STAGE 3-26 沈黙はただ重苦しく
7月8日 8:10
永遠亭の空気は、さわやかな朝にも関わらず最悪だった。
永琳は無言、真次も無言で、顔面は鏡合わせのような鉄面皮。ウドンゲの顔色もすぐれず、普段ならてゐが引っかき回して改善することもあるが、それさえ憚られるほどに、沈黙が重かった。
「「「……はぁ~っ」」」
医者二人と、薬師見習いの溜息が重なる。一瞬だけ三人の視線が交錯したが、何か言いたそうに口を動かすだけで、結局誰も喋らなかった。
ますます悪化する空気。輝夜がちらりとてゐに目線で合図をするも、てゐは首を細かく横に振って拒否する。一歩引いた状態でさえ気まずいのに、自ら巻き込まれに行くのはゴメンだとてゐは無言で訴えていた。
今度は輝夜が溜息を漏らした。こんなことは初めてで、どうしたものかと輝夜は思索を巡らせた。本来ならば永琳が問題を解決する側なのだが……残念ながら彼女も当事者で、しかも現状問題解決できたとは言いがたい。
いつもの流れなら、なんだかんだで永琳が妙案を出して解決。ということが非常に多く、輝夜の出る幕はほとんどない。場合によっては余計なコトにもなるかもしれないが……
(私だけいつも『見てるだけ』なのは、歯がゆいもの)
輝夜の従者はその頭脳故にほとんどのことを解決できてしまう。それは輝夜にとっては非常に頼もしく、なのに自分のことを「姫様」と慕ってくれる永琳には感謝してもしきれない。
けれども……それ故に姫様と言う名前の『置物』なのではないかと、時折不安に駆られることがある。無論永琳に悪気がないことは百も承知だ。ただ、幾分か過保護な部分もあると、輝夜としては思う。だから、こういう時ぐらいは自分も永琳の力になりたい。黙り込んだままの三人に対し、輝夜が取った行動は――
「真次、ちょっと」
「……? 何だよ?」
廊下に出たところを見計らって、外来人の西本 真次に声をかけた。相変わらず機嫌が悪い彼だが、それでも冷静でいようとしていて、輝夜を邪険にはしなかった。
「朝っぱらから悪いけど、一戦付き合いなさい」
「え、弾幕戦か?」
「違うわよ。そっちじゃ勝負にならないでしょ? 勝負になる方よ」
勝負にならないと告げられ、少し肩を落とす真次。事実だが、霊夢との敗戦が原因で強く出れない部分もあり、彼としては面白くない言い回しだったのかもしれない。鼻を鳴らしながら彼が訊いた。
「んじゃ何で戦うんだよ?」
「適当な格ゲーやらない?」
「姫さんソッチのたしなみもあったのか……」
二回ほど瞬きして、青年は驚いた様子だった。その後顎に手をあてて考えを巡らせている。
「それなら時間も取らないか。三本勝負な」
「アンタ普通の診療はするつもりなの!?」
「当たり前じゃないか。あくまで能力での治療するなって話なワケだからよ。ただでさえ人手足りねぇのに、ストライキなんかしてる場合じゃねーだろ?」
正論ではある。昨日の混雑具合を見れば、患者を診れる人間が一人増えるだけでも大きな力になることは、素人の輝夜でもわかることだ。が、永琳やウドンゲと軋轢が生じている人間としては、物分かりが良すぎると感じた。輝夜は声を潜めて
「……まさかアンタ、こっそり治すつもりじゃないでしょうね?」
顔を近づけながらの質問に、真次は動じなかった。
「治したいのはやまやまだがな……永琳先生の言ってる意味は理解してる。その気はねぇよ」
「そう……」
嘘をついてる様子はない。
診療所を開く時間も迫っているのもあり、二人は話をやめて輝夜の部屋へ。
ガサゴソと取り出したゲーム機にカセットを挿入し、コントローラーを握ってロード画面を眺めた。古いゲーム機は、こんなことにさえ時間がかかる。その合間に、真次がぽつりと呟く。
「昨日はありがとな。おかげで落ちつけた。ウドンゲと話して、また感情的になっちまったがな……」
「どういたしまして。話してなかったと思うとゾッとするわ」
昨日ウドンゲと話す前「納得いかない」と飛び出した真次を、輝夜は追いかけて『永琳の言い分は間違っていない』と言い聞かせたのだ。月の頭脳と呼ばれた彼女を信頼しているからこそ、出来たことである。おかげで真次は、憂鬱になりながらも落ち着いていたのだが……
「悪ぃな。気を使わせちまった。あ、だからって接待プレイとかすんなよ?」
「当たり前でしょ? 何事も本気でやらないとね」
愉快なBGMと共に、画面が動き出す。少しだけ青年の表情が明るくなったのを見て、輝夜もこれで良かったのだと思えた。
なお、二人とも実力が似通っていたせいでゲームに熱中してしまい、真次が遅れかけて永琳に睨まれる羽目に。……やっぱり裏目に出てしまったかと不安になった輝夜に、彼女だけにわかる動作で、永琳は感謝の意思を伝えてくれていた……
7月8日 9:00
実は前々回と前回のシーンに、わざと30分ほどの空白を作っています。その時間で輝夜と真次が話し、彼が冷静になった感じですね。
格ゲーの描写は迷ったんですがボツに。別のボツ案で、普及に失敗したゲーム機(要は忘れ去られたゲーム機)を取り出して、遊ぶシーンにするというのもありました。




