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その2 楽しい牢屋生活

 全裸の犯罪者――いわゆるストリーキングというヘンタイは、この世界に存在しないらしい。

 必死の抵抗が実を結んだのか、一応『盗賊』という烙印を押されるのは免れた。証拠不充分で。

 その代わりに俺は、世界初の『露出狂』として逮捕されることになった。証拠充分で。

 貴重な戦利品である、布袋&革財布はあえなく没収。代わりに門番のお兄さんが自分の着替えを差し出してくれたので、いそいそとそれを着込む。

 そして、手首の手錠ならぬ腕輪をタオルで隠しながら、ドナドナの子羊のごとく手を引かれて城壁の中へ。

 異国情緒溢れる風景を、じっくり眺めるような余裕は無かった。

 すぐさま幌馬車に乗せられ、三十分ほど荷物のようにガタガタ揺られ……辿りついたのは、例の神殿のすぐ隣。

「えっと……もしかして俺、今から“枢機卿”って人に会わされる、とか?」

 天高くそそりたつ塔をほへーと見上げながら呟くと、門番のお兄さんはガハハッと笑って。

「良く知ってるな、ボーズ。盗賊のお頭にでも教わったのか?」

「だから俺、盗賊じゃないですって」

「このところ枢機卿様はご多忙でな。他国の間諜やら、もっと重い犯罪者としか面会されないことになってる。せっかく『ほら話』を聴いてもらえるところだったのに、残念だったなぁ」

 そう言って、気安く俺の頭をくしゃっと撫でるお兄さん。なんだか気に入られてしまったようだ。

「来月になってココを出られたら、真っ直ぐうちに来いよ。たっぷり鍛え直して“弟子”にしてやっからな!」

「いや、弟子はもう間に合ってます……」

 という呟きはスルーし、門番のお兄さんはサクッと立ち去った。

 俺は一人、その場所に取り残された。

 塔のちょうど真裏の、日の当たらない陰気な場所に建てられた『牢屋』の中に。


 ◆


 ……こんなはずじゃなかった。

 ざっくりした生成りの長袖シャツ&くるぶしまでの八分丈パンツという、シンプルイズベストな村人スタイルの俺は、ホカホカと湯気の立つ雑炊をガーッとかきこみ、大きなため息を吐いた。

「なあヨシ坊、ここの飯は美味ぇだろ? こいつが食いたくてオレはこの街で長年〝スリ〟やってきたんだぜ。成功しても幸せ、失敗しても幸せ。最高じゃねぇか! これも領主様と女神様のおかげってやつだな、ハハッ」

 入学ならぬ入牢三日目。

 軽犯罪者二十人という大部屋に入って緊張していた俺にも、頼れる先輩ができた。自称新入り教育担当のスリ師シューマさんだ。

 なんとなく名前だけで逃げ脚が速そうなイメージがする。マッハな感じが。

 実際シューマさんは、還暦間近ながら素晴らしい肉体の持ち主だった。スリ師としては恵まれた小柄な体躯の上、筋肉がほどよくついた柔軟な身体はバネのようだ。

「そんじゃ、いっちょ腹ごなしすっか。ヨシ坊、行くぞ!」

「はぁ……」

 お代わりが二杯もできるその雑炊をしっかり味わった後は、一部屋二十名ずつ順番に牢屋を出されて中庭へ。

 塔の真北という日陰ポジションながら、午後になれば陽光がちゃんと差し込むその場所は、バスケのコートくらいの広さがあり、皆思い思いに運動できる。

 当然魔術封じの手錠は外してもらえないため、俺はここぞとばかりに走りまくる。

 入牢初日、運動前後の地球式ストレッチを見たシューマさんが、「珍しいことやってんな」と面白がった結果、三日目にして囚人たちが全員参加するというプチ流行になったりして……意外と楽しい。

 一時間の運動タイムが終わった後は、再び大部屋へ。

 囚人が出払っている間に、部屋の隅のボットンおトイレや床は綺麗に掃除され、お湯の入ったバケツとタオル、囚人服の着替えが用意されている。俺たちはペアになって背中を流し合い、その後は夕飯の時間までまったり過ごす。

 差し入れされた本を読むインテリなオッチャンは詐欺師。

 チェスに似たゲームに興じるのはコソ泥。

 上機嫌でお喋りするのはそろそろ牢を出られるという冒険者。たちの悪い酔っ払いだから、シャバに出たところで翌日には戻ってくるだろうなんて言われている。

 そして、新入り且つ最年少の俺は……

「いいか、ヨシ坊。女ってのは顔じゃねぇ、中身だ。確かに〝チョコ様〟やら〝巫女様〟やら、高嶺の花に憧れるのは良く分かる。ただお前も二十歳すぎだろ? そろそろ身の丈に合った相手を見つけて結婚した方が賢明だぞ。そもそもオレがかみさんと出会ったのは――」

 ……のろけ話を聞かされていた。

 というか、この世界のことを質問したはずなのに、気付けば話が逸れまくって結局そのネタに落ちつくという、まさにリア充魔術!

