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その5 勇者と呼ばれた箒

 それを目撃した二人の少女は、きっとこう思ったことだろう。

 まさに〝女神の起こした奇跡〟だと。

『よっしゃあ! 吊られた男(ハングドマン)作戦、大成功ッ!』

 木の枝も無い、ロープも無い、闇に包まれた空間に、二十人のむさくるしい男たちが逆さづりでぶら下がっている。驚きのあまり手にした武器を地面に取り落とし、ぽっかりと開けた口から涎を垂らしながら。

 きっと奴らにとっては、突然天地がひっくり返ったように思えたはず。

 いたいけな少女たちが必死で時間稼ぎをしてくれている間、俺が伸ばし続けていた『蚊の注射針』は、無事盗賊全員の足首に絡みついた。その強度を巨大マグロの釣り糸になるようイメージを練り上げ、最後は全員一本釣りでフィニッシュ。

 ぶらぶらする小汚いミノムシたちに、次のお仕置きをするべくイメージを練っていると。

「……貴様ら、巫女じゃなく〝魔術師〟だったのかッ! さては替え玉だな!」

 ありえない超常現象の中、最初に口を開いたのはやはり盗賊のリーダーだった。それを契機に、抜け殻状態だった盗賊たちの瞳にも獰猛な輝きが戻る。

 彼らの鋭い視線は、地面にへたりこむ〝巫女様〟へと向けられている。蚊帳の外に置かれた赤髪の少女は、仰向けで土の上に寝転んだ姿勢のまま、ただ瞠目しているだけだ。

「この妙な魔術は何だ!」

「早く下ろせ!」

「ぶっ殺してやる!」

 汚い罵声の連鎖は、まさにこちらの思うつぼだった。

 奴らが熱くなればなるほど視野が狭くなる。ちょっと冷静になって周囲を見渡せば、不自然にふよふよ浮いている竹箒に気づくはずなのに。

 巫女様には申し訳ないけれど、ひとまずスケープゴートになっていただこう。

 真犯人の俺は見つからないにこしたことは無い。できればこれは、女神様の仕業ってことにしてもらいたいからな。

 ……と、そこで俺はこの作戦の思わぬ弱点に気づいた。

 盗賊たちの一部に、手のひらをぼんやりと輝かせているヤツがいる。

『やっべ、こいつら皆武器持ってたからすっかり忘れてた……魔術があったッ』

 俺は全速力で二本の触手を伸ばし、畳んで置いてあった巾着袋を巫女様に被せる!

「――きゃあッ!」

 袋の口を縛る余裕は無かったため、巫女様の悲鳴が外へ漏れた。

 と同時、一斉に放たれた炎や氷の攻撃魔術!

 しかしそれらは、全て漆黒の布に跳ね返された。どれほどの魔力を込めたところで、燃えることも破れることもない完璧な防御力の布に。

「クソッ、なんだこいつは!」

「魔術が効かねぇ!」

 単細胞な盗賊たちがハァハァ言いながら無駄弾を打っている間、俺は速やかに上昇をスタート。

 あんまり悪さをすると、こうなるぞ……っと。

「お、おい……なんか地面が離れてくぞ……」

「何をするつもりだ!」

『ごめんなさいって言うまで上がるからな。早く謝んねぇと怪我するぞ?』

 地上からの距離が一メートルの時点では、まだ百パーセント罵声だった。

 しかし二メートルを超えると、数名から「ひぃッ!」という悲鳴が上がり出す。

 この程度で情けない奴らめと罵りかけるも、そういやこの世界で空を飛ぶってことは特別なことだったなと思い返しつつ、三メートル到達。

 下っ端からようやく「頼む、下ろしてくれ!」という懇願が始まるけれど、お前らが殺した人たちだってみんなそう言っただろうと心を鬼にする。

 四メートルで「悪かった!」と誠意の足りない謝罪。謝って済むなら警察は要らねぇんだよ。

 そして、五メートル地点でついにリーダーが折れた。

「助けてくれ、女神様!」

 その絶叫を合図に、俺は全力で急上昇!

