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その2 人質の悪あがき

 今回の刺客は、かなり狡猾だった。

 事前にしっかりとリサーチをしてきたのだろう。ちょこまかと小賢しく逃げ回るというチョコの苦手な戦法を取りながら、チョコと俺を少しずつ引き離した。

 そして気付けば、俺の背後に伏兵がいた。

 ソイツは目にも留まらぬ速さで俺の首筋に手刀を一発。思わず蹲ったところにこの布袋を被せられた。たぶんチョコのローブと同じ素材の。

 ……俺だって魔力があれば抗えたはずだった。でもあのグングニルを何十発も避け切った直後じゃどうしようもない。

 巨大巾着袋にすっぽり包まれたまま、俺は森から連れだされ、馬車っぽいものの荷台に転がされ……今に至る。

「ちくしょー、どーすりゃいいんだよ……ッ」

 とにかく視界が真っ暗な上に、音が聴こえないのは痛い。どうしても時間の感覚が鈍る。

 外部から伝わる唯一の情報は、馬車の振動だ。

 止まることなくずっと一定して揺れているということは、西へ向かう大街道を進んでいるに違いない。東のアゼリア帝国へ向かうなら、大河を渡るために南北どちらかの整備されていない道を通るだろうから。

 となると、コイツらの目的地は西のディアスキア共和国。

 もしそうならリュミエール王国を横断することになる。馬を魔力でサポートしながら全力で走らせたとしても、軽く十日以上はかかる距離だ。

「まあ今のところ、俺のことは人質として生かしとくんだろうけど……ずっとこの袋ん中はキツイな」

 待遇は決して良いとは言えない。とっくに夕飯時を過ぎたというのに、食事を与えられる気配もないし。

 ただ、一食二食抜いても出てくるアレについては……袋の中にガラスの密閉容器が転がっていた。どうせなら食い物も入れとけと文句を言いたいところだが、まあ餓死する前には出されるだろう。

 問題は俺のメンタル。暗いのは魔界で慣れてるからいいとして、このままじゃ閉所恐怖症になりそうだ。

 あと筋力も確実に衰える。一日動かないと、鈍った感覚を取り戻すまでは三日分。魔力だってそれと似たようなものだ。チョコとの実力差は開くばかり……。

「クソッ、何が〝一緒に魔界へ行こう〟だ! こんなんじゃ俺、完璧お荷物じゃねぇか!」

 叫ぶだけ無駄だった。喉がヒリヒリ乾いてくるだけ。

 水の魔術で喉を潤すことはできるものの、あまり褒められたやり方じゃない。貴重な魔力を無駄に費やしてしまう。

 かといって……何もせずにいると、やたら感傷的になってくる。

 ルゥは元気だろうか。美味しい飯にはありつけてるのか。セバスチャンに泣かされてないか……。

 そんなことを考えて「違うだろ」と頭を振る。今さら現実逃避してどうする。

 ――チョコはいったいどうしているだろう?

 大事な愛弟子の俺を人質に取られて、冷静でいられるわけがない。きっと死に物狂いで追いかけてくる。

 もし「魔界へ行こう」と約束する前だったら、『弱肉強食』のルールに則ってあっさり放置したかもしれないけれど……。

「考えてみれりゃ、俺と出会ってからずっとチョコは気を張ってたんだよな……たぶんこうなることを分かってたからなんだろうな」

 例えば村へ行くタイミング。俺にだっておつかいくらいできるのに、チョコは「自分で行くから」と譲らなかった。

 刺客の手により結界が破られたときは、俺に気配を消すよう指示した。まるで俺がチョコの家に転がり込んだのを周囲から隠すように。

 俺の存在をオープンにしたのは、氷龍のこともあるだろうけれど……俺の力を見極めたからだ。

 自分にとってのアキレス健となるか、それとも背中を預けられる『相棒』となるか。

 相棒として認められたからこそ、全力の訓練を受けられるようになった。なのに俺は不覚を取ってあっさり捕えられたんだ。

 悔しい、悔しい、悔しい……!

 滲んできた涙を拭い、俺は自分の頬をピシャリと叩いた。

 どんなに悔やんでも過去は取り消せない。考えるなら未来のことだ。

「たぶんコイツらは、俺を人質にしてチョコに何らかの要求をするはず。さすがに金ってことは無いだろうから、チョコを利用するか、傷つけようとするか……西のディアスキアなら“利用”の方だろうな」

 俺は刑事モノのドラマを思い出しながら想像する。

 ――もし俺が犯人なら、絶対チョコの前に姿を見せたりしない。見つかったら速攻ボコられるし。だから他人の手を介してメッセージを伝える。

『貴女の友人は我々が預かっている、大人しく従うなら命の保証はしよう』

 とか、いやらしい文面の手紙でも送りつけて、都合の良い駒にしようとする。

 もしチョコが要求を突っぱねたら、その時点で俺の存在価値はゼロだ。

 交渉で時間を稼いだり、人の手を使って俺を探そうとしても、通信機能もなく移動手段も限られているこの世界じゃ見つけ出すのは難しい。

 つまり――

「俺がここから自力で脱出できない限り、未来はない……?」

 自分自身にジャッジを突きつけた瞬間、全身からドッと冷や汗が流れた。

 もし明日か明後日にでも袋から出されたとして、あの手練な刺客相手にどこまで抵抗できる? ガチガチに強張った身体じゃ、あっさり組み伏せられるのがオチだ。

 体力も気力も残っている今が、最後のチャンスかもしれない。

「考えろ……何か方法があるはずだ」

 この巾着袋に継ぎ目が無いことは確認済みだった。縛り口らしき部分も見つからない。

 コイツはただの袋じゃなく立派なマジックアイテムだ、そんな隙が生まれるような構造はしていない。きっと外からしか開けられないようにできている。

 魔術も物理攻撃も、音も光も、何一つ通さない。

 唯一、空気だけは通過する。

「結局コイツは〝布〟ってことだよな……中が真っ暗になるくらい高気密で織り上げてても、たぶんミクロとかそういう単位の細かい穴が開いてるってことだ。ってことは、その穴に入るくらい細い針なら通せるってことで……針、針か……ん、スゲー細い針?」

 その瞬間、俺の頭の中に豆電球がピカッと光った。

 しょぼくれていた身体にも、一気に力が湧き上がる。「フフフフフ……」という我ながら不気味な笑い声が漏れる。

「待ってろよ、チョコ。お前の〝弟子〟はお荷物なんかじゃない、ちゃんと強いんだってことをコイツらに思い知らせてやる!」

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