その3 初めての触手プ……
村長さんのお宅にお邪魔した俺は、以前約束した通り、温かいお茶と特産品のトマトっぽいフルーツのゼリーをいただく……こともなく、薄暗い地下室の壁に寄りかかっていた。
「なあ、チョコ。俺にもお茶……」
「あいにくと、箒に飲ませるお茶はないわ。だいたいどこから飲むっていうのよ。その竹筒の空洞に注ぎ込めばいいわけ?」
「いや、一応この毛先で触れば味は分かるんだ」
「あーもう、これ以上余計なこと言わないで! アンタのおかしな生態一つ覚えるたびに、貴重な数式が頭の中から一個消えちゃうのよ!」
「あ、はい……」
「っていうか、何で箒なの? どうせ変化するなら、それこそカッコイイ龍にでもなればいいのに、何でよりによって箒ッ?」
「いや、箒って空を飛べる便利な道具だし」
「意味分かんない、意味分かんない! もういいわ、黙って!」
俺が黙ると、チョコは眉根にくっきり皺を寄せたまま、お茶をずずっと啜った。
ついさっき、村の入口で『ヨシキ=箒』という事実をしぶしぶ認めてくれたチョコは、避難しかけていた村人たちに「ロボは危険な魔物じゃない」と報告。氷龍についても『森の守り神』とか適当に言って納得させていた。
全てはチョコが村人との間に築いてきた信頼関係のおかげだ。それがなければ、端から『ほら話』認定されていたことだろう。
ちなみに俺は、ヨシキではなく特殊なマジックアイテムの箒として紹介された。
俺が触手をくねっと動かして挨拶すると、村人たちは微妙な顔をしていた。驚くでも怖がるでもなく「はぁ」みたいな。
ちょっと悔しかったので空を飛んでみせようとしたものの、「遊んでる場合じゃないでしょ」と、あっさりチョコに捕獲された。
そして村長さんの家に「何かあったときのために」と作られていた地下の隠し部屋へ入り、しっかり結界を張った上で……話をした。
まずは俺の方から、語り尽くせないほど濃すぎるこの一週間の出来事を、十分間のダイジェストにて。
巾着袋から箒化で脱出して、盗賊に襲われていた巫女様たちを助けて、立ち寄ったアレディナの街で牢に入れられて、こっぴどい拷問を受けて、仲間たちに助けられて、巫女様と合流して、不気味な予言を聴かされて……。
最初は俺のことをヘンタイ触手呼ばわりしていたチョコも、話を聞くにつれみるみるうちに顔色を青褪めさせていき……最後はいつもの顔になった。何者にも決してひるまない、不敵な天才魔術師の顔に。
凛々しいその横顔にちょっと見惚れつつ、俺は質問する。
「そんで、チョコの方は今まで何してたんだ?」
「ずっとここにいたわよ」
シンプル過ぎる答えに、思わずズリッと竹筒を傾かせてしまった。
「なんでだよ! 俺めちゃめちゃ心配したんだからな! 万が一、俺を追っかけてディアスキアの刺客に捕まって、俺の身の安全と引き換えに無茶なこと命令されてたらって……」
「何バカなこと言ってんのよ。アイツらがディアスキアの刺客なわけないでしょ」
「えッ、だって西に運ばれたし、ヤツらの持ってた財布に鷲のマークが」
「ちゃちな罠に引っ掛かるアンタの脳みそは、竹筒並に空っぽだってことが良く分かったわ」
エメラルドの瞳を生温かい感じに細めつつ、チョコは丁寧に解説する。
「……魔物の侵攻が続いてるこの時期に、私を西へおびき出そうなんてどう考えても罠でしょ。本当にディアスキアなら、あからさまな国章入りの財布なんて落とさないわ。それにあの布袋。前にも言ったわよね、東の端の民族が作ってるって。あれがこの国に入ってこないのは、アゼリアが途中で強奪するせいなの。うちの国でさえ入手が難しいのに、戦争貧乏なディアスキアが手に入れられるわけないわ」
「お、おれもホントはそうおもってた」
「つまんない見栄張ると燃やすわよ?」
スミマセン……と竹筒を手前に傾けた後、俺は続きを促す。
「じゃあ、チョコは本当にずっとこの村に居たんだな。でもアレディナには行方不明って噂が流れてたけど」
「何だか嫌な予感がしたのよ。スミレの受けた神託じゃないけど、今回の刺客は一筋縄じゃいかないだろうなって。ヨシキの存在を公にした直後に、あんな上等なマジックアイテムを惜しげも無く使うなんて、本当に狡猾でいやらしい蛇だわ。まともにぶつかると足首を噛まれそうだと思ったから、裏をかくために私がディアスキアへ向かったと思わせることにしたの」
……やべぇ、スミレも賢いと思ったけど、チョコも賢い。
もしかして俺はアホなのか?
