STAGE 3-27 ギブ&テイク
今回は永琳視点よりデス
7月8日 14:00
「……方針を変えるつもりはないんですね、先生」
いかにも渋々と言った様子で、八意 永琳は彼に語りかける。
「ああ。悪いとは思うがな。永琳先生の言いてぇ事は分かってるんだが」
「……ま、彼女に限っては大丈夫でしょう」
小さく鼻を鳴らした永琳に、真次は申し訳なさげな表情で頷いた。
軋む音を立てながら廊下を歩き、二人がたどり着いた先は 八雲 藍 にあてがわれている部屋だった。
彼女は真次を幻想郷へ招く際、異変の元凶らしき相手に重症を負わされてしまった。幸い永遠亭で治療を受け一命をとりとめたが、呪いで妖怪の再生能力を阻害され、結果休養を余儀なくされている。
しかし真次の能力を用いれば、即座に藍を復帰させることができるだろう。彼は永琳に対してそう訴えたのだ。もちろん彼女は最初それを拒絶した。昨日と同じ言葉を繰り返し、諦めさせるつもりだった。だが、真次も全く考え無しに迫ったのではない。
幻想郷の管理者である 八雲 紫。彼女の配下である藍なら、一度不覚をとってはいるものの、戦力としては申し分ない。現状を説明すれば、真次の能力を秘密にすべきとの永琳の判断にも同調するだろう。藍に限って言えば、リスクは低くリターン十分だと真次は説明した。
何度か言葉を交わし、頭脳を回転させているうちに……彼女はもう一つの利点を発見し――真次にそれを悟られぬよう気を使いながら、折れる形に見せかけて了承した。昼過ぎに議論は決着し、その瞬間には、永遠亭の一同に漂う逼塞した空気が霧散していったものだ。幾分が打算もあるが、永琳としても怪我人が治ることは喜ばしい。
「藍、いいか? 入るぞ」
「ああ。……久しぶりじゃないか? 真次先生」
笑顔で彼を迎えた藍が、後背から顔を出した永琳を見て硬くなった。永遠亭と八雲との関係は良好ではない。身構えるのも当然だろう。
「色々幻想郷を回っててな。異変中なせいで、観光気分にならねぇのが残念だ」
「でも、成果もあった。八雲 藍 あなたの傷を、彼の能力で治せるみたいなの」
医者の二人が、藍に対して治療の提案と、事実を黙秘する必要性を説いた。最初こそ疑念が強かった彼女だが、次第に頷くことが多くなり、受け入れる態勢を示した。
「確かにこれは一大事だな……紫様は何をなさっておられるのか……」
「連絡を取ってないの?」
「最初に、橙と一緒に見舞いに来てからさっぱりだ。橙は様子を見に来てくれるのだが……きっと何らかの応対をしているのだろう」
「ゆかりんが博麗神社に行ったのは確かだ。その後の足取りは分からねぇ」
真次は渋面を作り、腕を組んだ。藍の反応からして、紫が博麗神社へ赴いたことも今知ったようである。沈黙の合間を縫って、永琳は静かに手札を切った。
「八雲 藍……あなたの知っている範囲で……いえ、私に知られて不都合なことは黙秘して構わない。推察でもいいから、何か教えてもらえない?」
「おい、永琳……?」
「治療する対価代わりです。それに先生も非常事態なことは認識してるでしょう? 彼女視点での意見は、参考にできます」
「…………どーりで。ずいぶんあっさりと、手のひらひっくり返したとは思ってたんだ」
苦々しく呻く真次。永琳が隠していた藍を治療する利点はこれだ。彼に知られれば反対されるに決まってる。だから、この瞬間まで伏せていたのだ。
「……紫様を裏切れと?」
「そうは言わない。あなたの権限で話せる範囲でいい。考察でもいいの」
「……」
静かに目を閉じたまま……八雲の式は沈黙を続ける。それは黙秘か、あるいはどう答えるかの判断か――緊張感のある無音は、開いた瞳と共に破られた。
「……すまない」
「……そう」