 俺は適当なところで逃げ出して、他の人のところへ。

 皆なんだかんだ頼られるのが嬉しいのか、いろいろなことを気さくに教えてくれたけれど、やっぱり一番物知りなのは詐欺師のオッチャンだ。

「オッチャン、ちょっと話いいかな」

「ふむ、またチョコ嬢のことかね?」

「……なんで分かるんですか」

「顔に書いてあるからな」

 銀縁の眼鏡をクイッと持ち上げ、オッチャンがニヤリと微笑んだ。大人の男の色気を感じさせる、魅力的な笑みだ。

 たぶん詐欺師といっても大金を騙し取る方じゃなく、女性を騙す方のアレなのだろう。今度モテ道についてもご教授願おうと思いつつ、俺は貴重な意見を傾聴する。

「チョコ嬢の人気の理由か……何と言っても、領主様こと『辺境伯』の一人娘という立場だろうな」

「単純に強いからとか、外見が可愛いってことじゃないんですね」

「もちろん、あの強さや容姿も魅力だがな。まあ、少なくとも私の好みではないから安心したまえ」

「……なんで分かるんですか」

「顔に書いてあるからな」

 と、いちいち俺のメンタルを読まれつつ、本日の講義がスタート。

「――この街を繁栄に導いた辺境伯の存在は、行方不明になって十年経った今でもかなり大きい。その娘のチョコ嬢も父親を超えるほどの逸材とあれば、『新たな辺境伯に』と市民の期待が高まるのは当然だろうな」

「でもチョコはまだ十六になったばかりですよ。いきなりそんな偉い立場になってもいいんですか?」

「ああ、全く問題は無い。辺境伯代理であるカカ氏が後見人としてつくだろうしな。ちなみにここしばらく街の治安が良いのも、チョコ嬢のおかげなんだぞ」

「というと?」

「チョコ嬢が武者修行の旅から戻ってすぐ、この街と契約を交わしたんだ。万が一何かあれば――例えば魔物や敵国が攻めてくるようなことがあれば、チョコ嬢が守るとな。しかもすでに実績もあげている。二ヶ月ほど前、この街に襲いかかった凶悪な魔獣の『銀色狼』を、たった一人で撃退したんだ」

「なるほど……」

「それだけじゃないぞ。チョコ嬢は王都へ旅立たれる直前、僅か六歳の頃にも――」

 といった感じで、チョコの武勇伝は泉のごとく湧いてくる。日本なら確実に銅像が立っているところだ。

「ありがとうございました。読書のお邪魔してすみませんでした」

「ああ、続きはまた明日。あとココを出たら、私の“弟子”になりなさい。女性への接し方を一から教えてやろう」

「う……か、考えときます……」

 新たな師匠候補に頭を下げ、俺は隅っこで寂しそうにしているシューマさんの元へ。

「おお、ヨシ坊! スカした詐欺師野郎に妙なこと吹き込まれなかったか? 今また別の牢屋番に、チョコ様の情報調べるように言っといてやったからなッ」

 そう言って、俺の頭をぐりぐり撫で回すシューマさん。

 なんだか動物にマーキングされている気分になりつつも、俺は「ありがとうございます」と素直に頭を下げた。

 いくら有名人のチョコとはいえ、この三日間どう過ごしていたかなんてニッチな情報は、牢内一の事情通であるシューマさんも把握していなかった。

 ただシューマさんのツテで、『ヨシキは無事牢屋にいます』というメッセージを伝えられないか、というお願いだけはしてみた。それこそ藁にもすがる思いで。

「クソッ、なんで信じてくれないんだよ……俺はチョコの弟子なのに」

 と愚痴ったところで、もはや相手にしてくれる人は誰もいない。カタブツな牢屋番の兵士たちでさえ、笑いをかみ殺している。

 最初は牢屋番が入れ替わるたびに「俺はチョコの弟子だ!」と必死で訴えていたのだが、言えば言うほど愉快なほら吹き男と思われるだけだった。こんなときこそ枢機卿とやらに来てもらって、嘘じゃないと証明して欲しいのに……。

 このままだと、俺が村へ戻ってチョコと再会できるのは二十五日後。

 模範生として認められれば十日ほど出所が早まるかもしれないと言われて、出来る限り良い子にはしているものの、それでも十五日後だ。

 チョコの方から俺を探し出してくれれば、という期待はさほどできない。

 意外と単純なチョコは、拉致された俺を追って西へ西へと街道を駆け抜けている……そんな気がしている。

 まあ俺さえ無事ならいずれ再会できるだろう。

 なんて楽観的に考えていた俺は……この世界を舐めていたのかもしれない。

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