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STAGE EX 終わりの朝

今回は一話のみで完結します。長文なので、所どころ時間で場面を区切ってあります。長文で疲れた人は、そこの部分を栞代わりにして下さい

8月6日 06:01



「原子力爆弾……?」


 幻想郷の住人が、オウム返しで彼等を見つめる。冷や汗を流す双子が軽く説明した。


「……約七十年前に使われた、最悪の兵器だ」

「広島型原子爆弾『リトルボーイ』。直径四キロ……こちらの単位だと直径一里か。その範囲の街をたった一発で消し飛ばした。幻想郷で爆発すれば、史実より被害は広がるだろう。こちらの建物には、鉄筋なぞ使われていないからな……」

「嘘でしょう!? 人里が跡形もなく消し飛ぶじゃない!」


 積まれている兵器の恐ろしさを知り、いつも冷静な霊夢が戦慄する。さらに真也が追い打ちした。


「おまけに放射能汚染……凶悪な毒をばらまく。目に見えない上、しばらく残留もする悪魔みたいな性質だ。怨霊の呪いによる疑似再現故、真次だけは平気かもしれないが」

「あんな悪意の塊が炸裂したら弾けねぇよ」

「どう対処する気? 迂闊に撃墜できないじゃない!」

「臆するな。私があの機体……B-29に潜り込む。爆弾に接触すれば術式を解析して、外せるはずだ。構成しているのは我々が使っていた『事象を再現する程度の能力』だからな」


 今日は8月6日……史実の日と時間を再現して動いている。自然とタイム・リミットも予想がついた。


「8時15分までに止めるぞ!」


 史実での原爆投下時刻が制限時間。それまでにあの機体に突入し、兄の真也を接触させれば勝ちだ。問題は敵も黙ってない事で、以前切り離した怨霊どもは、明確な敵意を浮かべている。


「なぜだ!」「なぜあなたが!?」「八雲の犬に堕ちたか!?」「裏切者め!!」


 特に西本真也に対して罵り、弾幕を使わずとも悪意が皮膚を炙る。霊夢と真次と永琳にさえ、恐怖を覚えずにいられない。

 真正面から受け止める元怨霊王は、むしろ前に歩みを進める。殺到する悪意の渦の前に一歩出て、視線と弾幕に晒された。


「兄貴っ!」


 彼しか見えていないのか、放たれた攻撃は全て兄を狙っている。被弾は避けられぬように思えたが、真也の暗い瞳を閃かせ、痛烈な罵倒を浴びせた。


「この痴れ者共が!!」


 怨霊王の一喝が弾幕を吹き飛ばし、周囲を包んでいた圧力を吹き飛ばし、逆に猛烈な圧を真也が発する。怨みを含まない、怒りに満ちた声が空気を震わせ、眼光鋭く亡者たちを見据えた。


「私が八雲の犬だと? 裏切り者だと? ふざけるなよ貴様ら……せめて己の行為を省みてから口にしろ! 確かに、忘れ去られた犠牲者は怨霊になった。だがな、彼らは核を打ち返せと、やり返せとは言わなかったぞ」


 言葉と共に、真也の脇に何人かの怨霊が並び立つ。軍服らしきものを身に着けた彼らの表情は、真次たち四人にはうかがえない。

 なのに分かる。その背中から発せられる、凄まじい憤怒が。


「『忘れるな、繰り返すな、語り継げ』……それが今日この日と、三日後に犠牲になった者たちの総意だ。分かるか? 彼らは怨霊になった。だがこの者たちは『核を打ち返せ』とは言わなかった。やり返せとは言わなかったのだ。それを貴様らは……脅威と恐怖だけを抽出し、当人の望まぬ形で行使している。断じて……断じて許せぬ所業だ」


