STAGE 3-18 兄弟 姉妹
あっぶねー……あと二時間でおき一週間投稿が途切れるところでした。お待たせしてすいません!
7月7日 10:05
「……兄さん」
最初、彼を見た少女が発した第一声はそれだった。
昨日の夜、食前のことだ。真次も手伝いをしていたから、その一言を聞くまで少女のことは頭になかった。
呟きに近い一言が真次の印象に残っているのは、声質は少女なのに、イントネーションが自分やもう一人の兄を呼ぶ声そのものだったからだろう。心当たりに顔を向けるも、参真とレミリアと話していたことから、幻聴でも聞こえたかと訝しんだものだ。
「昨日はごめんなさい。びっくりしたでしょう? 真次お兄さん」
「マジで驚いたぞ。おかしなことには慣れたつもりだったんだがな……」
微笑みと苦笑が交差したのを確認してから、メイド長が黙礼して部屋を出た。その際、部屋の一部を清掃して出ていったのか、フランドール越しに見える部屋が僅かに明るくなった。当然時間を止めて行っているので、その瞬間は咲夜以外には観測できない。気がついたら部屋が綺麗になっていた。な、何を言っているのか……とネタを続けたくなる心情を、真次は抑え込んだ。
「わりぃ、今この瞬間もビビってるわ……」
「私も最初は良く分からなかったわ。慣れるって便利よね」
どこまでも穏やかにフランは微笑む。少女の造形で形作られた、大人の笑みだ。言葉使いは見た目相応だが、彼女もルーミア同様に、外見だけで判断するのは危うそうだ。
「あまり姉と似てないな?」
「見た目の話? 私たちはちょっと事情があるから……」
「それもあるが、俺が言いたいのは中身の方さ。姉さんは如何にも『吸血鬼』って感じだが」
「私は箱入り娘?」
「ってよりは、お姫様のが近いかもな。屋敷暮らしだし」
真次は戯言のつもりでそう言った。
ただ、彼女……フランドールにとっては少々苦い言い回しである。
「……そうだね。そうだったのかも。王子様には、連れて行ってもらえなかったけど」
「おいおい、誰だそいつは? 姉貴もメイドも……それだけじゃない、ここにいる住人一人残らずやべぇのに、姫様攫ったらドえらいことになるぞ?」
彼の言葉を聞き終えると、フランの顔は急変していた。
それは、泣きそうな顔だった。滾々と湧き出る悲しみに耐える顔だった。
それは、痛む顔だった。手にしたかったものが、手のひらから零れ落ちていくのを眺めるしかない顔だった。
そしてそれは……懐かしむ顔だった。癒えていない古傷を撫でながら、痛みも含めて受け入れて、噛み締める顔だった。
何か良くないことを口にしたのだろうか? 真次には知りようがない、知りえない傷に運悪く触れてしまったのか……?
「すまねぇ、何かその……嫌だったか?」
彼にしては珍しく、小さく申し訳なさそうに告げる。『お姫様』は静かに首を振った。
「『王子様』にもね、あなたと似たようなこと言われたわ。双子でなくても、やっぱりあなたたちは兄弟なのね」
「……そうか」
少女の瞳は、雫を溜め込んでいるように見えた。それを流さぬように、フランはこらえていた。
紅魔館の住人と、参真の関係。その一端を兄は察して……それ以上聞くことはしなかった。興味は尽きないが、続きを語らせるほど真次は無神経ではない。
「そう、話したかったのはあなたたち『兄弟』のことよ」
「え? いや、いい。無理に話すことは――」
「ごめんなさい、ややこしかったね。参真じゃなくて、あなたのお兄さんのこと」
「! 真也のことか?」
ゆっくりと首肯しながら、彼女が思いもしない言葉を口にした。七年前、参真の前で自殺した兄の名を。
当時、真次は既に海外に移動していた。
七年前の時点で『神童』などともてはやされていた彼は、その有能さからアメリカへ渡り、最新の医療を学べる環境へ身を置いていた。そのため、兄がなぜ自殺したのかを知らないのだ。運悪くスケジュールが重なっており、真次が帰国したのは、兄である真也の死から一週間も後のことである。
困惑と動揺が覚めぬうちに、参真まで消息不明になってしまった。急に身内の人間が二人も消えて、父親である「西本 平家」と真次の二人で、しばらく休養を取ることとなる。その際に、父親から自分たちの血統についても聞かされて、最後の息子は怪奇じみた血統の形質を、真実として受け入れるほかなかった。
「そうだよ。この前、紅魔館を襲った男の人」
「そいつは偽物だろう? 俺の兄貴は人の上に立つようなタイプの人間じゃねぇ」
「なら、なんだと思っているの?」
青年は、妖怪の山での話を回想しながら、たどたどしく答えた。
「……あの怨霊どもと最初に接触したのは俺と藍……じゃなくて、幻想郷への案内役だ。その時に俺の姿を複製して、兄貴を騙ってるじゃねぇのか? こっちに来てるってことは忘れ去られたってことなんだろうが、俺は兄貴のことは忘れちゃいない。まぁ、手術で極度に集中してる時は、頭から抜けてるかもしんねーが、だとしても参真が忘れる訳がねぇ。幻想郷に来るとは思えないが」
「ううん、違うよ」
「何?」
