STAGE 3-15 復讐者たち
ようやくこの番外パートもおしまい! 長くてすいません。
恐怖のまま口にした発言は、しかし禁句そのものであったのだろう。王と呼ばれたその男の表情は、憤怒と憎悪の臨界に達し、逆に無表情となっていた。
極寒の表情はまるで伝播したかのように、取り囲んでいた怨霊たちが、失意と絶望に染まりつくした表情へと変わって、
『やるよ』
完全に同一のタイミングで、同じ音程の違う声が木霊した。
『あの女は十のために一を切り捨てる』
確信に満ちた合唱が森を包む。
『すべてを受け入れると謳いながら』
別々の存在であるはずの怨霊たちが、
『我らは楽園に拒まれ、切り捨てられた存在』
まるで一つの意思で統一されているかのように。
『それこそが我らが、この世界のすべてと敵対する理由』
妖怪たちは、身動き一つできない。
『厄災の壺の底で、詰め込まれた魂に応じた、頭と尾を持つウロボロス』
突きつけられた自分たちと、彼らの差に震えるしかなかった。
『地獄以上の煉獄へ招かれた返礼は』
……幻想郷の住人ならば、誰であろうと彼らと関わってはいけない。
『この世界の死以外では釣り合わない』
なぜなら彼らは『幻想郷』そのものが、復讐の対象なのだから。
怨霊たちの声が静まり、沈黙が降りる。冷厳の表情は同一で、その奥底には純粋な憎悪が沈殿していた。
「は、ははは……! ははハハハハハ!! ッはハハ!!」
とうとう精神まで耐えきれなくなったのだろう。紫様と助けを求めた妖怪が壊れた。声を上げ、顔面をしわくちゃにして、どこかへと走り出した。
当然、怨霊たちが逃がすはずもない。『銀杭』が銃器を素早く二射すると、勢いのまま転倒して、ぴくりとも動かなくなった。
「さて、最終選考も終わりだ。貴殿ら二名に一つの命を課す。何かわかるかね?」
「は!? 二名って……ぇがぁ……」
それが、妖怪集団を主導していた妖怪の、最後の言葉になった。
背後から『生贄』が手を回し、抱きしめている。愛する人に囁くように、強く、艶やかで、しなやかに。女の表情は恍惚としているが、抱かれている……あるいは囚われた妖怪の顔には、死相が浮かんでいた。
怨霊らの絶望を、直接魂に流し込まれているのだ。精神が本体である妖怪にとっては、抹殺に等しい。味わうように、一人の妖怪の死を愉しむ『生贄』の傍らで、二人の妖怪は怯えながらも思考した。
「見せしめ……?」
「ふむ、及第点といったところかな」
まるで教師のように男は答える。ニュアンスは合っているということか。
そうだ、見せしめのつもりなら『皆殺し』でも問題ない。怨霊たちなら、見るも無残な死体のみを残す方法もあったはずだ。となれば、彼らが求めている役割は……
“それを伝えろ……ってことか”
のっぺらぼうの答えに、黒い影たちの主導者が唇を釣り上げた。
「花丸をあげよう、その何もない顔面に進呈しようか?」
“えっ……遠慮させてもらう”
「そうか? 案外不気味で、新種の妖怪として話題になると思うのだが」
“宣伝目的なのはわかる……けど、あんたにやられたら一生消えなさそうだ。勘弁してくれ”
「ちっ」
茶化すように舌打ちしたのち、怨霊の王が背筋を伸ばした。
「貴殿らが今知ったように、我々と幻想郷は敵対する他ない。故にありとあらゆる懐柔や交渉は無意味だ。だが、その度に接触しにくる妖怪どもを殲滅するのは億劫なのでな。手段は問わん、我々の前に立つことがいかなる結果を招くかを喧伝せよ」
「あんまし聞きたくあらへんのやけど……もし上手くいかんかったら?」
「覚悟しておきたまえ」
近場にあった妖怪の死骸を蹴りつけつつ、鋭く言い放った。元々逆らうつもりはないし、相手側としても冗談半分なのだろうが……全く笑えない。
「念のため逃げ道も塞いでおこう。不明な点や、何か質問はあるかね?」
恐らく、これが最後の対話だろう。安堵した様子で訛りのある妖怪が一息ついた。
何も言わずに立ち去るのが安全なのだろうが、のっぺらぼうには一つ、気にかかっていることがあった。
“なら、一つ”
「ん?」
彼らにとっても、予想外だったのだろう。虚を突かれたのか、声もどこか抜けている。もう一人の生き残りは小さく「余計なこと言ったらアカンで……」と囁いた。
“どうして俺を生かした?”
実のところ、そのことがずっとのっぺらぼうには気がかりだった。
最初の候補者として生かされるのも意外なら、最後の最後で声の大きいリーダー格を押しのけて生き残ったことも解せない。返事を期待せずに尋ねたのだが、男は笑いをこらえながら答えた。
「君が幻想郷の住人である以上、知りようがないと思うが……実は現代において『のっぺらぼう』は『無個性』の比喩として使われることもある単語なのだ。しかし、君は物事をよく見ている。言葉にして出力もし、真実もおぼろげながら言い当てていた。質問に答えよう。君が生き残った最大の要因は『個性的なのっぺらぼうが面白かったから』だ」
深く考えていた自分が馬鹿らしい。のっぺらぼうは本気でそう思った。もう一人の妖怪も、心なしか呆れているように見える。
「そんな……そんな理由だったんか……?」
「いやいや、馬鹿にしたものではないのだがね。捕えた相手を何人か泳がせる。という状況で生き残るのは、決める側が『どうでもいい』あるいは『面白い』と感じた相手が多い。かくいうキミが生き残った理由も『最初の会話が面白かったから』だぞ? もし君らが八雲に尋問されるようなことがあるのならば、今回のことを教訓にするといい。運が良ければ生き残れよう」
話はこれで終わりだ。とつぶやいて、男が表情を引きしめる。つられて生き残った二人にも緊張感が戻っていた。
「それではうまくやりたまえ。我々が再び君たちの前に、立つことがないことを祈りながら」
無数の影が、闇へと溶けて消えていく。重苦しかった気配が眼前で霧散し、辺境の森は普段の様子を取り戻していた。
しばらく二人は、残された妖怪たちの死体を眺めていたが……何もしなければ自分たちもこうなることを思い出し、噂の流すのに適した場所目がけて歩き出した。
次からはやっと真次先生のパートに戻りますよー!