 烈火のような苛烈さと、氷のような冷酷さを含んだ声。臨界まで研ぎ澄まされたソレは、怨霊さえも恐怖させた。


「八雲云々は関係ない。これは貴様らの行動を、私が、我々が許せぬと言っているだけの話。安心しろ? 的外れな罵倒の礼は、たっぷりくれてやる。全員構え」


 真也側の軍隊が銃器を構え、全く乱れない隊列から、一斉に反撃の弾幕が放たれた。

 バタバタと沈んでいく怨霊ども。同士討ちに見えるその光景は、真也側が圧倒的な殺意を放ち続けていく。


「――何を呆けている。手伝え」

「あいよ!」


 真次の銃声が混じり、弾幕の厚みが増す。魔理沙、霊夢、永琳も援護に回り、爆撃機周辺の敵を削り取っていく。


「こいつら……」

「弱い?」

「……あっけない」


 あまりに手ごたえが無さすぎる。動きも鈍ければ、攻撃もさほど激しくない。バタバタと墜落していく怨霊に、真也が目もくれず言い放った。


「再現の方に注力しているのだ。こちらに回す余力がない」

「それにしても無抵抗過ぎる」

「同感だが、今はアレを優先すべきだ」


 永琳は強く不安を覚えたが、残りの四人が爆撃機を優先する。護衛の怨霊と撃ちあいながら、じっくりと迫る五人。爆撃機の背中を追う彼ら彼女らを、後部の銃座がギロリと狙う。


「機銃が来るぞ! 散開しろ!」

「!」


 火薬音を爆ぜさせ、機関銃が五人に向かって連射された。幻想郷らしくない騒音が、神経を逆なでする。慌てて真次が叫んだ。


「あんなもの装備してやがんのか!?」

「自衛用に決まっているだろうマヌケ! ジャクソン特務兵、機銃の装備数はいくつだ?」

「確か五機のはず。全て破壊してください」


 軍服の怨霊の名前を呼び、敵の装備を兄が確認する。どうやらこの怨霊は詳しいようだ。同じことを感じたのか、真也は命じる。


「……やはり君は詳しいな。しばらく私達と同行を。アドバイスを頼む」

「ラジャー」


 流暢な英語。真次にも覚えのある訛り方……アメリカ軍の所属なのか? 集中を欠いた途端、真次の傍に機銃弾が殺到する。錐揉み回転で真次は避けて、必死に逃げ回る。集中砲火を受けた白衣が宙に踊った。


「くっそ! なんで俺ばっか!」


 言うに及ばず。西本真也を倒した功績と、彼の能力は脅威だと、怨霊たちは理解しているからだ。隙を見せれば、優先して狙われるに決まっている。

 大気を引き裂く機銃音から、全速力で回避運動を取る。避けるのに徹する分には、真次はそこそこやれる方だ。

 その隙に魔理沙が機体に取りつき、機銃のすぐそばに着陸する。慌てて銃口を魔法使いに向けたが――既に魔理沙は八卦炉を構えている!


「恋符『マスタースパーク』!」


 零距離射撃を受けた機銃が、跡形もなく消し飛んだ。慌てて他の銃口が魔理沙を狙うが、火を噴くと同時に、銃座が爆発四散した。

 呆然とする魔理沙。霊夢は目撃していた。銃口に真っすぐ矢が突き刺さっていたのを。射撃が途切れた隙に永琳が放った矢弾が、内部から破壊していたのだ。

 口笛を一つ吹く魔理沙。他の機銃に狙いをつけられ、魔法使いは離脱する。魔理沙への直撃コースを取った弾幕だけが、永琳の弓矢によって落とされていく。機関銃の弾幕を読み、自前の弾幕と相殺させているのだ。しかも『適切に』である。地味ながらも凄まじい精度である。

 ギロリと鋼鉄の殺意が、今度は永琳に向けられる。赤と青の色合いに一瞬戸惑いを見せたが、再び轟音を立てて機銃を乱射した。やや鈍い機動の永琳。弾幕に追いつかれる直前で、真次が彼女の腰を掴んでかっさらった。