 遊園地のアトラクションで、俺がドラゴンコースターの何倍も恐怖した――

『行くぜ、フリーフォーーーール!』

「「「ギャァァァァァァ――ッ」」」

 小汚い涎や涙や、下から漏れてしまった謎の液体が雨となって地面へ降り注ぐ。

 それが二人にかからないよう少し離れた草地に向けて飛び上がった俺は、地上五十メートル付近から五メートルまで一気に急降下。その後はちょっとスピードを緩めて、四十本の手足ごと地面にストンッと。

 頭から地面に落ちた盗賊たちの何人かが、「ギャッ」とか「グエッ」という蛙が潰れたような悲鳴をあげた。大半は上空の段階で気絶してしまったようでピクリとも動かない。

 パッと見は死体が転がっているみたいだけれど、実際には頭にたんこぶができた程度のダメージだ。

 一思いに殺さなかったのは、まあ女神様の慈悲ってことで。

 というか、悪人を裁くお偉いさんはちゃんと街にいるらしいから、この先はソイツに任せる。

『あー、しんどかった。やっぱ二十人は多すぎたか。竹箒で一トン以上支えるって、けっこう無茶だよな』

 コキコキと肩のあたりを横に振り、俺は奴らを釣り上げていた触手を一旦解いた。

 そのまま奴らの身体をまさぐって武器を撤去し、あらためて両手両足を縛りあげる。目覚めたときに燃やしたりして切られないよう、今度の釣り糸は『対魔法防御』のイメージも高めつつ。

 それから周囲を軽く散策し、盗賊たちの逃走用の馬車を発見。念のため馬を逃がし、武器のたぐいはまとめて地中へ埋める。

 明け方までせっせと働き続ける勤勉な箒のことを、唖然として見つめる二人分の瞳は、この際スルーだ。きっと彼女たちは俺のことを『女神の箒』とでも呼んでくれることだろう。

 そうして全てのクリーニング作業を終える頃。

 薄らと白み始めた空の下、巫女様と護衛の少女は血に染まる大地に跪いていた。胸の前で手を組み、深く頭を垂れて。

 言葉は無くとも空気で伝わる、死者を悼む想い。俺も二人の背後でそっと二本の手を合わせた。

 ――今回の戦い、決して余裕があったわけじゃない。

 もし巾着袋が無かったら巫女様は骸になっていた。あと奴らが巫女様じゃなく赤髪の少女に魔術のターゲットを移していたら、俺には守り切れなかったかもしれない。もちろん、俺の位置がバレてファイヤーボールでもぶつけられたら一発アウトだった。

 この世界は弱肉強食。だからこそ、気を抜くわけにはいかない。

 これからも精一杯頑張ろう。自分が死なないように、そして大事な人を守れるように……。

 祈りの時が終わった後、俺は二人の少女に近寄った。

 触手を一本伸ばし、巫女様の肩をちょんちょんとつっつく。赤髪の少女はまだ俺にビビっているので、突然斬りつけられないようちょっと距離を置きつつ。

『馬車に乗れよ。近くの街まで送ってやる』

 聴こえないと分かっていつつ、俺は声をかけた。そして触手の先を馬車の荷台へ向ける。

 頑張れば生声も出せるかもしれないけれど、女神の箒の神秘性と残り少ない魔力に配慮して黙ったままにしておく。

「スイレン、立ち上がれますか?」

「は、はい、スミレ様。ですが……」

「どうやらこの方は、わたくし達を近くの街まで送ってくださるそうですよ」

『おお、さすが巫女様。良く分かってるじゃん。さ、急いでくれ。本格的に夜が明けちまう』

 二人が幌の中に隠れた後、俺は忘れないように財布と巾着袋を抱え、馬の背にまたがった。荷の重量が多少減ったおかげか馬は軽快な足取りだ。

 そうしてサクサクと二時間ほど進んだ先に、石造りの立派な城壁を構える街が見えてきた。長閑な田園風景から、一気に都心へ来たという感覚になる。

 都心と言うか、そこはまさに巨大な〝砦〟だった。

 天へと突き出た高い塔を見て、俺はチョコが言っていた『城郭都市』だなと察する。もしそうなら村はもう近い。

 掘にかかる短い吊り橋の先に、寝ずに街を守る門番の姿を見つけた俺は、すかさず馬から飛び降りつつそのお尻に小さな刺をチクッと。

「ヒヒィィィン!」

 軽く痛ぇし!

 という感じで嘶いた馬が、そのままのペースで門の方へ進んでいく。

 道に残った俺は、去りゆく馬車の幌の中を覗き込んだ。

 互いの手と手を繋ぎ、唖然として俺を見つめる二人の少女に向かい、ひらひらと手を降ってみせる。

 ひらひらと手を……。

 ……。

 ……。

 ……手?

「助けてくださってありがとうございます、勇者様――!」

「ありえんッ、勇者様がヘンタイだなんてありえんぞ――!」

 二人の美少女による対照的なエールを背中で聴きながら、俺は元来た道を脱兎のごとく走り出した。

 ……全裸で。

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