STAGE 2-6 兄
6月30日 18:00
「久しいな、兄弟」
「……ああ、全くだ」
真っ暗な世界の中で、お互いだけがはっきりと認識できた。
「……珍しいな。いつもなら有無を言わさず殴りかかってくるだろうに」
「ああ、これは夢だからな」
「そうだな。お前はもう死んでいる」
淡々と真次が吐き捨てる。一度たりとも和解することのなかった相手だが、真次は彼を――自身の双子の兄、真也を憎んだことはない。
「異界でも相変わらずだな、お前は」
「そういう兄貴はどうなんだよ? あの世行っても何かを怨みっぱなしか?」
「だったら、こうして今会話は成立していないさ。私個人は、かの者に感謝すべき立場なのだろうな」
「相変わらず訳わかんねぇ」
真次がプラスの部分の体現者なら、真也はマイナスの体現者だ。
一卵性の双子なのに、ここまでかけ離れてしまったのも特性のせいだろう。
「いずれまた、会うやもしれぬな」
「そりゃねぇよ。これで最後だ。クソ兄貴」
親指を逆さにして、兄を罵倒する。
それを見た兄が笑って――彼の夢は覚めた。
「……」
辛うじて瞼はあいたのだが、体中が鉛のように重い。この感覚を真次は知っているのだが、今まで味わった中で最大級のモノであった。ろくに身体が動きやしない。
さらに――強烈な空腹感が、彼を襲った。丸一日寝ていたのだろう。それで身体がエネルギーを欲している。派手に腹の虫が鳴きはじめた。
「永……琳……どこだ……?」
掠れ声で一緒にいたはずの彼女を探すも、周辺には見当たらない。かわりに、セーラー服を着た少女が、こちらに寄ってきた。
「先生、起きた?」
声に出すのは苦しいので、彼は首を縦に振った。
「ご飯すぐ用意するね」
もう一度彼が頷くと、彼女は奥の方へと消えていった。そこで彼はようやく、ここに来た顛末を思い出す。
(そうか……あの後寝ちまったんだな……)
最後に診た少女の容態が気になる。あの状態の自分が、大丈夫と判断したのだから平気だとは思うが。
それに、患者は彼女だけではない。大勢怪我人がいたはずなのだ。ここで寝ている自分が不甲斐ないと感じ、気力を振り絞って上体を起こす。今の真次にとって、これですら重労働だ。だが、泣き言は後回しだと気合いを入れて、なんとか立ち上がる。
「……全く、便利なんだか不便なんだかわかりゃしない」
自分の体質をぼやきつつ、ふすまを開ける。
既に日は傾き、もうすぐ夜が訪れようとしていた。
「! 起きられましたか」
たまたま通りかかっていた金髪の娘が、こちらに気づいた。ネズミ妖怪が『ご主人』と呼んでいた妖怪だ。
「ああ、なんとか……怪我人たちは大丈夫か?」
「死者は出てません。先生方のおかげですね……ありがとう」
「礼は、あの尼僧の人や永琳にも言ってくれ。俺一人じゃ、多分間に合ってないからな」
いくら補正がかかっている自分がいたとはいえ、あの人数を治せたかどうかは怪しい。間違いなく、永琳や尼僧の人も活躍している。
「そうですね……でもぬえを治せたのは、あなたのおかげだと永琳さんが」
「そういや、永琳はどうした?」
「昨日の内に帰ってました。あまり長いこと永遠亭を留守にしていたくなかったようです」
ここ最近は、何者かの襲撃が相次いでいる。永琳も、輝夜の身が心配なのかもしれないと真次は勝手に思った。
「すまん。早いとこ飯にしたいんだが……腹の虫が騒ぎっぱなしで……」
「……ああ、さっきからすごいですものね。部屋で待っていてください」
こんなときでも、真次の腹は空気を読まずに鳴りつづける。一日何も食べてないのだから、仕方ないと言えばそうなのだが。
彼女に言われ、おとなしく寝ていた部屋で待っていると、先ほどのセーラー服の彼女が現れた。
「ご飯持ってきたよ先生」
「……名前で読んでくれてもええんやで?」
「あれ、先生大阪生まれ?」
「いや。なんとなく使ってみただけだ。それはともかく、いただくぜ」
俗に言う精進料理というやつだろう。味は薄めで野菜中心たったが、空腹の彼の胃袋にはごちそうである。
「すまん。おかわり」
「はいはーい……って早!?」
「あれの後は、腹が減って仕方ないんだ」
「頑張ってたもんね。エライエライ」
そうして、彼女が真次の頭を撫でる。
