STAGE 2-7 証言
7月1日 12:46
彼女は、笑うようにして泣いていて、泣くように笑っていた。
自分が世話になっている寺を襲撃した彼女に、同情の余地はない。しかし、その姿は余りにも哀れであった。
だたっ子のように、自身の憎しみをまき散らす彼女。
そんな彼女に、ぬえは勝てなかった。
(私、死んじゃったのかなぁ……?)
長い間体の感覚は曖昧で、泥の中に体が沈んでいるような感じだ。両手両足がどこにあるのかすらわからない。なんとか、瞼だけは動かせそうだ。
重い瞼を開け、ぼんやりと世界が開ける。
ほどなくして見えたのは、見馴れた天井だった。
「ぬえさん!」
「ひ……じり……?」
ゆっくりと首を動かすと、普段世話になっている尼僧の姿が見えた。隣には知らない顔の、白衣の男がいる。
「あと二日は目を覚まさなくてもおかしくないんだがな。回復魔法ってすげー……」
男が感心した様子で聖の手を見る。よく見ると、彼女が魔法を当ててくれていた。
「そいつは……?」
「外の世界のお医者様だそうです。ぬえさんも治してくれた人なんですよ」
「西本 真次だ。意識が戻ってよかった」
部外者のくせして、彼は心底安堵した表情を見せた。……ぬえとしては聖のそばに男がいるのが気に入らない。が、怒鳴るような気力もわいてこないので、おとなしくしていることにする。
「聖、ゴメン。みんなを傷つけたあいつ、逃げられちゃった」
「いいんですよ。ぬえさんが生きて帰ってきてくれただけでも十分です」
「命あってのもの種って言うしな……しっかし、厄介な特性だぜ」
「医者のお前は、儲かるからいいんじゃないのか?」
「俺は金のために医者やってるんじゃねぇ。誰かを治すために医者やってるんだ」
見くびるな、と彼が付け加える。
「お前……妖怪たちを治したのか?」
「そうですよ。永琳さんも治療に当たってくれましたが、真次さんも大勢治してくれました」
「それを言ったら、聖だってかなり治してるだろうに。あの場で三人のうち誰か一人でも欠けてたら、全員は助からなかったろうな」
和やかに真次と呼ばれた男と聖が会話する。……ぬえが言いたいことの意味は、ちょっと伝わっていないらしい。
「そうじゃなくて……お前、妖怪を治すことに抵抗ないのか?」
言われて……聖がはっとした。今の今まで気がついていなかったらしい。
妖怪は人間を襲うものだ。ならば、人間が妖怪を治そうとするのは少々抵抗がありそうなものである。彼は外の人間らしいが、それにしたって自分の羽は見たはずだ。異形を治すことに違和感を覚えないのか?
けれども、その疑問に彼は真っ直ぐ返答する。
「ねぇな。多分妖怪とか人間とか、そういうの関係ない。俺は。傷ついて倒れてるなら、俺はどんな命だって助けたいって思うだろう。そういう風にできてるんだ」
「それが、平安京を恐怖のどん底に叩き落とした妖怪でも?」
ぬえの問いに男が笑った。
「……似たような質問されたことあったっけなぁ。んじゃ聞くが、妖怪なら助けなくていいのか? そこに治すための道具と、自身は技能を持ってるのに?」
「それは……」
ぬえは黙り込む。助けなくていいと答えるのは、違う気がする。それだと、ぬえは助かってない。でも素直に答えてやるのも癪だから、わからないふりをして押し黙った。
やがて、男が続ける。
「俺は違うと思うね。罪人とか妖怪だとか、人の……誰かの生き死にがかかってるときに、そいつの肩書や、人種、種族は関係ない。そこで苦しんでるんだ、助けるべきだろう。罪を裁いたり、後で説法聞かせるのは他の奴の仕事だ。医者の役目は、死にかけてる命を救うこと……でなきゃ、何のために医者はあるのかわからない」
迷うことなく、彼はぬえに告げた。……思った以上に、この人間は強い信念を持っているようだった。
「素晴らしいですね……人間と妖怪で差別はしないということでしょう?」
「患者は平等に患者だ。ただ、種族を考慮すると……同じ怪我なら人間の方を優先するかもしれんがな。人間の方が脆い。で、その行動を差別じゃないかって言われたらなんとも言えんから、『公平に扱う』とは、俺は言っちゃいかんな。もちろん、妖怪の方が重傷だったら、そっちを優先するぞ」
聖はひどく感心した様子だった。彼は頭もいいようだし、人柄も悪くないようだ。
「さて、封獣 ぬえだっけか?」
「ぬえでいい」
「ぬえ、聖、この寺を襲った奴、どんなんだった? 俺と永琳は後から来たから見てないんだ」
ぬえと聖の表情が曇る。あまり思い出したいことではないのだが、彼らも襲われるかもしれない身なのだ。情報は共有しておいた方がいい。
「西洋の方のように見えました。見馴れない甲冑を着て……黒い気配を纏っていました」
「しかも、あれは怨霊だよ。屠自古とかいうのとは比較にならないぐらいの怨念を溜めこんだ……」
男がメモ帳を取り出した。詳細を書きとめておくらしい。賢明だ。
「怨念……か。と言うことは、この寺に怨みがあったのか?」
「聖は怨まれるようなことは……豊聡耳の連中ぐらいだと思うよ。でも、あれは完全に西洋の人間で格好だった。初めて見る顔だし、心当たりはないよ」
「そうですね……でも、怨み事を言っていたのも確かです。『私を焼いた宗教家は死ね』と言ってましたし……」
彼の指が止まった、心当たりがあるらしい。聖が問うと、彼は隠すことなく話した。
「魔女裁判の時、冤罪で死んだ連中の怨霊かもな……宗教に殺されたようなもんだ。だから宗教家全体を怨んで、襲撃したのかもな」
「いい迷惑だよ……でも、それだと……なんで私の正体を、見破れたんだろう?」
首を傾げる真次に、聖がぬえの能力を補足する。それを聞いた彼は状況を理解した。
「ただの怨霊が、ぬえの能力を見破れるはずがない……と?」
「ぬえさんは格の高い妖怪です。簡単には見破られないはずですが……でも、やられてしまったのを考えると、あの怨霊も格が高いのかもしれません。それなら、あれだけ強かったのも納得がいきます。スペルカードらしきものもいくつか使ってきました」
「名前覚えてるか?」
ぬえと聖は、なんとか思い出そうとするが、乱戦だった上、怪我人が大量に出で混乱のさなかだったので、曖昧にしか覚えていない。
「確か……ジルなんとかというスペルカードがあったような……あと、旗を振って兵隊を召喚するスペルカードもありました」
「それと、私を見破ったスペルカード……なんとかの看破とか言ってた。それもあるね」
「……少なくても三枚は持ってるのか」
「だと思います」
真次はメモに書き留めて――指が止まった。
「……まさか、な」
「? どうかしました?」
「いや、あり得ないのことを想像しちまっただけだ。……ありえないさ。きっと」
どこか言い聞かせるように、彼は言った。
この予想が当たっていたことを、彼は後に思い知ることになる……
7月1日 13:22
さて、知ってる人はもうこれだけで「襲撃主」の正体がわかったでしょう。わかってもこれのネタバレは控えて下さいね!?