詐欺師のオッチャンの言う通り、騙されることに意義があるのか?
悶々と俺が悩んでいると、チョコは村長さん特製のトマトゼリーをちゅるんと平らげ、ちょっとバツが悪そうにそっぽを向いて。
「だけど……私は謝らないからねッ」
「ん? 何だよいきなり」
「だって、アンタがディアスキアに連れて行かれるって分かってたのに、追わなかったから……それくらい、私は冷たい人間なの。いくらヨシキの命がかかっていたとしても、この地を守るって仕事を投げ出すわけにはいかなかった。それに、アレディナでそんなひどい目にあってたのに、助けに行くこともできなかった……」
「いや、それはもういいよ。結局俺はこうしてピンピンしてるし、チョコの選択は正しかったと思う。俺の方こそ途中で巫女様助けてチョコのこと後回しにしたから、まあおあいこってことで」
俺が握手を求めて触手を伸ばしたところ、チョコにはものっそい嫌そうな顔をされた。別にヘンタイっぽいことなんて何もしないのに。
強引に手を繋いでぶんぶん手を振ってやると、チョコはそっぽを向いてしまう。
そして頬をほんのりと染めて、ボソボソと小声で語る。たぶん地獄耳な竹筒じゃなければ拾いきれないくらいのボリュームで。
「……信じてたの」
「ん? 信じてたって?」
オウム返しに問い返すと、チョコは観念したように大きく息を吐き、俺の触手が千切れんばかりにぎゅうっと掴んで。
「本当は追いかけたくて仕方なかった……でも信じてたのよ、アンタは簡単に死ぬようなヤツじゃないって。だって、この私が認めた相棒なんだから!」
もしこの時の俺がニンゲンだったら、たぶん涙を堪え切れなかっただろう。
箒の俺は当然、謎の水を堪え切れなかった。
「ねぇ、なんか変なとこから水が出てきたわよ……」
「気にするな、そのうち止まる」
謎の水を放出するとともに、俺は竹筒の中をチョコへの愛情でいっぱいにした。
チョコは強くて、優しくて、可愛くて、時々凶暴で……だけど、ほんの僅かの付き合いしかない俺を心から信じてくれる。
コイツなら魔界のルゥにも正々堂々と紹介できる。「人間界で見つけた最高の相棒だ」って。早くそんな日が来ればいい。
感情の昂りに呼応し、触手が勝手ににょろにょろと伸びる。ソイツをチョコの背中に回してギュッとしかけたとき。
「――チョコ様、狼が来ましたぞ!」
初めての触手プ……愛の抱擁は、村長さんの乱入で強制終了。
慌てて地下室を飛び出すと、そこには大人しく村の外に伏せていたはずのロボがいた。恐ろしく凶悪な顔つきで「グギャルルルル……」と唸っている。
当然、村人たちは真っ青だ。全く表情を変えない白髭の村長さんは、相当大物なのかもしれない。
『ねぇ、ヨシキ兄ちゃん、大変だよー』
『どうした、ロボ?』
『ぼくの仲間がいっぱいこっちにくるよ。みんなお腹空かせてイライラしてるみたい……』
そう言ってロボは、首を捻じ曲げて森の向こうを見やった。鋭い獣の鼻をひくつかせ、深紅の瞳を不安げに細めながら。
『まだ河の向こうにいるけど、どんどん集まってくるよ。「ニンゲンを食べろ」って命令されてるみたい。ぼくどうしたらいいんだろう?』




