プロローグ 美少女と落ちた!
「うぉぉぉぉぉぉ――落ちるぅぅぅぅぅぅ――!!」
こんなはずじゃなかった!
ほんの一秒前まで、俺は幸せの絶頂にいたんだ!
高校生活もようやく落ちついてきた、四月の終わり。
ケンカで入院した友達の見舞いに病院へ来たら、小さな女の子と廊下でぶつかった。
コテンと転げたその子を慌てて抱き起こし、黒いワンピースについた埃を払ってやると。
「ねぇお兄さん、るぅと一緒に遊ぼ?」
ナンパされた!
「べ、別に構わねぇけど、親が心配しねぇのか?」
「パパもママも、お空に行っちゃったの……るぅ、ひとりぼっちなんだ」
「そうか……じゃあ親に手紙でも書いてやれよ。そんで、紙飛行機にして空に飛ばそうぜ!」
「うん!」
そんなやりとりを経て、俺たちは屋上に行った。
いくら年端もいかない少女であっても、女にナンパされたのは十六年の人生で初めてだ。俺はかなり有頂天になっていた。
栗色の長い髪をツインテールに結わえた、まるでお人形みたいに可愛い子だった。もし十年後に出会えたら、確実に恋してしまうくらいに。
「ねぇお兄さん、るぅ、もっと遠くまで飛ばしたいな!」
「よっしゃ、分かった。ほーれ、たかいたかーい」
「きゃっ、たかーい!」
楽しそうに笑う少女の身体を、フェンスを越える位置まで持ち上げてやったとき。
突然、フェンスがぐにゃりとひしゃげた。
しかも背後からありえない突風が吹いて、俺たちはあえなく青空の下へ放り出された。まるで誰かがこの腕を掴んで、死の淵に引きずり込もうとするみたいに……。
「――落ちるぅぅぅぅぅぅ――!!」
七階建ての病院から、地面へと真っ逆さま。青々とした芝生が目の前に迫ってくる。
残されたわずかな時間、腕の中の少女をギュッと抱きしめながら、俺は思い出していた。
幼い頃、眠れなくてぐずった夜に母さんが読んでくれた古い絵本。トンガリ帽子の魔女っ子が、魔法の箒で自由自在に空を駆け回るメルヘンチックなあの挿絵。
……これは、いわゆる『走馬灯』ってヤツだろうか?
いや、俺の願望だ。俺は箒になりたいんだ。
もし俺があの箒だったら、少女を乗せてどこまでも飛べるのに……!
「頼む、神様! 俺を箒にしてくれ――ッ!!」
残念ながら、神様は俺の願いなんて聞いちゃくれなかった。
――ガツン!
背中に激しい衝撃を受けた瞬間、瞼の裏が深紅に染まった。
腕の中の少女の安否を気づかうどころか、悲鳴を上げることさえできなかった。
俺の意識はずるりと暗い穴の中へ落ちて行った。