「よせやい、俺はガキじゃねぇよ」
「あはは、先生って意外と照れ屋さん?」
「照れ屋? そんなこと言ったの、嬢ちゃんが初めてだと思うが」
「嬢ちゃんなんて、それこそ恥ずかしいよ。私は村紗 水蜜 みんなはムラサって呼んでるよ」
「そうか……一つ質問なんだが、ずいぶんと妖怪が多くないか? てか、怪我人は全員妖怪だった気がするんだが……」
「うん……よくわかんないけど、人間は怪我をしてないみたい。確かに、弾幕で攻撃されてたと思うんだけど……とりあえずは家族のもとに返してあげた」
よく見ると村紗も、左手に包帯を巻いている。彼女も妖怪ということか。
「にしても、すごいね。あれだけの怪我人を治しちゃうなんて……『魔法使い』のあだ名は伊達じゃないね」
思わず噴き出しそうになりながら、真次は村紗に尋ねる。
「オイ、それどこで聞いた!?」
「文々。新聞で」
「そのあだ名は、こっちだと誤解されかねないからやめてくれ……」
文に教えなきゃよかったと後悔しつつ、真次は食事を続ける。
「でも、本当にすごかったよ……かっこよかったし」
「ありゃ? 見てたのか?」
「ぬえ治す時だけね……聖も驚いてたよ? 『魔法より早く治してしまうなんて』って」
真次は少しの思案のあと、彼女には自身のことを少しだけ説明することにした。
「あれな。実はちょっとした秘密がある」
「へぇ。どんな?」
「これは現代の雑学になるんだろうが……人間は普段、能力を完全には発揮してない。普段から全開だと、力加減が効かなかったり、反動で身体を壊しかねないからな。ところが俺は――治療が間に合わなそうだと、その制約が外れる」
「ええっと……つまり?」
「人が死にそうになると――メチャクチャ頭が冴えて、その上身体も早く動かせる。ただ、反動がでかくてな。しばらく眠りこんじまう上、起きたら腹ペコだ」
なるほどと、村紗は納得した。ちょうど今の真次の状態と重なるからだろう。
実際、真次は何度かこの状態になっており、初めは自身でも驚いたが、今ではもう慣れてしまった。最も、今回は長時間の使用だったので、かなり反動も大きかったが。
「ふぅ……ごちそうさん」
「たくさん食べたね~」
「あれは大量にエネルギーを消費するからな。睡眠もたっぷりとらねぇとだし」
「でも、おかげてたくさんの人を助けられるんでしょ?」
「その通り。そう思えば、悪くない代償だ。人間は死んじまったら、生き返れないからな」
「……そうだね」
何か物思いにふけるように、村紗が言った。……思うことがあるのかもしれない。
「なぁ……これは勘なんだが、もしかして村紗って、人間だったか?」
「えっ!? ああ、まあね。……私はほら、船幽霊ってやつ。私が死んじゃった時も、先生がいたら助かったのかな~とか思っちゃって」
「俺は神様じゃない。心臓が止まって、脳が死んじまったら流石に無理だ。船が沈んでってなると、俺も巻き添えじゃないか?」
「だ、だよね~……ごめん、変なこと言って」
村紗が俯くも、真次は真っ直ぐ彼女を見つめた。
「変なことじゃねぇぞ?」
「えっ?」
「生きたいって思うのは、変なことじゃねぇよ。死んで未練が残るようなら、なおさらだ」
幽霊となったからには、きっと彼女には未練があったのだろう。それが何かは真次にはわからないが、彼女のことを真次は否定しなかった。
「先生は、今死んじゃったら未練とかあるの?」
「俺? ……最後に治した嬢ちゃんの容態を見届けられないこと……か?」
「ああ、ぬえのことね……大丈夫だよ。今日も聖が魔法をかけてたから。明日ぐらいには目を覚ますって」
「……これでとりあえずは未練無くなったわ」
真次が本音を話すと、村紗が噴き出した。
「オイオイ、そんなにおかしいか?」
「いや、あの……医者馬鹿だなぁって」
「よく言われる。褒め言葉みたいなもんだ」
それを聞いた村紗がますます笑いだす。
真次は困惑しながらも……しかし悪い気はしないのであった。
6月30日 19:03
前回、真次君の言っていた「リミッター」は今回の話で出てきた部分です。
実際、人間は能力を制限しているそうで……真次君は特定条件になるとこれが外れます。この時は文字通り超人と化していますが、本人も言っているように反動が大きいようです。