STAGE 0-3 アプローチ
遅くなりました。現在の投票状況はこんな感じです。
現在の投票数 合計14票永琳、輝夜、咲夜が二票 幽香、うどんげ、妖夢、藍、村紗、メイリン、文、妹紅が一票ずつ
ハーレムあり3 なしが1
「――さて、そろそろ準備をしますかね」
現世での最後の仕事を終えた男は、押し入れの中から旅行用のトランクをとり出していた。
幸い手術も無事に成功し、その後は他の患者の話や様子を見て回るだけで、特にトラブルもなく一日を終えることができた。今日に関しては術後というのもあって、周りが気を使って早めに帰してくれたのである。
(ま、休むどころか、別世界にいくんだけどな)
全く後ろめたくないと言えば、間違いなく嘘である。が、それよりも異世界への好奇心や、そちらの環境の方が、動きやすいと彼は踏んでいた。
「ま~医者がメルヘン信じるのも変な話かもしれねぇが……それを言ったら、俺の存在も一種のメルヘンだしな~」
何より――自分の勘が『八雲 紫』は本物だと告げている。良く考えてみれば、彼女は入院患者の知り合いではなさそうだし、あんな唐突にひょっこり現れるのは、怪異以外に思い当たる節がない。
「それに、ニセモノなら今日迎えに来ないだろうな」
「……本物だぞ、紫様は来ないがな」
「おっとっとぉい! また背後からの登場ですかそうですか!!」
密室だったはずの部屋に、少し棘のある女性の声が混じる。鍵もかけていたはずだから、ホントに魔法か何か使ったのだろう。やや大げさに驚きながら、青年はその女性と視線を合わせた。
「あり? ゆかりんはどうして来ないんだ?」
振り返った先にいた女性は、紫と同じ金髪ではあったが……頭の上にケモノの耳があり、さらには、とっても柔らかそうなキツネの尻尾が、たくさん生えているように見える。どう見ても同じ人物ではない。
「ああ……なんでも、急用ができてしまったそうでな。代わりに私が使いに来たと言うことだ。全く、人使いの荒い……私は『八雲 藍』。藍と呼んでくれ」
「ま、仕方ないんじゃねーの? で、藍はゆかりんの部下でいいのかい?」
念のため、彼女が何者かを聞いてみる。ところが、彼が『ゆかりん』の名称を使うとぽかんと、視線を宙に漂わせた。……紫本人にそっくりな反応だ。
「あれ? やっぱりこの呼び方変なのか? ゆかりん本人もなんか誤魔化してたし……」
「え? その……なんだ。若づくりしようと必死なんだ、察してくれ」
と、せっかくの美貌を台無しにして、彼女はがっくりとうなだれる。……かなり苦労してそうなので、青年は話題を変えた。
「それはともかく……幻想郷に持ちこみ禁止なモノってある? これから荷造りするから、そっちでも確認してくれるか?」
「特に指定はしないが……不用意に秩序を乱すようなら、然るべき対処はするぞ」
「『郷に入りては郷に従え』ってことか。了解した。んじゃ~取り出して行くぜ~まずは……『水と食料十日分』」
彼は明るい口調で机の引き出しを開け、そこから災害用の飲料水と、箱状の栄養食品を引っ張り出した。トランクの中に詰めようとした時、藍が彼に助言する。
「予定では永遠亭……こちらでの病院に当たる場所に転送するから、もう少し減らしても大丈夫だろう」
「じゃー半分ぐらいにしとくか。次、『愛用の医療器具全般』っと」
「待て待て、なぜそれが君の手元にあるんだ? 病院単位で管理しているのでは……」
「普段からちょくちょく、外科の術式を練習するために持ち返ってたからな。ホントはNGなんだが……人徳ってやつさ」
ドヤァ……と藍へ自慢げに語りつつ、彼は丁寧に道具をしまっていった。
「次、『普段着の白衣4セット』と『寝巻用白衣2セット』」
「一応聞いておく、下着は入れたか?」
「バッチリだ! ……白衣なことにはスルーか!?」
「……自己主張の少ない服装の方が珍しいぞ? 同じ衣服をいくつも持ってることも、幻想郷ではごく一般的だ」
「つ、つっこみ期待してたんだが……うーむ、喜べばいいのか嘆けばいいのか」
それとなく藍に聞いてみたが、困ったような笑みを浮かべるだけだった。
「最後、『タバコとライター』……これはアウトか?」
二箱ほど取り出して彼女に見せるが、彼女はその場で瞬きを二回ほどした後、タバコの箱をしげしげと眺めている。
「現代ではこれが主流なのか? 知らないうちにずいぶんと変わったものだな……」
「タバコはあるんだな。その口ぶりだと、昔吸ってたのか?」
男が問いかけると、藍は視線を遠くにやって答えた。
「まぁ……な、橙と一緒に暮らしてから控えるようにしたんだ。幻想郷では、キセルでの喫煙が主だろう……持ち込んでも大丈夫だが、吸い過ぎには……」
「おいおい、オレは医者だぜ? ちゃんと加減はするさ――あ」
そうして話していると、急に思い出したように、彼は視線を宙に投げる。しばしその場で考えた後、小さなビジネスバックから、金属を一つ取り出した。
「これが最後の荷物と言ったな、あれは嘘だ。手持ちの腕時計も持ってくぞ。これは別に文句はないよな?」
「どうして急に? 機能はすると思うが、別段取り上げるようなモノではないだろう?」
「これで、各話ごとやシーンの変更の度に、日時と時刻を毎回表示するぜ。暦や時間の単位は現代基準だ。ん? 何で幻想郷の単位に変換しないのかって? べ、別に作者が面倒になったからじゃないんだからね!!」
「……ところどころ、いったい君は何を言ってるんだ?」
藍に冷たくあしらわれ、しょんぼりと彼はうなだれる。
「さ、戯言はこれぐらいにして、そろそろ行くぞ」
「え? いやちょっとタンマ! まだ晩飯食ってな――」
「……ボッシュートだ」
藍が小さく告げると、男の足元に小さくスキマが現れ、あっと言う間に彼を飲み込んだ。絶叫を上げながら、彼は異空間へと落ちていく。
(ふむ……紫様が面白がるのも無理はないな。私はすぐに出口を作れないが)
あくまで彼女は紫の式であり、このスキマも借りものの力である。これから藍はスキマ内に入り、永遠亭に近い座標で、再びスキマを開きなおさなければならない。ちなみに、彼女の主なら一瞬でそこまでの演算をやってのけるだろう。
(紫様の人選はよくわからないが……私の知ったことではない、か)
いきなり、「現世にいって、この男を幻想郷に引っ張ってきてちょうだい」とだけ言われ、命ずるままに彼をスキマ送りにしたが、正直理解に苦しむ。彼は二年前に入ってきたとある外来人と違い、幻想入りできるだけの理由を持っていない。
それどころか、その道では有名な人物のようで、のちに必要な作業であろう、現世での情報操作も面倒なことこの上ない。
(胡散臭いのは、いつも通りか……さて、これからどうなることやら)
不安な胸中を冷たい表情で隠し、八雲 藍もスキマの中へと潜っていった。
6月19日と、6月20日の境界にて――
補足説明になりますが、一話、二話での時刻は6月18日の、22時36分になります。状況把握に使ってくださいね。