STAGE 3-14 候補者たちと
まーたまた遅れましたよコイツ……書き溜めはちょっとあるんで、一週間ごとに投稿したいですね(願望)
怨霊を束ねる男の問いかけを、正しく理解できたのは彼らと一人だけだった。
(まずい、殺される――!)
のっぺらぼうは急いでその場から逃げようとした。どう考えても、男の問いは身内へ向けられている。選定ということは、あらかじめ自分たちを観察していたのだろう。そして、誰を殺して、誰を生かすかを彼らの中で選び終わった――のっぺらぼうにはそうとしか思えなかったのだ。
振り向いて逃げようとした先に、レイピアの切っ先が突きつけられる。剣を握っているのは『無銘』と呼ばれた怨霊だ。一体どこから、いつの間にと考える余裕はない。もうだめだ――と感覚が絶望に沈みかけるが、それを引き留めたのは、対面した騎士の言葉だった。
「あなたは候補者だ。まだ殺さない」
「了承した。では許可を出す。我々の権利を行使せよ」
驚愕し、立ち尽くすのっぺらぼうと『無銘』に動きはない。しかしその周辺は動乱と喧噪に包まれた。台風の目となったその場所から眺めたのは……あまりに一方的な殺戮の嵐。
逃げだそうとした妖怪が『銀杭』に膝を撃ち抜かれて倒れ込み。這いずりで抵抗できないところに、怨霊の狼たちが殺到した。
構えて果敢に戦おうとする妖怪もいたが『生贄』の老獪な魔術が、彼らを術中に捕える。そのまま拘束されたのち、手の空いていた怨霊たちが群がり、思う存分いたぶられることとなった。
見た目軟弱な『不和』に突撃する者もいたが、即座に鍬で頭をカチ割られた。彼らの本質は怨霊で、怨みが深ければ深いほどその危険度が上がる。見た目や技能に関係なく、ここにいる怨霊たちは一人残らず、最大級の脅威足りえる怨みを溜め込んでいた。
逃走は叶わず、実力差から闘争にすらならない。生殺与奪を握られたまま、生き残った妖怪たちはたったの四名。
一人目は強気で何度か発言をしていた、妖怪たちを主導していた者だ。表情はこわばっており、強がっているようだが膝の震えは隠せない。隣にもう一人別の妖怪がいるが、こちらはより恐怖が色濃く、錯乱寸前のようにも見える。
三人目は最初、あまりに緊張感の欠けた発言をしていた訛り口調の妖怪だ。この状況は彼の責任ではないだろうが、対話した相手の行動に理解が及ばないらしい。起こった現実を受け入れられず、呆然と立ちつくしていた。
そして彼……のっぺらぼうの四名が、怨霊集団と接触した中で生き残っている妖怪である。皆殺しも容易だったはずだが、なぜ怨霊たちはそうしなかった? 顔面の無い頭部を『無銘』に向けるが、彼は答えず『王』が口を開いた。
「貴殿らの目的はおおよそ把握済みである。幻想郷を荒らす我々を誘導し、人里の襲撃及び占拠を行ったのち、八雲 紫から便宜を引き出す……といった概要だが、相違ないか?」
やはり行動が読まれている。尋ねる形にこそなってはいるが、声色が断定に近い。逆らっても益はないと、のっぺらぼうは小さく頷いた。
見抜かれた驚愕からか、残りの三名は凍り付いた表情のままである。風の音だけが響く中、妖怪たちは相手の言葉を待った。
「我らの引き起こした混乱に乗じて、貴殿らだけで実行するならば問題はない。その場合は我々も勝手にそれを利用し、お互いに身勝手に利用しあっただけの話だ……しかし」
最後の三文字はただ繋ぐだけの言葉であるはずなのに、魂の芯を震え上がらせる呪いの言葉と変わりがない。四人がぶるりと身体を捩るのを気にせず、続きを口にした。
「それは、我々が打つ手としては最悪だ。八雲 紫が最も気軽に対処ができてしまう。何せ、貴殿らと我々を一手で殲滅できるのだからな」
「どういう……ことや……?」
「我々の手で人里の占拠が完了した後、恐らく人里で貴殿らと我々が合流することになるだろう。そのタイミングで――八雲 紫の手で……人里を完全に消し飛ばしてしまえばいいだけではないか」
「「「「な!?」」」」
あまりに乱雑で意外な手法に、妖怪たちが一斉に目を見開く。
彼らと裏腹に怨霊たちは、静かに侮蔑と嘲笑を浮かべていた。
「ま、待てよ! 八雲 紫 は幻想郷を愛してるんだぞ!? そんなことするわけがねぇ!!」
「そ、そうや! 第一人間が全滅したら、妖怪は存在できへんやろ!?」
男の語る八雲 紫 の手段に、二人の妖怪が声をあげた。
訛りの妖怪の言葉に反応した彼が、それに答える。
「『全滅』はしない。ごく少数だが、人里以外に人間は生活している。他にも、運よく別の場所に出向いている人間ぐらいは助かるだろう。そのままでは短期間しか持たないだろうが、ならば減った人間を補充すればいいだけだ。現代には『異世界に転移したい、転生したい』という願望を持った人間がそれなりにいるからな。状況を似せて拉致してしまえば、さして波風は立つまいよ」
ついでに、人里復興の手伝いをさせれば不満も出ないだろう。と、怨霊の王が憮然と付け加えた。
“……人里を破壊した後、立て直しがきくのはわかった。だが、吹き飛ばした実行犯が紫となれば、他の連中が黙っていない。それに人里には稗田家やハクタクがいたはず……”
「いいや『八雲 紫の仕業ではなくなる』よ。君たちも口にしていたじゃないか。『八雲 紫は幻想郷を愛しているのだから、そんなことはしない』と」
「な、何言ってるんだよ……!? 他に誰が――」
“まさか……俺たちの仲間割れに仕立てるつもりか……?”
黒い影が、冷たくせせら笑った。
「死人に口なし。あの女のことだ、仮に死者が口を開いても原因を不明瞭にするだろうな。破滅の直前に要人や都合のいい資料はスキマで隔離して、やれることはやったと涙ながらに話せば……誰も真実には気づくまい」
漠然と胡散臭いだけの八雲 紫 のイメージが、男の言霊でおぞましい感触へ成り代わっていく。『邪悪な印象に変わった』よりは『化けの皮が剥がれた』印象に耐えきれず、怯えていた妖怪が金切り声のように叫んだ。
「紫様は……そんなこと! しない! 絶対に!! 大体、なんでお前に何がわかるってんだよっ!!」
その妖怪は状況に耐えかねて、不満を向ける矛先の相手を様付けで呼んだ。
――刹那、男の瞳が冷たい光を帯びる。
彼は瞬時に悟った。今の言葉は、絶対に口にしてはならなかったのだと。
長いと思った方もいるかもしれないのですが、実は分割しております。なので来週の土曜投稿は大丈夫……たぶん。