「しっかり掴まってろ!」


 急加速と急停止を繰り返し、変則機動で攻撃を避け続ける。悲鳴を上げる三半規管に構わず、バレルロールと直角ブーストを織り交ぜ、徹底的に回避に徹した。

 ただ、永琳にも負担が大きい挙動だ。顔を歪めて真次に訴える。


「も、もう少しどうにか……」

「当たり判定広がってるんだ。立ち回りで避けるっきゃねぇ!」


 喋るのも辛い戦闘機動の中、機銃に被弾せぬよう高速飛行。永琳を抱えたまま、白衣の男が弾丸の雨から逃れた。

 再び逸れた意識。霊夢と真也が機関砲に攻撃を始める。針状の弾幕を叩きこむ霊夢と、妖刀を成形して砲台を切り捨てた真也が、同時に機関砲を破壊した。

 最後の機関砲が照準を暴れさせ、狂ったように弾幕をばらまく。好機と見た真次と永琳は、弓と銃を構えて最後の一機を狙い撃つ。

 少しも狂わず銃弾と弓矢が、機関砲の機能を奪う。金属音を断末魔にして、最後の砲台が停止した。


「よし兄弟、機体に張りつけ!」

「ミスター! こちらに!」


 軍服の怨霊の誘導を受け、真次はB-29の側面に張り付く。機体の中心付近に取りついた所で、ジャクソンと呼ばれた怨霊が説明した。


「ここです。ここに爆撃担当の搭乗員スペースがあります。ミスター能力で切断し、突入しましょう」

「そう言われても……メスじゃ切れねぇぞ!?」

「兄と切り結んだスペルカードがあるでしょう? あれで溶断できませんか?」


 魔法銃の方を機体に向け、指示通りに光の刃を押し当てていく。火花を散らしながら、少しずつ切断されていった。


「これじゃあまるで『レーザーカッター』だな……思ったより壁が厚い、時間かかるぞ!」

「聞こえましたか? 援護を!」

「承知した!」


 強引に突入口を作るには、真次の能力とスペカでも、すぐには出来ない。

 軍属の怨霊と真次が入口を作るまでの間、四人は敵の怨霊たちから、真次を守り通さねば……



06:44



 迎撃用の機銃を潰されたB-29に、真次がレーザーで焼き切っていく。工業現場の様な金属音が、エンジン音に混じって響いた。

 作業中の真次に対し、魔理沙が質問した。


「普通に入口をぶっ壊せないのか?」

「どっちにしろ敵が飛んでくる。中を移動する手間を考えれば大して変わらん。ともかく……」

「敵を落とすわよ! 真次に近づけないで!」


 作業中の真次は無防備だ。敵に攻撃されては集中出来ないだろう。工程が終わるまでの間、怨霊たちを撃退しなければ。

 力が弱っていても、敵の数だけは多い。わらわらと湧いて出てくる怨霊どもに、霊夢も魔理沙も永琳も……そして真也も手当たり次第に弾幕を張り、全方位に弾幕を解き放つ。目に映る敵のほとんどが撃墜されるも、時間が経てば敵の増援がやってきた。

