STAGE 0-6 手術
予想より長くなってしまった。
勢いって怖いね……
6月20日 00:33
「う……!」
唐突に、肉体が悲鳴を上げた。
すぐさま身体の各所に神経を集中させ、異常を把握する。どうも肉体疲労と、精神疲労が重なったらしい。
「今日の……いや、昨日の手術が祟ったか……!?」
だが、それにしたっておかしい。確かに集中力は使ったが、それにしたってここまで疲労しているはずがない。一体どうして……
「先生、どうしました?」
「妙に疲れた感じがする。もしかして妖怪を診た影響か?」
「……藍の妖気を浴びてしまったのかもしれません。ちょっと待ってて下さい。ウドンゲ! 妖気の影響を抑える薬を頂戴!!」
しばらくその場で彼がうずくまっていると、水と錠剤を渡された。
すぐさまに服用すると……すぐに気分がよくなってきた。完全に不快感が取れた訳ではないが、これなら手術に集中できそうである。
「サンキュー、幾分かよくなったぜ。さ、急いで処置しよう! 藍が待ってる。助手頼むぜ、先生」
「ええ、そうね……外の医者のレベルがどれほどか、見させてもらいますわ」
消毒した白衣を身にまとい、二人は藍の横たわる手術室へ。
既に麻酔が効いているのか、藍の意識はなく、額に汗を浮かべたまま目を閉じている。
「それじゃあ、始めよう……メス!」
出血量がややひどいが、術式の難易度自体は高くない。さらに幸運なことに、信じられないがここには最新の医療機器……いや、それ以上の性能を持った医療機器まで存在していた。条件としては、最高の環境である。
(上等だ……やってやる!)
妖怪一人の命を背負い、男は静かに、メスを受け取った。
6月20日 1:44
(は、早い……!?)
八意 永琳の、彼が藍への処置をみた第一の感想が、それである。
状態が多少よくなさそうではあったが、それにしたって早過ぎる。永琳でも同じことはできるが、この速さでやれと言われたら、ミスが怖くてまず無理だろう。
「ふう……これで一安心だな」
「よくもこの速さで……そこまで急がなくとも大丈夫でしたと思いますけど……」
「これでも大分慎重にやったんだがなぁ……やっぱり早く見えるのか」
本人にとっては、あれで遅いらしい。本気を出されたら恐ろしい早さなのだろうと永林は勝手に思った。
既に藍の傷口は塞がり、心拍数や呼吸、脳波等も安定している。とりあえずの所だが、問題はなさそうだ。
「あとは、藍の傷が塞がらなかった原因が何か……だな。傷が塞がらないだけで、そこまでヤバイ毒じゃなかったのかもしれん。他に症状は出てなさそうだしな」
「そこは、不幸中の幸いでしたね」
「全くだ。傷口以外に影響を及ぼして、容体を悪化させるタイプの毒物だったらと思うとぞっとする」
本来妖怪にとって、物理的に負わされた傷など、大したことはない。流石に、腕一本切り落とされたりだとか、心臓や脳を潰されたとなると話は違うが、この程度の怪我など、すぐさま再生できるはずだ。ましてや、「八雲 藍」は九尾の狐……妖獣としては高位の部類である。それが、まるで人間のように処置しなければ危険となると……普通ではない。彼の言うとおり、毒の可能性は十分にある。
そしてその彼だが……どこか目が虚ろな様子で、集中力を使い果たしたと顔に書いてあった。
「先生、あなたはもう休んでください。見た所疲労が溜まっているように見えますわ」
「ばれたか。晩飯食ってないわ、昼にも手術したわで結構疲れてたんだ」
にかっと子供のような笑顔を無理矢理作り、その後肩を落とす先生。どうやらかなり、無理をしていたようだ。
「明日になれば藍の傷の解析も終わっているでしょう。その時に治療の方針を話し合いませんか?」
「そうしてもらえると助かる。先生」
お互いのことを先生と呼びつつ、彼らは眠っている藍を連れて手術室を出る。
別室に藍を寝かしつけたあと、永琳は彼を個室に案内した。
「この部屋を使ってください。何か必要なものがあればウドンゲに持ってきさせます」
「それじゃあ……明日でいいから、妖怪の処置について書かれた物が欲しいな。向こうの世界のことしか知らねぇもんだから、妖怪のことはよくわからねぇんだ」
「勉強熱心ですね」
「でないと、この職業はやってられないだろう」
からからと快活に笑いながら、けれども真剣な表情の彼。精神的にも技術的にも、この人間は、根っからの「医者」なのだろうと、永琳は判断した
「ふふ、確かに。そういうことでしたら、時間のある時に私が直接教えて差し上げますわ」
「いいのか?」
「私に時間なんていくらでもありますから、そこは遠慮しないでください」
「??? そういうことなら……明日からよろしくお願いするぜ」
さらりと、自分のことを言ってしまったが、先生はよくわかっていないようだ。まぁ、現世から来た人間に、たったのこれだけの情報で「不老不死」だと見抜けたらそれはそれでおかしいが。
けれども……つい本音が出てしまうような、人の心をつい開かせてしまうような、不思議な魅力を持った人だと思う。
「それでは先生、おやすみなさい」
「ああ、悪いな。お先に失礼するぜ」
扉を閉める永琳を見送る彼は、真剣な表情なのにどこか子供っぽい。そのギャップについ笑みをこぼしてしまう。
(こんな風に笑ったの……いつぶりかしら……)
胸のあたりがじんわりと温かい。胸に手を当てると、手のひらまでそれが伝わってきそうだった。正直、もう少しだけ余韻に浸っていたかったが……
(ウドンゲ一人じゃ、大変でしょうからね)
気持ちを切り替えて、ウドンゲの待つ部屋へと向かう。
夜はまだ深い。ここから、長い時間をかけて、解析にしていくことになるだろう……
6月20日 2:13
主人公は、医術方面でチートに近いという設定です。
永琳先生が「早い」と感じるぐらいのスピードでも、本人にとっては「慎重にやった」レベルです。
永琳は本来薬師で、外科は本業じゃないでしょうと思う方もいらっしゃるかもしれませんが、月の頭脳と呼ばれる彼女なら外科も人並み以上に出来るのでしょう。たぶん。
ただし、医学が出来る主人公ですが、妖怪についての知識はまるでないので、永琳先生から手とり足とり教えてもらうことになります。