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その4 イベント発生!

 気分良く舞い上がった……のはいいのだが。

『ここどこだ?』

 薄靄の中に俺のテレパシー声、略してテレパセーが虚しく響き渡る。

 さっき馬を逃がした街道に出て、目星をつけた方角へ進んでいるものの、全く地理が分からない。

 まあ、考えてみれば当然だった。

 俺は人間界へ落ちてから、チョコの家と村にしか行ったことがない。世界地図は見せてもらったけれど、それはかなり大雑把な縮尺サイズで、細かい道なんてさっぱり不明だし。

 せめて星座でも覚えておけば良かったと思うものの、後の祭りだ。

『地図っていうか看板無いかな。まあ看板が出てたとしても、肝心の地名が分かんなきゃ意味ねーか……つーか、マジ逆方向とか進んでたらシャレにならんぞ……』

 湧きあがる不安を無理やり抑えこみ、俺は冷静に考える。

 この姿の俺が移動できるのは夜だけだ。

 日中でもかなり上空まで飛べば見つからないとは思うけれど、途中で魔力切れして落ちるのが怖い。高さ二十メートルから落ちたらたぶん死ぬ。十メートルでも大けがだ。

 つまり夜間、人気の無くなった街道沿いを高さ二、三メートルで飛ぶというのがベター。

 スピードもあまり出すと燃費が悪いから時速四十キロ程度で。馬車よりは早いから、道さえ間違えなければ夜明け前には到着できるだろう。

『まあ、たぶん合ってるよな……なんとなくチョコっぽい匂いがしないでもないし』

 若干ヘンタイっぽいことを考えながら、ふよふよと飛んでいると。

「――きゃあぁぁぁぁッ!」

 突然、前方から絹を引き裂くような悲鳴が響いた。

 人に怪しまれる危険性も、魔力燃費のことも、空っぽな竹筒頭から吹っ飛んだ。出せる限りの全速力で悲鳴の聴こえた方向へ飛ぶ。

 近づくにつれ、人間より鋭い箒の五感が俺に一つの悲劇を伝えた。

 生温い夜風に乗り、漂ってくるあの臭い。魔界を彷彿とさせる耐えがたい悪臭。

『間に合わなかったか……?』

 音速で飛行しながら、俺はチョコに教わった旅の知識を思い出す。

 広大な大陸を網目のように繋ぐ街道には、時として『無法地帯』が生まれる。

 特に夜間は空気中の魔力が強まるため、人の匂いを嗅ぎつけた獰猛な魔獣が現れるし、盗賊の類も動き出す。もし冒険者になったなら、街道を旅する商人や貴族のボディガードがメインになるだろう、と。

 その時は「俺ハウスキーパーでいいッス」と言って流してしまったけれど……その選択は正しかったと実感した。

 眼下の光景は、吐き気をもよおすほど凄惨なものだった。

 横倒しにされ、荒らされた馬車が二台。かろうじて残っている馬車が一台。ここで野宿でもしていたのか、馬車の周囲には焚き木の跡があり、細い煙がたなびいている。

 焚き木の傍には、きっと抵抗することもできず殺されたであろう御者や、原形をとどめないほど切り刻まれた『冒険者』たち……死体の数はここから見えるだけでも八人分だ。

 今回の敵は、魔物じゃなく人間。

 小汚い身なりをした二十名の男たちが、それぞれに剣や槍を掲げながら、一台の幌馬車を取り囲んでいる。

 彼らの表情には恐れも怯えも無い。弱者をいたぶり殺戮を愉しむ狂気にかられ、瞳をギラつかせている。

 どんなに熟練の冒険者であっても、三倍近くの人数に夜襲をかけられたのではひとたまりもないだろう。俺だって日本にいたとき、集団での卑怯な不意打ちでは負けたこともあった。

 結局この世界のルールは、『弱肉強食』だけだ。

 彼らの敗因は、二十名もの盗賊グループが出るという情報を掴めず、少人数で旅をしてしまったこと。

 だから……俺は悔やまない。

 あと十分でも早くここに着いていたら、なんてことは考えない。

 それよりも、今生きているヤツを守る。死んだ奴らが守りたかったであろう人物を。

『さて、まずは敵情視察といくか』

 そう呟いて、俺はスッと高度を下げた。

 誘拐犯に余計なちょっかいを出さなかったのは不幸中の幸い。まだコイツらと戦えるくらいの魔力は残っている。

 でも油断は禁物だ。

 充満する血の匂いに酔い、完全勝利を目前に興奮し切っている盗賊たちは、背後に注意を払うこともない。全員がただ一点を見据えている。

 奴らの狙っている馬車の中を覗き込むと……そこには、二人の少女がいた。荷台の奥に座り込み、震えながら寄り添っている。

 一人は、ゆったりとした白い法衣を身に纏った少女だ。

 地球では見かけない紫色の長い髪に、あどけなさを残す面立ち。年はたぶん俺より少し下だろう。両手を胸の前で組み、目を閉じて女神に祈るその表情は、暗闇に咲く一輪の花のように可憐だ。

