表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/216

STAGE 2-6 兄

6月30日 18:00



「久しいな、兄弟」

「……ああ、全くだ」


 真っ暗な世界の中で、お互いだけがはっきりと認識できた。


「……珍しいな。いつもなら有無を言わさず殴りかかってくるだろうに」

「ああ、これは夢だからな」

「そうだな。お前はもう死んでいる」


 淡々と真次が吐き捨てる。一度たりとも和解することのなかった相手だが、真次は彼を――自身の双子の兄、真也を憎んだことはない。


「異界でも相変わらずだな、お前は」

「そういう兄貴はどうなんだよ? あの世行っても何かを怨みっぱなしか?」

「だったら、こうして今会話は成立していないさ。私個人は、かの者に感謝すべき立場なのだろうな」

「相変わらず訳わかんねぇ」


 真次がプラスの部分の体現者なら、真也はマイナスの体現者だ。

 一卵性の双子なのに、ここまでかけ離れてしまったのも特性のせいだろう。


「いずれまた、会うやもしれぬな」

「そりゃねぇよ。これで最後だ。クソ兄貴」


 親指を逆さにして、兄を罵倒する。

 それを見た兄が笑って――彼の夢は覚めた。


「……」


 辛うじて瞼はあいたのだが、体中が鉛のように重い。この感覚を真次は知っているのだが、今まで味わった中で最大級のモノであった。ろくに身体が動きやしない。

 さらに――強烈な空腹感が、彼を襲った。丸一日寝ていたのだろう。それで身体がエネルギーを欲している。派手に腹の虫が鳴きはじめた。


「永……琳……どこだ……?」


 掠れ声で一緒にいたはずの彼女を探すも、周辺には見当たらない。かわりに、セーラー服を着た少女が、こちらに寄ってきた。


「先生、起きた?」


 声に出すのは苦しいので、彼は首を縦に振った。


「ご飯すぐ用意するね」


 もう一度彼が頷くと、彼女は奥の方へと消えていった。そこで彼はようやく、ここに来た顛末を思い出す。


(そうか……あの後寝ちまったんだな……)


 最後に診た少女の容態が気になる。あの状態の自分が、大丈夫と判断したのだから平気だとは思うが。

 それに、患者は彼女だけではない。大勢怪我人がいたはずなのだ。ここで寝ている自分が不甲斐ないと感じ、気力を振り絞って上体を起こす。今の真次にとって、これですら重労働だ。だが、泣き言は後回しだと気合いを入れて、なんとか立ち上がる。