少々強引過ぎたか。これからどう切り崩すか……月の頭脳が次の策を練る最中に、真次の批難が耳に入る。
「そりゃそうだろ永琳……こんな尋問みたいなやり方は――」
彼の言葉を、藍が遮った。
「あ、すまない。誤解させてしまったか。私も応えたいが……あまり参考にはならないと思ってな」
「……おどかさないで」
「それに、非常時なのは理解している。だから真次、そんな顔をしないでくれ。これは一種の取引。ギブ&テイクのようなものと捉えて欲しい」
「藍がいいなら、それでいいが……」
彼の顔色は優れないままだが、九尾の狐は穏やかに続けた。
「人の好い君のことだ。出歩きながら異変の調査をしているのだろう? 一緒に聞いていくといい。役に立つかもしれない」
「わかった。でも無理すんなよ」
「無理と言っても本当に不測の事態だらけで、私にもわからないんだ。そもそも、始まりからして異質としか……」
永琳が眉を寄せ、真次もおんなじ顔をした。二人に対し、藍だからこそ気づく点を話し始める。
「異変を起こしているのは、真次君と私が幻想郷に来る際に遭遇した怨霊だ。しかし、アレは強引に侵入してきたように思える。現代から幻想郷に来るなら、忘れ去られれば自然と入れるはずなんだ。わざわざスキマ内部を経由する必要がない」
「現代から侵入したのではないのね?」
「そうだと私は考える。他にももう一つ妙だと思うことがあるが……急に真次君を迎える役が、紫様から私に変更になったことだ」
「この前見舞いの時、ちょいと話してたな? 確か、橙ちゃんが壺割っちまったとかなんとか……まさか、ソレに封じていたとか?」
彼の発言に藍はやれやれと首を振り、永琳は苦笑していた。適応が早いので忘れそうになるが、真次は外来人で神秘に疎い。
「それはあり得ないでしょう。でしたら、壺が割れた瞬間に中身が飛び出しているはずです」
「あ、そっか」
「ただ、尋常ではない様子だった。君を招くことが些事だとしても、予定を変えるほどではないはず……だが、そうだな。アレは紫様が封印していたのかもしれない。壺ではなくスキマ内部に」
「割れた壺と俺の事で注意が逸れている間に、封印を破った?」
「恐らく」
しかし藍の語調は弱弱しく、確信がないと永琳は感じた。最初に前置きしていたように、藍本人にも不明な点が多いのだろう。
「あなたにさえ 八雲 紫 は秘密にしていたのね」
「ああ……危険な事や、知られてはならない事は、知っている人物は少ない方がいい。真次君の能力を隠すべきなのも、同じ事だろう?」
これには、医者二人は頷くしかなかった。同様の論理で怨霊たちの事は、紫一人の秘密なのだ。聞き出すには紫を捕まえるしかないが……どう考えても、異変を解決する方が早い。あまり参考にならない会話だったが、仕方ない。ちらと永琳が失意の眼差しを藍へ向けた。
刹那の出来事だった。藍が永琳にだけ、魔力の波を軽くぶつけたのだ。真次には当然察知できない。
もちろん敵意はなく、軽く触られた程度のものだ。だが永琳は意味を理解し、行動に移る。
「真次先生、先に部屋に行ってウドンゲと準備を。呪いを切り離すだけですので、大したことではありませんが……一応私は、彼女といくつか問診を」
「念には念を……だな。それじゃ藍、また後で」
藍は微笑み――出来過ぎなほどの微笑みで彼を見送り、賢者の式と月の頭脳は二人きりになる。ゆっくりと永琳が藍と視線を合わせた。
「……これでいいかしら?」
「ああ……これを彼に聞かせる訳にはいかない」
「何か、気がついたのね?」
覗き込んだ藍の瞳は、
不安と恐怖で揺れていた
7月8日 14:17
ぐぬぬ、戦闘シーンが少なぁい! 書きたいと思うのに、その展開にできないジレンマ……