「どうやって幻想入りしたかは、私にもわからない。でもね……あの怨霊は間違いなく『西本 真也』本人だよ」
眉をひそめる真次を、揺るぎない瞳が見つめていた。先ほど露わにした動揺が嘘のように、彼女は静かな眼差しで訴えている。
「フランは俺の兄貴と会ったことないだろ?」
「……参真の血を吸ったことがあってね。その日の夜、夢の中で参真の記憶を経験したの。真也兄さんを亡くした時のことを。きっと、私たち姉妹が似たような目に遭わないようにしてくれたんだよ。参真は」
「レミリアと仲悪かったのか? 参真が来るまで」
「昔は『狂っていた』からね、私。ずっとこの部屋に幽閉されていたのよ?」
苦笑しつつ語る内容は、真次が想像外のことばかりだった。
対面しているフランに狂気はまるで見られない。むしろ姉よりも大人びて見える節さえある。弟が少女を平常の世界へ招いたのならば、紅魔館の住人が参真に好意的なのも頷けた。
血を吸って云々は医者の領分外で良く分からなかったが、参真の記憶越しに兄の最後を経験している……と言いたいのだろう。
「それで、どうだってんだ……?」
「あなたのお兄さん……『西本 真也』は独特な人でしょう?」
「ああ、そうだな。あんな人間は二人といないだろう。間違いない」
真次とうり二つな風貌なのに、真次とは真逆の気配を纏いばら撒く男。
誰も寄せ付けず、何かをするたびにつまずいて、何もかも失敗し続け……冷笑は張り付き、瞳は夜よりもなお、昏い色を宿した双子の兄。すべてを呪い尽くしてもなお足りぬ憎悪は臓腑に収まらず、近場に寄った人の背筋を、冷たく撫でる悪意が溢れ出す穴蔵……妖怪より妖怪じみている生き方を、自殺するまで続けた男。それが真次の知る、西本真也の姿だった。
「だからね、真也兄さんを真似することは、誰にもできないと思う。人には個性があるけれど、あの人は個性の塊だから」
「悪意の塊の間違いだろ? 個性っつーよりはさ。……紅魔館を襲ったヤツもそうだったと?」
「逆に聞くけど、他の人と間違えられる? あんな異常な在り方をしている人を」
……反論ができない。
兄弟である真次でさえ、兄が抜きんでて壊れているのを認識していた。
西本真也かどうかは、一目見れば確実に判別がつくだろうし、不出来で異質にすぎる兄を、他人が演じるのは難しいだろう。
「あなたは、今回の異変を積極的に追っているって、食事の時お姉さまから聞いたわ。でも……最後にはあなたのお兄さんと、対決することになるかもしれない」
少女の瞳が憂いを帯びる。なるほど、フランが真次を呼び出した理由は『兄弟で対立することになるかもしれない』ことを、伝えるためだったようだ。姉妹を取り持った参真の兄同士が、対決する場面を避けたかったのだろう。あるいは遠まわしな恩返しか……いずれにせよ、善意からの行動だ。
「そっか……わかんねーとこはまだあるが、異変の怨霊どもに兄貴はいるんだな?」
「間違いないよ。嫌でしょう? お兄さんと戦うのは」
「うんにゃ、そうでもない」
虚を突かれたように、フランは二回ほど瞬きした。
「俺、兄貴とは仲悪かったんだよ。しょっちゅう喧嘩ばっかでさ……だから心配すんな。もし兄貴とドンパチすることになっても、それは良くある兄弟喧嘩だぜ? ま、世界跨いだ先でなんてのは、想像してなかったがな」
根っからの医者であり、治療を良しとする真次と
生まれながら悪意を見つめ、恨みを吐く真也
一卵性双生児である二人は見た目こそそっくりだが、間違えられたことは一度もない。
同じのはずの外見も中身が真逆なせいで、異なって見えると告げられたこともあった。
一緒に生活していたとしても、二人の馬が合うはずもなく……兄弟の関係は、喧嘩も含めて日常と化していた節がある。参真は仲介したりすることもあったが、彼は彼で絵に夢中なことも多々あった。
「……そっか。私たち姉妹とは違うんだね」
「人でも妖怪でも、みんな違うもんさ」
肩を竦めながら、口の端を持ちあげて真次が笑った。
つられてフランも笑い、後はもう何も言わなかった。
彼女は警告をして、真次はそれを受け取り――
彼は、それでもと進むことを選んだゆえに、フランも真次を呼び止める理由がなくなった。
異変は今も幻想郷を脅かしているのだから、時間を浪費している余裕はない。
青年は踵を返して、フランはその場で背中を見つめる。
「最後に一つ、いい?」
「……何だ?」
「あなたの知っているお兄さんより強くなっている。対決するなら気をつけて」
「おうよ」
真次は振り返らず、右手を上げて親指を立てた。
クスリとフランは微笑みを浮かべて、部屋の外へ往く真次を静かに見送った。
7月7日 10:28
フランが真次や、兄である真也に対して『お兄様』と呼ばないのは、本編にも少しありますが、弟の参真の血を吸い、夢の中で体験した経験があるからです。参真君が兄さん呼びのため、それに引っ張られる形で兄さんorお兄さん呼びしています。
参真とフラン、紅魔館周りのお話はどうしても語りきれないです(というか、やり過ぎると前作のネタバレになりかねませんし)この辺りのバランスは、難しいんやな……