 かつて自身が取った物量作戦に、怨霊を束ねた男が声を上げる。


「まだか兄弟!?」

「うるせぇ! 工業なんざ初めてなんだよ!」

「レーザーメスの使用経験は? 規模が違うだけで、大体使い方は同じのはずだ」

「その感覚か……やってみる!」


 出力や対象は異なるが、レーザーで焼き切る点では同じ。医学用語が彼の感覚を繋いだのか、真次の作業効率が上がった。コツを掴んだ真次は、鉄の塊を切断していく。

 ちらと永琳が彼を見つめ、そのまま反対側から迫る怨霊に対応する。機体周辺に飛び交う敵は、脅威度こそ低いがわらわらと湧いて出てきた。


「あーもう! きりがない!」

「倒しつづけろ! 向こうも力を使っている。少しでも消耗させるのだ!」

「効いてる気がしないけど!?」

「他に出来ることなどない!」


 四人が火力を分散させ、片っ端から怨霊と振り落とし続ける。しつこく蘇っては倒される彼等にうんざりしつつも、遂に真次が扉を作った。

 がこっ、と重い音がして外壁の一部が外れる。むき出しの機内に潜り込みつつ真次が叫んだ。


「兄貴! 開けたぞ!」

「よし、後は私が……この場を頼むぞ。あと少し持ちこたえてくれ!」

「言われなくとも!」

「早いとこ終わらせてよね!」


 機内に双子と、軍服の怨霊の三人が潜り込む。少々狭い内部で、収まったソレを目の当たりにした。

 図面でしか見たことのないソレ。長い筒状の黒い金属の塊。収められたウランを圧縮し、都市一つを一瞬で消し飛ばす『小さな男の子』のコードネームを持つ核爆弾――

 物言わぬソレに対して、恐怖と威圧感と嫌悪を三人が感じていた。


「……こいつか」

「間違いない。術式を解析し、解除する」


 兄が爆弾の表面に接触し、両目を閉じて集中する。これで終わりと気を抜いた真次の安息は、兄の焦燥で打ち消された。


「……なんだと?」

「どうした?」

「くそ……魔術や呪術的に解除しようとすると、逆にロックがかかるようになってる」

「分かるように言ってくれ!」

「お前や私の能力で外そうとすれば、解除不可能になるトラップた。道理て抵抗が薄いわけだ……これに力を注いでいるから、敵の攻勢が甘かったのか」


 悔やむように歯噛みし、額に汗をにじませる。真次が咆えた。


「そのトラップの解除は!?」

「可能だが時間が足りん!」


 真次の能力で切り離したせいだ。かつてほどの力を、兄の真也は行使できない。唇を噛んで思考を重ねても、良い手は思い浮かばず……溜息と共に真次が次の手を提案した。


「機体を撃墜して、不時着させるしかないか」

「墜落地点が呪いで汚染されるかもしれんが……直撃よりはるかにマシか」


 苦渋の決断を、後ろめたく肯定する。外の少女たちに伝えようとした刹那、ジャクソン特務兵が二人を止めた。


「NO! ダメです! 撃墜してはいけません!」

「どうして? 安全装置ぐらいついてる筈……」

「……装備されていないんです」

「何が?」

広島型原子爆弾リトルボーイに、安全装置フェイルセーフは装備されていません!」



07:08



「ふざけるなよ……これ、これは、核爆弾なんだぞ!? 安全装置つけてねーとか正気かよ!?」

「そうだ。米国も破壊力は……核実験で認知していた。前線に輸送するのも、敵国上空に飛ばすのもふざけている。撃墜されたらどうする気だ!?」


 珍しく意見の合った二人に対し、苦渋と憤懣と憎しみを込めて、怨霊が解説した。


「当時の日本は、まともに迎撃機一機飛ばせない資源状況でした。反撃など考慮しなくて良かったのです。新兵器の試験場だったのです。母国にとっての広島は……!」

「ふざけやがって……」


 その怒りの矛先は米国か、それとも今の絶望的な状況にか。何とか止める手立てを考案する。


「霊夢の結界で閉じ込めてから撃墜は!?」

「そんなので威力を殺せるものか! 第一怨霊どもに止められる! いくら霊夢が卓越した技量とはいえ……不可能だ」

「だったらこのまま見過ごせってか!?」


 必死に抵抗の手段を考える兄。彼も阻止すべく全力を尽くすも、何も思い浮かばない。

 言い争う二人の様子を見かねたのか、月の頭脳こと永琳が顔を出した。


「どうしたの? 何かトラブル!?」


 素早く真也が思念を送り、現状を永琳に伝えた。ざっと青ざめる月の頭脳。安全装置が存在しない事実と、手詰まりの現在に言葉を失う。

 しかし諦めるわけにはいかない。使命感から無言で頭脳を回転させ、狭い機内の中、無言で脳髄を血流を巡らせた。

 ――閃いたのは月の頭脳。真次と、軍人の怨霊を交互に見つめてから、ゆっくりと確かめるように真也に問う。


「一つ確認するわ。トラップは魔術、呪術的なものよね?」

「そうだが」

「なら……『正しい物理的手順で解体する』ことは可能かしら?」

「物理的手順……少し待て、チェックする」


 小難しい言葉中に混じった名前。真次はじっと永琳を見つめた。不安げな顔つきの彼と裏腹に、月の賢人は決意を固めている。


「永琳。それってまさか……」

「そうよ真次。この機体を切り裂いたように……あなたが手を加えて、核爆弾を解体するの」

「マジかよ……努力はするが間に合うのか?」


 B-29の溶断にも時間を食った。今から爆弾の解体して止められるのか? それに対して永琳は、もう一つ奇手を用意していた。


「真次、あなたの医者として……医療従事者としての腕前は本物です。だから……確かジャクソンと言ったわねあなた」

「は、はい。私に何か? ミス永琳」

「あなたが私に、爆弾の解体手順を説明して。それを私が……外科医の手順に翻訳して彼に伝えるわ。これなら真次も素早く作業できる」


 取りついた時『レーザーメス』の単語に反応し、真次の作業効率は向上していた。彼は医療行為に例えられればスムーズに行動できる。

 爆弾の解体も……構造に注意して切り込みを入れ、要所を露出させ、害をなす部位を切除する過程は手術と似ていなくもない。一定の理解を示しつつも、真也は叫んだ。


「イカれているな! 月の賢者の提案とは思えんぞ!?」

「確実に無力化できる唯一の方法よ。他に良い手があるなら聞くわ」

 

