その1 初めての逮捕
「何か困ったことがあれば、街の警備兵にいつでも尋ねるようにな……では次の者!」
「ハイ!」
シャキッとした快活な返事と、爽やかな好青年風の笑み。
これらは地球時代の俺が嫌悪していたものだ。「うーす」とか「ちーす」とか、かったるそうな態度がカッコイイと思っていたから。
でもそうじゃないってことは良く分かった。弱肉強食なこの世界では、強い者に尻尾を振らねば生きていけないと。
そうだ、俺の愛するヤンキー漫画の主人公だって、端から強いヤツばかりじゃなかった。
最初は負け犬でも、コツコツ実力をつけてのし上がっていけばいいんだ。
だから悔しくなんてないぞ!
恥ずかしくもない!
「お前……その格好はどうした」
長机の前に腰かけた門番のお兄さんの目が、あからさまな不審人物として俺を捉えた。すかさず詰め寄り、頭の先から爪の先まで舐めるように見まわしてくる。
今の俺の姿は、いわゆる『原始人』スタイルだった。
上半身は裸で、靴も履いていない。腰にだけはやたら上質そうな黒い布を巻いてある。そして小脇に抱えた分厚い革財布。
……結局俺はこの城郭都市に戻ってきてしまった。
あれから小一時間ほど木陰で座禅してみたものの、どうしても箒に戻れなかったのだ。たぶん箒化するには相当な魔力が必要なのだろう。
夜になって魔力が濃くなるまで森へ隠れているか?
それとも、全裸のヘンタイとして開き直るか?
俺は後者を選んだ。
一刻も早くチョコと合流するためには、全裸ごときでじっとしてなんていられない。だったら近くの街に行って服を買い、乗合馬車を使った方が早い。幸い金ならたんまりあるし……。
という思考ステップを経て、俺は街への入場チケットを求めて行列に並んだ。そして周囲の人にザーッと引かれ、チラチラ見られ続けるという非常にいたたまれない時間を過ごしていたとき。
「つーか、この混雑っぷりは何なんだよ、夜明け前はガラガラだったのに……」
ボソッと独りごちると、俺よりかなり前に並んでいた商人風のおっちゃんが反応してくれた。わざわざ間の人に順番を譲って、俺の傍までやってきて。
「おや、君はどこかの国の移民かな? この街の人々は太陽が大好きだから、日の出とともに一斉に活動し始めるんだよ」
――ヘンタイな俺と笑顔で会話してくれるなんて、なんて素晴らしい人なんだ!
尻尾を振って喜んだ俺は、無垢な移民を装ってあれこれと質問攻めにした。
まずこの街は『城郭都市アレディナ』という。
国内では王都に次ぐほどの規模で、人口は約二万人プラス、旅人が一万人。東に敵国を臨む辺境の地にありながら、かなり人気のある街なのだとか。
確かに遠目に見ても、この街は良く目立った。
深い堀と高い壁に囲まれた小山の中に、灰色の建物がみっしり立ち並び、てっぺんには例の塔がドーンと。
都会だという以上に、このアレディナには人を惹きつける魅力があるらしい。
というのも、一つの国の中にありながら、完全に独立して自治を行っているのだ。
領主様が二十年ほど前に定めた『人権は尊重しましょう!』的な法律に、民は大喜び。治安も良く税金も安く、しかも神殿みたいなレジャー施設もあるとなれば、人が集まるのは当然だろう。
人が集まれば商人も集まり、商人を守るための冒険者も増え、残念なことに盗賊も増える……と。
当然そんな立派な街に入るためには、しっかり検問があり。
腰に剣をぶら下げた冒険者を除き、居並ぶ人々は皆小ざっぱりした格好をしている。洗いざらしの旅人のローブやら、リッチな商人らしいパリッとした上着にスラックス、日焼けした農民でさえ麻ではなく一張羅の綿シャツを着ている。
