STAGE 2-3 黒い炎
6月28日 13:55
その日、アリス・マーガトロイドは人里の飲み屋に来ていた。
理由は単純。酒が飲みたくなったのである。普段なら家の在庫のワインでも飲むのだが、あいにく切らしており、人里に買い足しに来たのである。もちろん、各種ワインをだ。
だた――途中で気分がかわり、たまには日本酒もいいかと思案して、近場の適当な飲み屋に入り、今に至る。酔い過ぎない程度に呑んで、帰りに買っていこうか思っていた。
「あの妖怪野郎……今度会ったらぶっ殺してやる……」
「オイ、落ちつけよ。なんかお前、あいつらと戦ってから様子が変だぞ?」
妖怪退治屋だろうか? その集まりが一角で飲んでいる。彼女も一応妖怪だが、退治されそうになったことはない。人様に迷惑をかけたことがないからだろう。
「俺様をコケにしやがって……! 弾幕浴びせるだけ浴びせて逃げやがるんだぞ!? しかも攻撃しても手ごたえがありゃしねぇ……」
どうやらこの退治屋は、獲物に逃げられてしまったらしい。相当飲んでいるのか、はたまたただ気が立っているだけなのだろうか……
「まぁ、あんまり見ねぇタイプの妖怪だわな。新種かもしれん」
「いや、あれは怨霊だ。気配がそうだった。間違いない」
「動物霊の怨霊なんて聞いたことねぇぞ? それこそ、固有の妖怪かなんかに化けちまうんじゃねぇのか?」
「他の班の連中だと、黒い気配を纏った怨霊を見たって連中もいるが……そいつ、メチャクチャ強いらしい。なんでも、やたら妖刀を使ってくるとか」
「あん? 俺の聞いたのは、女が西洋の甲冑着て、狼の代わりに軍隊指揮してるって話だが……」
やんややんやと話の中に、一人の男が近づいていくのが見えた。……見ない顔である、白衣の男だ。
「その話、ちと詳しく聞かせてくれねぇか? 酒は奢るぜ」
「おお! いいぞ若いの。……見ない顔だな」
「ああ、最近外の世界からこっちに来た」
「おっ、じゃあその話もツマミにしたいが……あんたが聞きたい立場だったな。それはまた今度にしよう」
男も加わり、話はさらに加速する。真剣にメモまでとっている様子を見ると、某天狗記者を連想させた。
「……そいつらの回り、妖怪の死体とかなかったか?」
「ああ、確かにあれはそうだったかもしれん……そういや妙だな、なんで妖怪があんな風に死んでるんだ?」
「知るか、妖怪なんで皆死ねばいい」
「いい加減にしろよお前。ここには妖怪も飲みにくるんだぞ?」
さっきの気の立った男は、相当キテいるようで、暴言を吐いた。だが、酔っ払いの戯言ということで、誰も気に留めはしない。もちろん、アリスもだ。
「そいつらなんだがな……妖怪の再生力を阻害できるらしい。現に永遠亭では今、妖怪の怪我人がわんさかいる」
……これは、アリスにとっても聞き捨てならない情報であった。周辺の酔っていない妖怪たちも、少し感心を寄せたようである。
「黒い鎖の狼……黒い気配の怨霊……目的はなんだ?」
「それがわかりゃあ苦労はしない。ただ、こんだけ暴れ回ってるとなると、幻想郷の管理者が黙っちゃいないんじゃないか? 博麗の巫女のところにも依頼が行くのは時間の問題だろう」
「そいつ、強いのか?」
「強いなんてもんじゃねぇ、ありゃ別次元だ。幻想郷最強候補の一人と言ってもいい」
彼女の強さは、アリスも身をもって知っている。確かにあれは人間とは思えぬ強さであった。
と、その時である。例の気の立っている退治屋と、アリスの肩がぶつかった。
外に出ようとしていたらしいが、その際にアリスにぶつかったらしい。悪いのは向こうだし、謝ってくればそれでよし、妖怪に頭を下げるのが嫌で無視するならそれもよし、最悪なのが――