 男は不可能とは言わない。永琳の頭脳と真次の技能、そして情報提供者が揃っている。ある種の賭けだが、どこかでリスクを踏まなければならないのなら……最良の結果を出せる手段を選びたい。やがて、腹をくくった男の声が、機内にこだました。


「……ジャクソン特務兵、彼らに核爆弾リトルボーイの情報を提供してくれ」

「イエッサー」


 鋭い眼差しで挙手敬礼する怨霊。一方の真也は機体の外に顔を向け、空を眺める。去り際真次の肩に手を添え、二人の医者に希望を託した。


「頼む兄弟、頼む永琳……コイツを解体してくれ。私は敵の抑えに回る」

「やるっきゃないな……!」


 緊張を含んだ弟が、不敵な笑みを精一杯作る。握りこぶしを軽く合わせ、兄は敵の迎撃を、真次は核爆弾の解体に取り掛かった。


「よし……始めよう。頼む」

「まず、大まかに仕組みを教えて。その上でどうすればいいかも」

「分かりました。リトルボーイの構造は単純です。弾頭部と弾尾部に、核物質のウランが装填されています。弾尾部に爆薬がセットされており、これで弾尾側のウランを押し出し、弾頭のウランと衝突させ圧縮、一気に臨界を引き起こし、急激な核分裂を生じさせる仕組みです」

「どうやって止めるつもり?」

「弾頭側のウラン部分を取り外しましょう。ファットマンと異なり、核物質は二か所のみ。どちらか片方を取り外せば、もう核爆発は引き起こせなくなる。コイツの内部にシリンダーがあるはず。まずは外装の一部を剥いで露出させましょう」


 一通り説明を受けた永琳が、その頭脳を急速回転させる。数秒で『翻訳』を終えた永琳が、真次に指示して伝えた。


「先端部分に病巣がある。中に入った金属の筒に収まっているわ。それを露出させましょう。まずはこの黒い外装……邪魔な皮膚を切除します。奥を傷つけないよう、刃の入れ方に注意して」

「わかった」


 もう一度光の刃を出現させ、金属の塊を切断していく真次。

 狭苦しい室内で、核爆弾の解体が始まった。



07:33



 霊夢と魔理沙は、こちらに飛行する男に目を丸くした。

 予定では、真也が爆弾を解除するはず。何故ここに? 疑問を放つ前に、男が先回りにして答えた。


「私に解除できぬよう、細工がされていた。今は真次、永琳、ジャクソン特務兵の三人で、爆弾を分解している。予定より長引くがやることは一つだ。片っ端から敵を落とせ!」

「やれやれ、報酬上乗せしろよ!」


 帽子をかぶり直した魔理沙が、悪態をついてから空に舞い上がる。霊夢と背中合わせに真也も弾幕を張り始めた。

 霊力や魔力の爆ぜる音に、エンジン音まで含まれ耳が痛い。自然と大声を上げて、霊夢も男に尋ねる。


「アンタ、魔理沙になんて言って呼び出したのよ?」

「スペカの実験に付き合えと頼んだ。謝礼として、彼女の研究を手伝うと言ってな」

「……後でこき使われるでしょうね、アンタ」

「ふっ、アレを止めれるなら安い物だ!」


 視界に入った敵を、倒して倒して倒し続ける。復活の速度は遅くなっているが、それでも減った気がしない。まるで無限湧きの軍勢だ。

 さらに状況が悪化する。突如として、爆撃機の方から火線が伸びた。視線を送ると、壊したはずの機銃の内二機が復活している。


「砲台も直るの!?」

「怯むな! また壊せ!」

「って言われても……!」


 銃座の数は減ったが、こちらも戦闘に出ている頭数が減っている。雑魚の相手もしなければならず、スペルカードも中々使えない。劣勢を自覚した彼女たちだが、周囲に迫る怨霊に負けないよう、西本真也も全力で弾幕を放ち続ける。

 硬直した戦局の中心で、機内の三人は手を進めていた。


「よし、中の筒が見えますね? それが核物質を収め、密閉空間で反応させるためのシリンダーです。先端部分と筒を切り離せば……ですがまずは、周りの支柱部を切断しましょう。コードを傷つけないよう気をつけて」

「……中の筒が見える? 最終的には先端を切除するけど、まずは周囲に癒着し、支えてる膜に該当する部分と分離するわ。コード……余計な神経部を切らないよう注意」

「オーケー……」


 素早く正確に翻訳を続ける永琳。少なからず疲労の色が顔に浮かぶも、絶対に彼女は緩めない。この行動に、失敗は許されないのだ。真次も同じ緊張感から、額に汗が滲んでいる。

