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STAGE 3-25 トリアージ

今回は重めです。

 7月7日 21:09



 静かになった永遠亭に、か細い紫煙が立ち上った。

 よくよく見なければ分からないほどの煙の根元に、西本真次その人がいる。現代から持ち込んできた煙草を、苦々しく吸っていた。

 先端が赤く緩やかに燃焼し、彼の顔を照らし出す。憂いを帯びた横顔の隣に、彼女はそっと腰かけた。


「先生……ごめんなさい。あの後もどうにか、師匠を説得してみたんですけど……」

「……駄目だったか」

「……はい」


 俯きならが話すウドンゲの表情は、隣の彼とよく似ていた。


「ウドンゲが謝ることじゃねぇさ」

「ですけど……やっぱり、納得できません。真次先生なら治せるのに!」

「……まぁな」


 感情的に声を上げるウドンゲに、真次は渋い顔のまま同意した。ここで愚痴ってても現状は変わらないが、黙っていられるほどの事でもない。永琳の指示は、医者としては『なぜ』と言い返したくもなる。

 今回の異変で苦しめられている人と妖怪たちを、真次は治療できる。なれども、八意 永琳のが発したのは『真次はこれ以上の治療行為をするな』との通告だった。

 あまりの内容にいきり立つウドンゲ。だが、そんな彼女をなだめるように、真次は冷静に話しかけた。


「確かに、納得はいかねぇよ。けど、頭冷やして考えたらさ……永琳先生の言ってる事、理解は出来るんだ。俺」

「は、はぁっ!? 何を言ってるんですか真次先生!?」

「……少し落ち着け。肩持ってくれるのは、ありがてぇけどさ」


 先程の永琳と真次のやりとりが、今度はウドンゲと真次で起きているような光景だった。ただ、今度は真次が落ち着いていて、ウドンゲが感情的になっていた。違いがあるとすれば、永琳は強く止める姿勢であるのに対し、真次はほろ苦く、けれども面映ゆいといった表情だったことだろう。おかしな表現だが、今の真次は『若木の至り』を眺める老人の心境に近かった。


「ウドンゲ……『トリアージ』って知ってるか?」


 憮然としたまま、ウドンゲは首を横に振った。


「……災害とかで大勢怪我人が出ちまった時、現代医療の現場でやるやつなんだけどな。患者を選別するんだ。大雑把に」

「それは一体……?」

「でな……だいたいこんな感じで分けるんだ。『大した事ないから後回しにする患者』『治療が必要だが、すぐでなくても大丈夫な患者』『今すぐ処置しないとダメな患者』『もう助からないから、見捨てる患者』ってな具合に」

「!?」


 呆然と、ウドンゲが目を剝く。真次は苦笑を深めて、肺に溜まった煙を吐き出した。


「そんなこと……するんですか……? まさか、師匠の判断も?」

「ああ、多分な。本当に『いざ』って時に、俺がいれば助かる大勢の人たちがいるかもしれない。だからその時のために、今苦しんでる人達はとりあえず置いておけ……ってことなんだろう」


 真次が言ったような背景があるかもしれないことを、ウドンゲは全く想像していなかった。師匠はてっきり、自分たちの保身も含めて真次に言ったのでは? との疑念が、彼女中で燻っていたのが大きい。

 患者と直接ではないが、ウドンゲも接触しているのもあり、その不安に後押しされて――あるいは彼らに意識を向けすぎて――永琳や真次のような、広い視野を見失っていたことに、ようやく気がついた。

 冷や水を浴びせられたように、ウドンゲも落ち着きを取り戻したが……やはりまだ納得はいかないと、彼女は真次に迫った。


「……患者さんたちの不安は本物です」

「……そうだな。これが一時的なモンで、終息の気配があるならウドンゲの対応で問題ねぇと思う。だけどよ、現実どうだ? まだ異変は終わってねぇし、これからも患者は増え続けるだろう。永琳は俺が襲われることも懸念してたが、他にも問題がある。例えば……俺は残念だが人間だ。すべての患者に対応を続けたら、過労で倒れちまうかもしれねぇ」

「……あっ!」


 当たり前のように馴染んでいる真次だが、結局のところ彼は外来人……元をたどればただの現代人なのだ。妖怪たちや姫様、師匠ほどのタフネスはない。一応彼は、平均的な現代人より体力も精神力もあるが、無理を続ければ限界は来るだろう。

 八方塞がり。逼塞した状況に耐えきれず、絞り出すようにウドンゲが叫んだ。


「どうにか……どうにか出来ないんですか……!?」

「……」


 答えのない無言の横顔が、真次の返答だった。

 もちろん、彼は現状を受け入れている訳ではない。だが同時に、受け入れるのもやむなしとの……一見冷酷で、けれどもより多くを救うためには必要な決断をする『覚悟』は出来ていた。

 そんな真次を見て――薬師見習いの彼女が立ち上がる。


「やっぱり、もう一度師匠と話してきます!」

「オイ! よせよせ! やめろ! んなことしても変わんねぇって!!」

「放してください! このままなんて――」

「いい加減にしろ! ウドンゲッ!!」


 肩を強引に掴んで真次はウドンゲを引き留め――日頃の人の良い彼とは思えぬほどの、鋭い叱責が未熟者を打ち据えた。不意打ちに近い恫喝に、ウドンゲは頭が真っ白になる。その彼女へ、真次は勢いのまま咆えた。


「永琳だって……こんなこと好きで言ってる訳ねぇだろうが!!」


 ぐらりとウドンゲの視界が軋む。言葉の内容か、彼の気迫か、あるいはその両方かで。


「医者ならな……一人でも多く助けたいに決まってる! けどな、そのためには……本当により多く救うならな……! 助けを求めてるヤツを放置するしかねぇこともあんだよ!! 苦しい助けてくれ先生って縋ってくるやつを、見捨てるしかねぇコトがあるんだよ……ッ!!」


 血反吐を吐くような叫びを、ウドンゲは黙って見つめるしかない。


「仕方ねぇって済まされねぇ人様の命をよ……仕方なく選別して助けるしかねぇことだってあるんだよ! 永琳先生はきっと、全部わかった上で……俺やウドンゲ、患者たちに恨まれるのも承知でああ言ってるんだ! それぐらいは分かれっ!!」


 だからこれ以上、永琳を責めてやるな――言外にウドンゲに伝えようとする真次の瞳は、多くの悲しみを眺めてきた人の眼だった。見つめて接して、それを見捨てるしか出来ない場面に出くわしたことのある眼だった。

 ウドンゲは泣きたくなった。どうしようもなくて、どうにもできないことに、なぜ今まで遭遇して来なかったのだろうか? 運が良かった? それとも師匠が弟子から遠ざけていたのだろうか……?

 感情が暴走して、立っているのさえやっとだった。あまりのことに、ウドンゲは自分のことの整理ができない。

 ただ――哀しいのだけは、確かだった。



 7月7日 21:37

実際のところ、今永遠亭に来ている妖怪たちの状況としては『治療が必要だが、すぐでなくてもいい』あるいは『後回しで大丈夫』が多いです。自力で永遠亭まで来れている妖怪たちですからね。それも考慮の上で永琳は真次に『能力での治療をするな』と言っています。……それで納得できるかは、別ですけどね。

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