「……あぁ!?」
――絡んでくることだったのだが、どうやらその最悪らしい。はぁ、とため息をついて、彼女は人形を展開する準備だけして対応する。
「ぶつかってきたのはあなたでしょ?」
「あぁぁあぁぁあ!? んだとコラァ!」
完全に目が血走っている。これは一戦交える羽目になりそうだと思い、アリスは席を立った。
「ここじゃ迷惑よ。外で――」
アリスが目を離したほんの一瞬、微かな風圧と、パシッと渇いた打撃音がした。
気だるげにそちらを見ると、退治屋は殴りかかってきていたらしい。拳は寸でのところで――先ほど話に加わった白衣の男が伸ばした手のひらに止められていた。
「おい、絡んだ上に女に手ぇ上げるとかそりゃねぇだろ」
「そいつは妖怪だぞ! 何も知らねぇ外来人はすっこんでろ!!」
「外来人であることとか、この嬢ちゃんが妖怪なこととか関係ねぇだろうが。どう考えてもテメェの態度が悪い」
「あぁ!?」
退治屋は反対側の手を振りかぶり、白衣の男に殴りかかる。
――男は、避けなかった。そのまま拳を顎に食らい、床を転がる。
飲んでる客たちが煽っていたが、こっちはそれどころではない。他の退治屋たちが気の立った男を止めようとなだめている。が、止まる様子はなかった。
そして、あろうことか――退治屋たちにまで手を上げた。そして男は、誰彼構わず殴りかかろうとしている。
「ああああああぁぁぁあぁああ! 殺す! 殺してやる!! 壊してやる!! 死ね!!何もかも死ね!!」
流石にその様子を見てられなかったのか、店の亭主も出てきての大騒ぎになりつつあった。
アリスは自分を庇った男に近づき、傷の様子を見る。腫れてはいるが、重症ではなさそうだ。意識もある。
「大丈夫?」
「平気だこれぐらい。兄貴との喧嘩で慣れてらぁ。重心もずらしたし、見た目派手に転がっただけで大したことねぇよ……それより俺を殴ったやつの――背中の黒い炎は、何だ?」
「……?」
そんなものは見えない。頭を打ってしまって、妙なものでも見えているのかもしれない。あるいは、この男まで酔っているとか。
などと思っていた矢先――彼の発言を無視できない現象が起こる。唐突に暴れていた男が――全身から発火した。青黒い炎が、男の体を包む。しかし何も感じていないのか、退治屋は暴れ回っているままだ。
「亭主! 水だ! 水持ってこい!!」
白衣の男が叫ぶが――これでは全身が黒コゲになる方が早いだろう。
「憎い! 殺す!! 壊す!! 何もかもぉおおおおおお!!」
「オイどうしたんたよ!? しっかりしろ!!」
仲間の退治屋たちも動揺している。男を止めようと必死だが、しかし止まることはなかった。
「……兄貴?」
小さく白衣の男が呟くも。その意味はアリスにはわからなかった。
事態の収束は、唐突に訪れる。炎に包まれている男の身体が、少しずつ薄れていって……最終的には衣服を残して、消えてしまったのだ。
「何が起こった!? 気配を探れ!」
「そ、それが文字通り消えた……!」
「最後の方は、怨霊っぽかった……」
「生きたまま怨霊になる訳ねぇだろ!? くそ! どうなってやがる……!!」
退治屋たちが事態を把握しようとしているが――いや、この場にいる誰もが、事態を把握できていなかった。人が暴れ出し、突然発火。そして衣服を残して消える――
この奇怪な現象は、しばらくの間……具体的にはこの異変が終わるまでの間、発生し続けることになる……
6月28日 14:20
さぁ、これであらすじの二つ目、「消える人々」の項目が登場しました。
「殺される妖怪たち」は既にやっています。「ありえない人物たちの幻想入り」ももう少しなので、ゆっくり待っててね!