 手持ちのハンカチを永琳が取り出し、真次が手を止めたタイミングで汗をぬぐう。一つ呼吸してから「次から『汗』って頼む」と医者の用語で伝えた。

 伸びるケーブルに留意しつつ、光のメスで解体を進める。真次が「汗」と指示したところで、永琳が軍服に一つ聞いた。


「ところで、放射能は大丈夫なの?」

「あくまで疑似再現ですので……実際にウランは収まっていません。ですが構造上無力化すれば『事象を再現する程度の能力』は不発します」

「ホント、俺にしか出来ない役目だったな……全部切ったぞ。次は?」

「少々お待ちを……」


 銀色の筒に手を当て、ジャクソンが何かを確かめている。一か所に何度も手を当ててから、真次の目を見て指差した。


「ここです。ここから切断して下さい。それとミス永琳、切断した筒を支えます。手伝って貰えますか?」

「ええ……これで最後よ、真次」


 一つ深呼吸してから、銃口を静かに押し当てる。二人が支える鉄の筒から、火花を散らして金属を焼き切る。長らく抵抗を続けた爆弾から、遂に弾頭部の核物質が取り除かれた。

 永琳と軍服の怨霊が、切除されたそれを抱える。二度、三度と深呼吸して、真次は結果を確かめた。


「上手く……いったのか?」

「はい……ありがとうミスター。これでもう、コイツは核爆発を起こせない」

「ふーっ……術式終了……終わった、終わったぞ!」


 腹の奥から空気を吐いて、深い安堵を浮かべた。永琳も、ジャクソンも、そして真次も同じように、深い疲労とやり遂げた安息が胸に広がった。


「いや、まだだ」


 兄の真也が機内に飛び込む。ぎょっと目を剝いた弟に対し、続けて伝えた。


「怨霊たちがソレを取り戻そうとするはずだ。再現能力が破綻する、8時15分まで逃げ回れ」

「少しは休ませてくれよ!」


 愚痴をこぼしながらも「トラクタービーム」を発動させ、切り離した弾頭を持ちあげる。永琳と視線を交わし、真次は最高速で飛び出した。永琳も彼に続き、護衛を引き受ける。

 機内に残った真也は、喜びを噛み締める怨霊をねぎらった。


「ジャクソン特務兵……貴殿もよくやった。しばらく休め」

「……いえ。まだやることが残っています」

「何?」

「この悪夢を、私たちの手で終わらせたい」


 気がつけば、真也の中から怨霊が漂い出す。全員が同じ軍服を身に着け、忘れ去られた……いや抹消された怨霊たちが、西本真也に懇願した。


「身勝手なのは分かっています。ほんの少しだけ、私達が慰められるだけなのも。ですがどうか、どうか……!」

「許可する」

「!」


 一瞬の躊躇もなく、怨霊を束ねた男が肯定した。息を飲む兵士たちに、彼は堂々と宣言する。


「私は君たちの行動を認可する。歪な欲望の再現を、望まぬ君らの再現を……貴殿らの手で終わらせるのだ。悪夢の中枢は取り除いた。もうこの機体を破壊しても問題ない」

「……感謝します。ミスター真也」

「邪魔が入らないよう、注意しておく」


 真也が空に飛んでいく。機内に残った怨霊たちが、袂を分かったかつての仲間が、再現したB-29への攻撃を始める……



07:59



 高速機動で弾幕の間をくぐり、光線で持ち上げた弾頭部分を引き回す。剥ぎとった核物質を取り戻そうと、怨霊たちがうじゃうじゃと真次に襲い掛かった。

 ひたすら回避行動に徹し、時間いっぱいまで逃げ切りを狙う。余裕を持って解体に成功したが、その分時間が増えてしまった。裏目に出た形だ。


「あーくそ! モテる男はつらいぜ!」


 永琳が遠隔狙撃で、魔理沙は彼の動きに追従しつつ、医者に群がる敵を叩き落とす。必死に逃げて逃げて逃げ続けて、限界ギリギリまで怨霊の手を振り払い続けた。

 一方霊夢は敵を落としつつ、爆撃機の方に視線を向けていた。中枢を失った機体を眺め、撃墜すべくお祓い棒を構える。攻撃を放つ寸前で、西本真也が止めにかかった。


「止せ博麗の巫女。彼らを邪魔してやるな」

「誰が落としても結果は同じでしょ?」

「結果だけ見るならな。負けたことのない君には、特に理解しがたい事だろうが……」


 口ごもりつつ、瞳を閉じて拙く伝える。


「彼等は負けた。敗北と失態を二度と取り戻せず、暗いところですすり泣く、惨めて憐れな亡霊となった。その彼らが……まやかしでも、自己満足でも、悪夢を払拭できる機会を得たのだ。その慰霊の機会を、奪わないでやってくれ」

