき、状況を見据えるべく前方に目を凝らす。
そして城門から一キロほど先の草原で停止。土ぼこりを上げて迫りくる魔獣軍を前に、巾着袋の中身を広げた。
そこに詰まっているのは当然――
『さあお前ら、今から楽しい焼肉パーティーだ! 遠慮なくこっち来いやー!』
「ギャガァアアアアアア!」
と叫んだ馬の魔物は、俺とロボを一瞥もせずスルッと通過。
『えッ……なんで?』
『あ、そういえば馬さんは、お肉より野菜の方が好きって言ってたかも?』
『そういうことは先に言えやゴラァァァァ――!!』
俺はロボをその場に放置し、慌ててチョコの元へ飛んでいく。そして炎の魔術で焼き野菜を作ってもらい、それを触手で持てる限り持って再びロボの元へ。
馬の半数は逃してしまったけれど、その後に来た豹たちは釣れていた。ハイエナのようにガツガツと、味付けカルビに食らいついている。
『フッ……俺様の考えた〝魔獣懐柔作戦〟はひとまず成功のようだなッ!』
いくら「ニンゲンを食え」と命じられても、コイツらは所詮は獣だ。本能には逆らえない。
ニンゲンの手前に好物の食い物があれば必ず食うし、腹がくちて満足すれば覇気は落ちる。
市民の中には籠城戦をイメージしていた者も多く、「貴重な食料を差し出すなんて」と批判的な声が上がったものの、こうなっては文句の一言も出ないだろう。
統率が取れていたはずの魔獣軍は、単なる烏合の衆と化してしまった。仲間同士で餌を奪い合ったり、または満足して身体をペロペロ舐め始めたり。
とはいえ、千頭もの魔獣全てを満足させるのは難しい。
今日の日中、街へ撒いたビラで「なるべく美味い肉料理を用意せよ!」と指示し、ロボの犬ぞりで近隣の農家から家畜を運べるだけ運びこんだにしても……。
『まあ考えたって仕方ねぇな。ロボ、お前もつまみ食いしてないで第二弾行くぞ!』
『うん!』
この作戦は、決して完璧じゃない。
最初に取りこぼした数十頭の馬と、肉を食いっぱぐれた一部の獣たちは、激しい怒りと共に城壁へ突っ込んでいた。
ロボとともに慌てて駆け戻った俺は、その光景を目の当たりにする。
「チョコ様、ま、魔獣が迫ってきます……ッ」
「落ちついて。まずは弾薬を投下。それでも止まらなければ弓を。堀を越えるようなら私が出るわ。だからあなたたちも覚悟を決めなさい。この街を守るために!」
凛とした声が、暗闇の中に響いた。
俺の胸にも、熱い勇気の焔が灯るような声だった。
奮起した兵士たちが、城壁の上で雄たけびを上げる。そうして投擲された追加弾薬の肉に、魔獣の一部は懐柔され、それでも足りないと喚く強欲なヤツは――
「仕方ないわね。できれば命は奪いたくなかったけど……殺すわ」
ゴゴゴゴ……と低い唸り声をあげながら開かれた城門。その奥から現れたのは、淡い月明かりを受けて煌めく金の髪の乙女。
遠目にその姿を眺めていた俺は、一つの違和感に気づいた。
チョコが『杖』を手にしていないのだ。
「どうして」と呟きかけた声も不安も、途中で掻き消えた。チョコの身体からゆらりと立ち上る魔力のオーラを目にして。
――今までチョコがあの杖を手放さなかったのは、攻撃力を高めるためじゃない。むしろ魔力の暴走を抑えるため。
真の力を振るうことを許されたチョコの右手が天高く振り上げられ、指先から太陽のごとき光を放つ。
地上に現れた巨大な太陽は、周囲の空気をビリビリと震わせながら大地を舐め、草を焼き、魔獣たちへと突き刺さる!
「グギャオォォォォォオオオ……ッ」
魔獣たちは、痛みを感じる余裕さえ与えられず、一瞬で冥府へと旅立った。
並の兵士なら十人がかりで一頭倒すのがやっとという魔獣を、たった一発で二十頭。
それでもチョコは涼しい顔をしている。金の髪をゆらりと風になびかせ、心を殺したアンドロイドのような眼差しで、黒焦げになった獣たちを見据えて。
フン、と軽く鼻を鳴らし、紅いローブを翻した。
『スゲーな、チョコ師匠。俺マジで土下座して良かったわ……』
『ぼくも、ペットにしてもらって良かったかも……』
情けない負け犬発言をした後、俺たちは引き続き任務を遂行。巾着袋に補充された焼肉を前線へ運ぶ。
餌を食べ損ねた魔獣たちは、いずれも城壁を越えることなく倒れた。チョコに焼かれた魔獣は意外とこんがり美味そうな肉の塊になり、切れかけた弾薬の代わりにもなってくれた。
そうして魔獣軍の七割が、本格的な戦いの前に戦意を失い、膨れた腹から誘われる睡魔に負けてその場に倒れ伏した。
とはいえ、あくまでそれは前哨戦。所詮は知性の低い『下等な魔獣』をあしらっただけだ。
『ロボ、これからが最終決戦だ……行くぞ!』
『むごごー!』
ロボが咥えた巾着袋からは、甘酸っぱいフルーツの香りが漂う。
これは村人たちが一刻も早く逃げ出したいという気持ちを抑え、特産品のフルーツトマトを使って仕上げてくれたもの。
銀色狼が最も好むと思われる、最高級の一品――リュミエール牛フィレ肉のポワレ、トマトソース仕立て。
それを手土産に、俺たちは草原を駆けた。この軍の大将の元へ向かって。