 もう一人は、赤茶けたロングヘアを後頭部で結わえた十七、八くらいの少女。

 野生の豹を思わせる鋭い目つきで盗賊を睨みつけるも、美しい面立ちや匂い立つような色気は隠せない。

 彼女は護衛的な立場なのか、金属の胸当てがある軽装鎧を着ている。法衣の少女を庇うように身を乗り出し、気丈にも自らの首筋に短剣を突きつける。

「――これ以上近づいたら、この命を断つ!」

 凛と響き渡る、低く鋭いアルトの声。

 それは盗賊たちをたじろがせるのに充分な威力だった。

 俺はなかなか上手い駆け引きだと思った。もしもこの剣が盗賊たちに向けられていたら、奴らは完全に彼女を舐める。「そんな細腕で俺たちに立ち向かうつもりかよ」と。

 しかし彼女はちゃんと理解している。盗賊の目的が彼女たちそのものだと。

 ただその行為は時間稼ぎでしかない。もしくは、加虐心をそそるものでしかない……。

「お嬢ちゃーん。良い子だからその剣を下ろして、こっちに降りてきましょうねー」

「そうそう。素直に言うこと聞いてくれたら、痛い思いしなくてすむからよぉ」

 汚い唾を飛ばし、下卑た笑い声を響かせながら、盗賊たちは『狩り』のクライマックスを愉しむ。

 その背後でしゅるしゅると伸びる、四十本の触手には気づかずに……。

「おい、のんびりしてる暇はねぇぞ。アジトに戻る前に夜が明けちまう」

 一歩引いた位置に仁王立ちしていた、ひときわ体格の良い男――盗賊のリーダーが、いたいけな少女に最終宣告を突きつけた。

「お嬢ちゃん、耳の穴かっぽじってよーく聞いてくれ。道は二つに一つだ。生きるか、死ぬか。もし生き延びたなら、俺らに復讐することもできるかもしれねぇ。だが死んだら何もかも終わりだよな?」

「そのような戯言は聴かん! 貴様らがここから消えればいいだけだ!」

 赤髪の少女が、勇ましく一刀両断する。しかし盗賊リーダーは余裕シャクシャクだ。

 奴のターゲットは、彼女ではなかった。

「奥のお嬢ちゃんなら――女神に仕える“巫女様”なら分かるだろう? 自害した人間の魂は、魔界に連れていかれるらしいな。そりゃあとても罪深いことだ」

 その一言に、紫色の髪がさらりと揺れた。俯いていた彼女が顔を上げたのだ。

 月明かりも届かない幌の中……それでも俺には分かった。

 彼女はもう震えていない。むしろ慈愛に満ちた笑みさえ浮かべていると。

「その剣を下ろしなさい、スイレン」

「でも、スミレ様ッ」

「もうよいのです。この方々のおっしゃる通り、女神は人の生を喜び、死を悲しむもの。どのような理由であろうと、人が自ら死を選べば女神は心を痛めます」

 言霊、という言葉がこの世界にも存在するのかは分からない。でも確かに彼女の言葉は、魔力とは違う強い力をもって聴く者の心を打った。

 盗賊たちの心にも『女神』はいるのだろう。気付けば下卑た笑い声はその場から消えていた。

「女神の名において、約束してくださいますか? わたくしたちに、決して乱暴な真似はなさらないと」

「ああ、約束する。オレらは別に、巫女様をどうこうして女神の不興を買おうってわけじゃねぇ。巫女様のことはかすり傷一つ付けずに連れ出せって命令だしな」

「分かりました。わたくしは貴方を信じます」

 そんなやりとりを経て、二人の少女の抵抗は幕を下ろした。

 盗賊のリーダーが荷台の傍に歩み寄り、先に立ち上がった紫の髪の少女の腕を支えて荷台から下ろす。そして姫君を守るナイトのように軽く手を引き、近くに止めた彼らの馬車へと導いて行く、刹那。

「――何をするッ!」

 もう一人の、赤髪の少女が叫んだ。

 主に寄り添おうと荷台から飛び降りたところを、盗賊たちに捕えられたのだ。当然、紫の髪の少女も目を丸くする。

「いったい何を……たった今、乱暴な真似はなさらないと女神に誓われたはず!」

「良く話を思い出してくれよ、誓ったのはあくまで〝巫女様〟に関してだけだ。オレらの依頼主はこう言った。巫女様以外の奴らは好きなように料理してくれて構わねぇ、ってな」

「いや、放しなさい! スイレン、スイレン!」

 悲痛な叫びに答える声は無かった。

 赤髪の少女は屈強な男たちに組み伏せられ、薄汚れた手で口を塞がれてしまった。彼女の苦しげな呻き声を掻き消す、男たちの笑い声。

 盗賊たちにとっては、ミッション成功の瞬間……そこが俺の好機だ。

『準備完了。お前ら全員まとめて――成敗ッ!』

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