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その2 魔王様の決意

「これは異常事態なのです。このまま魔王の不在が続けば、魔力は薄まり新たな魔物も生まれません……つまり、この世界は滅亡します」

 能面のごとき顔を微かに歪めながら、セバスチャンが語る。感情の欠片もない冷淡なその声が、がらんとした空間に響き渡る。

 ここは魔王城の最上階にある『王の間』。ラスボス臭がぷいーんと漂う、やたらとゴージャスな神殿風の広間だ。

 さっきまで俺たちが居た灰色の小部屋――『死者の間』とはまさに雲泥の差。

 俺はふかふかした緋色の絨毯の上にだらしなく寝っ転がりながら、セバスチャンの話を真剣に聞いていた。

 本当は立ち上がりたいところだけど、未だに箒の身体をコントロールするコツが掴めていないのだ。

 ここに来るまでも、ルゥに抱っこされて来たし……情けねぇぜ。

 軽く凹む俺の存在など丸っきり無視し、セバスチャンは石の玉座にちょこんと腰かけたルゥに対してのみ真剣に語り続ける。

「ワタクシは、魔王の〝執事〟を代々務めている上級魔族でございます。そしてルゥ様は、先の魔王によって選ばれた至高の存在……この魔王城の主となる資質を持ったお方なのです」

「んー、良く分かんない」

「簡単に申しますと、ルゥ様は『魔王の卵』なのですよ」

『おお、ルゥは魔王なのか! なんかスゲーなッ』

「――貴様は黙っていろ、箒」

 射殺さんばかりの眼光で睨みつけられ、俺はお口にチャック。不安げにこっちをチラ見するルゥに、触手ならぬ毛先をフリフリと振ってやる。するとルゥは笑顔を取り戻す。

 俺たちがこっそりイチャつくその間にも、セバスチャンの解説は続く。

 ……千年もの長きに渡り、魔界に君臨してきたという先の魔王は、歴代の魔王の中でも最強だったらしい。ただ力が強過ぎて、後継者となるべく人材をことごとく潰してしまった。そして苦肉の策で、自らの命と引き換えに『次の魔王』であるルゥをここに連れてきた、とのこと。

 つまり、俺たちを屋上から吹っ飛ばしたあの突風は、先の魔王の仕業だった!

 生きているなら一発ぶん殴ってやるところだが、死んでしまったなら仕方ない……。

 それより、問題はルゥのことだ。

「本来ですと、先の魔王が指名した後継者は、すぐさまこの『魔王の指輪』を身につけて正式な魔王になられるはずなのですが……」

 そう言ってセバスチャンは、スーツのポケットから深紅の宝石がついた指輪を取り出した。

 そして、ルゥのぷにっとした左手を持ち上げ、プロポーズするときのあの指に向かって、指輪を指し込もうとしたのだが。

 ――スカッ!

 出来の悪い紙飛行機みたいに、指輪は明後日の方向へ逃げてしまう。何度やってもルゥの指には嵌ってくれない。

「お分かりになられたでしょう。今のルゥ様では魔力が低すぎて、指輪に拒絶されてしまうのです」

「じゃあ、どうすればいいの?」

「ワタクシにお任せください。これから少しずつ、魔力を高めて行きましょう。具体的には『魔力』というものの本質を知ること、そして魔術を実践することです。ルゥ様でしたら、百年もかからずに真の魔王となられ」

『百年ッ?』

「――うるさいぞ、箒」

『そりゃさすがに長過ぎるだろ、ルゥがばーさんになっちまうぞ?』

「――燃やすぞ、箒」

『グフッ……』

 なんだろう、今までで最高のダメージを受けた気がするぜ……。

 本気で凹んだ俺のメンタルを察したのか、ルゥがすかさず叫ぶ。

「ヨシキお兄ちゃんのこと、燃やしちゃヤダ!」

「クッ……かしこまりました」

 どす黒いオーラを立ち上らせつつも、ルゥに向かって頭を下げるセバスチャン。そのついでに「後で覚えていろ、箒……」と恐ろしい呪詛を吐く。

 うっかり竹炭を思い浮かべてしまった俺が、毛先を使ってジリジリと後ずさったとき。

 きゅるっという可愛らしい音が鳴った。

「るぅ、お腹減ったかも」

「すみません、もうそんな時間でしたね。早速食事をご用意しましょう」

「あッ、そうだ、パパとママにも〝おそなえもの〟して……」

 ルゥの声が不自然に途切れた。

 明るい太陽のような笑顔がスッと消える。桜色の唇はへの字に結ばれ、紅葉のごとき小さな手が固い握り拳になる。

 どう見ても、泣きたいのを我慢している表情だった。

 今までは、ルゥもルゥなりに気を張っていたのかもしれない。もしくはこの状況を不思議な夢だとでも思っていたのかも。

 たった今、ルゥはこの世界が『リアル』だと認識した。

 もう両親には会えない、仏壇に手を合わせることも、墓参りもできない……そんな悲しみを感じ取り、俺の心も沈んでいく。

 ……なんて、俺の予想は大外れだった。

「ねぇ、セバスお姉ちゃん……ヨシキお兄ちゃんは、もう元の世界にもどれないの?」

「る、ルゥ様?」

 つぶらな瞳から大粒の涙をポロポロ零し始めたルゥに、セバスチャンも動揺を隠せない。

 当然、俺もそうだ。毛先一本動かせず、ルゥの頬を伝う涙を見つめるばかりで。

「だって、ルゥのパパとママは、もういなくなっちゃったけど、ヨシキお兄ちゃんはちがうもん……ひとりぼっちじゃないのに、もどれないなんてかわいそうだよ……!」

 そう叫ぶや、ルゥは玉座から飛び降りた。そしてセバスチャンの腰にしがみつき、声をあげて泣きじゃくる。

 ……俺はバカだ。

 ルゥはこんなにも優しい、人の痛みが分かる子なのに、俺はちっとも気づかなかった。ルゥが幼いってだけで、こっちが一方的に守ってやらなきゃと思ってた。

 だけど、ルゥは大人だった。俺はルゥに守られてたんだ……。

 思わずもらい涙がどこかから零れそうになったとき。

「大丈夫、戻れますよ」

「えっ」

『ナニッ!』

 パッと顔を上げたルゥと、シュタッと立ち上がった箒。

 ようやくこの身体が思うように動いてくれた……なんてことはもはやどうでもいい。

「ホント? もどれるの?」

「はい。もちろん簡単には行きませんが……最上級魔術の中に『復活の呪文』というものがございます。失われたものを元に還すという効果がありますが、冥府の神々を召喚して行う大規模な魔術なため、今のルゥ様には少々荷が重いかと」

「ううん、大丈夫! ぜったいそれ覚えるよ!」

 持ち前の笑顔を取り戻したルゥが、ぼんやり立ち尽くす俺をロックオン。

 勢いよく飛びつくや、細い竹筒をギュッと抱きしめてこう言った。

「るぅ、いっぱい勉強する! がんばって『復活の呪文』を覚えて、ヨシキお兄ちゃんのこと元の世界につれてってあげるね!」

 その瞬間、俺の感動ボルテージはマックスへ!

 竹筒の下からは、謎の水分がドバッ!

 ……。

 ……。

「あの……ヨシキお兄ちゃん、これって、おもら」

『――違う! これは涙だから! 感動の涙だから!』

 そんな苦しい言い訳をする俺に向かい、凍てつく氷の微笑を浮かべたセバスチャンが「責任持って掃除しなさい、箒」と呟いた。

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