女性の方は、そこまでカッチリした感じでもない。ラフなワンピースやロングスカートが主流だ。
この世界でキャミソールやミニスカートは流行っていないのか、肌の露出は極めて少ない。髪の色や肌の色はさまざまだというのに、そこだけは徹底している。
地球で例えるなら、高級レストランに入るのに、ジーパンで行くヤツはいないってことだ。
そんな高級店に、膝丈スカート一丁で入ろうとするのは、俺くらいってことで。
「怪しい奴だな、ちょっとこっちへ来い!」
と、あたかも犯罪者のような扱いを受けるのも仕方ないことだろう。
ほんの二時間ほど前には、可憐な二人の乙女から『勇者様』とまで呼ばれたこの俺が……没落っぷりパネェ。
有無を言わせず狭苦しい小部屋に押し込まれた俺は、ぺたぺたと身体中を触られ、財布の中身をチェックされ、スカートにしていた巾着袋まで剥ぎ取られた上で、一言。
「なるほど、お前は盗賊の生き残りだな?」
「違います!」
「しらばっくれても無駄だぞ。いくら隠したって、その身体の傷と目つき見りゃあケンカ慣れしてるってことくらい分かる。ここらで散々荒らしまくってた盗賊一味が、今朝がた一網打尽にされたんだ。お前そいつらの仲間だろう?」
「違いますって!」
「あとこの布袋と財布、どこで手に入れたんだ。どっちも相当高級なものだぞ。特に財布の方はディアスキアの国章入りだ」
「えッ?」
「ほら、この内側のところ。大鷲の刻印が入ってるだろ。こいつはディアスキアの軍人が褒賞として授かるものだな」
「へー、そうなんですか……」
単なる革財布としか思っていなかった俺は、もっともらしいその解説に聴き入ってしまう。どうやら俺を拉致った犯人はディアスキアの間諜で確定らしい。
すると門番の兄さんはニヤリと笑って。
「やけにあっさりボロを出したなぁ。これで財布が盗難品だってことが証明されたわけだ」
「うげッ」
「まあまだ二十歳ちょいって顔してるし、〝女神の粛清〟から逃れられたってことは下っ端の見張り役くらいだろ。なに、一月も牢屋暮らしすりゃ出られるから、しっかり反省しろよ?」
ガシャン。
呆然と立ち尽くす俺の手首に、手錠に似たシルバーの腕輪が装着された。
巾着袋と同じく特別なマジックアイテムだと察したのは、俺の中にジワジワ溜まりかけていた魔力が一気に霧散したからだ。
――ヤバい、マジで逮捕された!
地球でも補導で済んでたのに!
「でも俺まだ十五だし! 未成年なんですよ!」
「おいおい、サバ読むにも無理があり過ぎるぞ。証拠はあるのか?」
そんなもんあるか!
こちとら裸一貫ならぬ箒一本でこの世界に乗りこんで来たんじゃボケェェェ!
……とは叫ばず、俺は全力の猫なで声を絞り出して懇願する。
「証拠は持ってないけど、知ってる人はいます! 俺はここらで有名な魔術師のチョコ・レー・トーの弟子なんです! 彼女とはぐれたっていうか誘拐されて、でもそいつらぶっちぎってここまで戻ってきて……そうだ、あの時の服、農家の庭に忘れてきちまった! せっかくチョコに買ってもらったのにッ」
「ガハハッ、お前『ほら吹き』にしてもなかなか愉快なヤツだな。チョコ様のお名前は、ここらじゃ生まれたての赤ん坊だって知ってるぞ? 我が国の最終兵器チョコ・ル・アート様ってな。人の名前をうろ覚えってのは良くないな」
「そうそう、そんな感じだった! でも俺はまだこの国に来て一ヶ月ちょいだから、うろ覚えでごめんなさい!」
「うむ、間違えたら謝るのは大事だな。しかし流民になって仕方なく盗賊の仲間に入ったとしても、悪いことは悪いことだ。牢屋でしっかり女神に『ごめんなさい』するんだぞ?」
「待って、お兄さん、お兄さん、オニィィィィ――!」