「……理解できないわ」

「だろうな」


 首を振る霊夢に、皮肉を交えた笑みを見せる男。直後、爆撃機から火が上がり、急激にコントロールを失っていく。突入した怨霊たちが機体を破壊し高度が下がった。

 霊夢が手を下すまでもなく、過去の悪夢が形を失い、幻想郷から消えていく。鼻息一つ吹かせて、興味を失った博麗の巫女は、霊力を限界まで練り上げた。

 真次を追う怨霊たちにも変化が訪れた。コアの核爆弾を解体され、B-29の撃墜を受けて『事象を再現する程度の能力』が急速に崩壊を始める。破綻した術式と計画に、怨霊同士で動揺が広がり、真次が切り離した弾頭部分も消えていく……

 混乱する敵目がけ、声高く巫女が宣言した!


「霊符『夢想封印』!」


 大きな光の玉が敵を追跡し、一体も残さず霊力球が怨霊を退治していく。爆ぜる閃光、消滅していく敵の群れ。逃げる敵を一人として許さず、大きな追尾弾が、全ての敵を打ち倒した。


「ふーっ……終わった。今度こそ終わった」


 怨霊を束ねた男、西本真也が宣言する。

 他ならぬ彼が言うのだから、間違いなく野望は阻止できたと実感した。


「はぁ~~~っ。長く苦しい戦いだったぜ」

「そう? いつも通り倒しただけでしょ」

「私達の方は真也が『爆弾を解除できない』って言いだして、冷や汗ものだったのよ?」

「すまない、見通しが甘かった。真次の能力に対策したのだろう。結果として私にまで影響があってだな……」

「いやホント大変だった! 詳しい説明のない依頼は、もう受けない事にする。でも報酬は払えよ? 真也」

「……三倍でいいか?」

「お、おぅ。早速明日から顎で使ってやる! 覚悟しとけよ! じゃーなー!」


 せっかちからか、照れくさいのか、魔理沙は言いたい事を言ってから、速攻で箒に跨り飛んでいく。霊夢も一つ息ついてから、去った危機に安堵し、博麗神社へ戻っていった。

 残ったのは双子と、爆弾解除に貢献した永琳の三人。厳密には真也の下へ、あの軍服の怨霊たちが戻ってきているが……消耗したため再び休んでいた。

 その兄が、二人に目を配らせる。奇妙な所作の後真也が静かに口を開いた。


「二人とも……少し付き合ってくれないか? 永遠亭に帰りながらで良い」

「何にかしら?」

「……昔話にだ。七十年以上前の、抹消された彼らの話を」



08:15



 史実での投下時刻に、真次は腕時計を見つめていた。

 もし真次達が行動しなければ、歴史が繰り返されていた事になる。いつもと同じ平穏が在ることに、真次は胸を熱くした。

 真也もしばらく黙っていたが、まずは永琳が尋ねる。


「あの怨霊たちは何者なの? 動きも軍人に見えたけど……」


 ジャクソンと名乗った怨霊も、最初隊列を組んだ怨霊も……着衣もそうだし、隊列を組んだ動きも軍人に見えた。少なくとも素人ではない。数回頷いて、真也が「そうだ」と言った。


「彼等は軍人だ。米軍所属の……」


 言われてみれば、真次には納得できる所がある。喋っていた英語の訛りが、聞き覚えのあるイントネーションだった。米国留学中に聞いた発音に思える。だとすれば彼等は……同士討ちしてしまったのか? 表情を曇らせる彼に、言葉で追い打つ。


「真次、お前の想像は大体わかる。だが……そんな生ぬるいことではない」

「……『高度に政治的な理由』か?」

「そうだ。だがまず状況から説明しよう。ジャクソン特務兵が少し話したが、当時の日本はもうボロボロだった。迎撃機も飛ばせない程困窮し、敗戦の足音を聞いていた。だから実は……降伏の準備を、密かに進める動きがあった」