「……全く、便利なんだか不便なんだかわかりゃしない」


 自分の体質をぼやきつつ、ふすまを開ける。

 既に日は傾き、もうすぐ夜が訪れようとしていた。


「! 起きられましたか」


 たまたま通りかかっていた金髪の娘が、こちらに気づいた。ネズミ妖怪が『ご主人』と呼んでいた妖怪だ。


「ああ、なんとか……怪我人たちは大丈夫か?」

「死者は出てません。先生方のおかげですね……ありがとう」

「礼は、あの尼僧の人や永琳にも言ってくれ。俺一人じゃ、多分間に合ってないからな」


 いくら補正がかかっている自分がいたとはいえ、あの人数を治せたかどうかは怪しい。間違いなく、永琳や尼僧の人も活躍している。


「そうですね……でもぬえを治せたのは、あなたのおかげだと永琳さんが」

「そういや、永琳はどうした?」

「昨日の内に帰ってました。あまり長いこと永遠亭を留守にしていたくなかったようです」


 ここ最近は、何者かの襲撃が相次いでいる。永琳も、輝夜の身が心配なのかもしれないと真次は勝手に思った。


「すまん。早いとこ飯にしたいんだが……腹の虫が騒ぎっぱなしで……」

「……ああ、さっきからすごいですものね。部屋で待っていてください」


 こんなときでも、真次の腹は空気を読まずに鳴りつづける。一日何も食べてないのだから、仕方ないと言えばそうなのだが。

 彼女に言われ、おとなしく寝ていた部屋で待っていると、先ほどのセーラー服の彼女が現れた。


「ご飯持ってきたよ先生」

「……名前で読んでくれてもええんやで?」

「あれ、先生大阪生まれ?」

「いや。なんとなく使ってみただけだ。それはともかく、いただくぜ」


 俗に言う精進料理というやつだろう。味は薄めで野菜中心たったが、空腹の彼の胃袋にはごちそうである。


「すまん。おかわり」

「はいはーい……って早!?」

「あれの後は、腹が減って仕方ないんだ」

「頑張ってたもんね。エライエライ」


 そうして、彼女が真次の頭を撫でる。


「よせやい、俺はガキじゃねぇよ」

「あはは、先生って意外と照れ屋さん?」

「照れ屋? そんなこと言ったの、嬢ちゃんが初めてだと思うが」

「嬢ちゃんなんて、それこそ恥ずかしいよ。私は村紗 水蜜 みんなはムラサって呼んでるよ」

「そうか……一つ質問なんだが、ずいぶんと妖怪が多くないか? てか、怪我人は全員妖怪だった気がするんだが……」

「うん……よくわかんないけど、人間は怪我をしてないみたい。確かに、弾幕で攻撃されてたと思うんだけど……とりあえずは家族のもとに返してあげた」


 よく見ると村紗も、左手に包帯を巻いている。彼女も妖怪ということか。


「にしても、すごいね。あれだけの怪我人を治しちゃうなんて……『魔法使い』のあだ名は伊達じゃないね」


 思わず噴き出しそうになりながら、真次は村紗に尋ねる。


「オイ、それどこで聞いた!?」

「文々。新聞で」

「そのあだ名は、こっちだと誤解されかねないからやめてくれ……」


 文に教えなきゃよかったと後悔しつつ、真次は食事を続ける。


「でも、本当にすごかったよ……かっこよかったし」

「ありゃ? 見てたのか?」

「ぬえ治す時だけね……聖も驚いてたよ? 『魔法より早く治してしまうなんて』って」


 真次は少しの思案のあと、彼女には自身のことを少しだけ説明することにした。


「あれな。実はちょっとした秘密がある」

「へぇ。どんな?」

「これは現代の雑学になるんだろうが……人間は普段、能力を完全には発揮してない。普段から全開だと、力加減が効かなかったり、反動で身体を壊しかねないからな。ところが俺は――治療が間に合わなそうだと、その制約が外れる」

「ええっと……つまり?」

「人が死にそうになると――メチャクチャ頭が冴えて、その上身体も早く動かせる。ただ、反動がでかくてな。しばらく眠りこんじまう上、起きたら腹ペコだ」


 なるほどと、村紗は納得した。ちょうど今の真次の状態と重なるからだろう。

 実際、真次は何度かこの状態になっており、初めは自身でも驚いたが、今ではもう慣れてしまった。最も、今回は長時間の使用だったので、かなり反動も大きかったが。


「ふぅ……ごちそうさん」

「たくさん食べたね~」

「あれは大量にエネルギーを消費するからな。睡眠もたっぷりとらねぇとだし」

「でも、おかげてたくさんの人を助けられるんでしょ?」

「その通り。そう思えば、悪くない代償だ。人間は死んじまったら、生き返れないからな」

「……そうだね」


 何か物思いにふけるように、村紗が言った。……思うことがあるのかもしれない。


「なぁ……これは勘なんだが、もしかして村紗って、人間だったか?」

「えっ!? ああ、まあね。……私はほら、船幽霊ってやつ。私が死んじゃった時も、先生がいたら助かったのかな~とか思っちゃって」

「俺は神様じゃない。心臓が止まって、脳が死んじまったら流石に無理だ。船が沈んでってなると、俺も巻き添えじゃないか?」

「だ、だよね~……ごめん、変なこと言って」


 村紗が俯くも、真次は真っ直ぐ彼女を見つめた。


「変なことじゃねぇぞ?」

「えっ?」

「生きたいって思うのは、変なことじゃねぇよ。死んで未練が残るようなら、なおさらだ」


 幽霊となったからには、きっと彼女には未練があったのだろう。それが何かは真次にはわからないが、彼女のことを真次は否定しなかった。


「先生は、今死んじゃったら未練とかあるの?」

「俺? ……最後に治した嬢ちゃんの容態を見届けられないこと……か?」

「ああ、ぬえのことね……大丈夫だよ。今日も聖が魔法をかけてたから。明日ぐらいには目を覚ますって」

「……これでとりあえずは未練無くなったわ」


 真次が本音を話すと、村紗が噴き出した。


「オイオイ、そんなにおかしいか?」

「いや、あの……医者馬鹿だなぁって」

「よく言われる。褒め言葉みたいなもんだ」


 それを聞いた村紗がますます笑いだす。

 真次は困惑しながらも……しかし悪い気はしないのであった。



6月30日 19:03


前回、真次君の言っていた「リミッター」は今回の話で出てきた部分です。

実際、人間は能力を制限しているそうで……真次君は特定条件になるとこれが外れます。この時は文字通り超人と化していますが、本人も言っているように反動が大きいようです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