「原爆投下前に? 歴史の授業じゃ、広島と長崎に核爆弾が落ちた後って……」

「もちろん大々的にではない。一部の意見として挙がっていたに過ぎないが、しかし確かに、現実を見ている者達はいたのだ。どこで調停を行うかが、議論された」


 一般的には、二発の核爆弾が落ちてから『ポツダム宣言』を受け入れる準備を進めたとされている。現代史なので永琳は置いて行かれたが、真剣に話を聞いてはいた。


「だが東京は大空襲で焼け野原。さらに敵国の文化だと言って、米国文化を排した影響で、新しく西洋風の建物を作るわけにもいかない。そもそも資源不足だしな。だから現存する西洋の建造物を、流用しようと話が進んだ。白羽の矢が立ったのは……『何故か』攻撃対象にされない広島市にある、大きなドームを持つ西洋風の建造物……」


 広島市、西洋風の建物、ドーム。羅列された単語の渦が、真次の中で一つの言葉を浮かび上がらせる。ざっと血の気を引かせて、真次が呟いた。


「おい兄貴、それってまさか……」

「その通りだ真次。後の『原爆ドーム』だ。あの場所で、終戦を迎えた可能性もあったのだ」

「嘘だろう?」


 嘘であってくれと、絡み付く因果を拒絶する言葉だった。しかし永琳は納得せず、質問を重ねる。


「それと、米国? の軍人が犠牲になる事と、どう関係があるの?」

「……その建物の使い心地を試して、データを取っていたからだ」

「なによそれ?」

「『餅は餅屋に聞け』と言うだろう? その西洋風の建物は、米国人の感性に合うかどうか……また改善点があるかどうかを、米国の人間に使わせて意見を聞こうとした。米軍捕虜を移送して二泊三日……料理なども運ばせて、捕虜と思えぬ好待遇でな。トライアル開始の日付は8月5日だった」

「っ!」

「彼等は帰れたはずだった。懐かしの地に、愛する人の下に、遠く離れた家族や友人の下に、何の問題もなく帰れたはずだった。

 ――その日8月6日に、祖国が核さえ撃たなければ」


 万雷の怒りを込めた静かな叫びが、真次と永琳を打ち据える。

 ――日本側に落ち度はない。捕虜の移送は日本側の自由で、扱いも国際法以下なら捕虜虐待だが、それ以上の好待遇なら問題ない。言うならば不幸な……あまりに不幸な事故だった。


「GHQ……占領軍真っ青だろコレ……」

「……そんな生易しいものじゃない。米国側の爆弾投下の理由が『最小限の犠牲で戦争を終わらせるため』とある。実地データを得る目的もあったが、米国人の感性では嘘を言ってはいなかった。少なくとも当人たちはそう思い込んでいた。

 ……広島と長崎の資料を集め、核兵器の情報を集める傍らで、この事実もGHQに入り込んできた。自分たちが正しいと言い張って核を使い、その後冷徹に核兵器の実証データを収集したが……その情報は帰還できたはずの仲間が、どんな風に死んでいったかを示す資料になってしまった。

 加えて……GHQの人間は自覚した。困窮極まる中で、それでも捕虜を人として扱った日本人に対して……その国の軍人ですらない、民間の人間に対して米国は核を放ち、冷たい眼差しで人を情報として見つめる、冷酷な自分たちの姿を自覚した」


 ――どんな気分なのだろう。掲げていた大義、信じていた正義が、木っ端微塵に砕け散るのは。

 貧しくとも、敵国でも、捕虜を人として扱った日本人と

 資源に満ちていたのに、敵は敵と冷たく割り切り、核のデータを収集した米国。

 その行いの結果、米軍は致命的な代償を支払った。自国の健全な捕虜を核兵器で誤爆してしまった。

 取り返しのつかない失態だった。その上彼等の存在は隠蔽された。恐らく『高度に政治的な理由』で。


「……彼らが『居なかった』ことにされたのは、国の恥を隠すため?」

「……いや、ソ連の北海道進出を抑えるためだ」

「なんだそりゃ……」


 歴史に詳しくない真次は、さっぱり状況が読めなかった。真也が淡々と裏の事情を紡ぎ出す。


「ソ連は北海道を切り取るつもりだった。しかし日本側が、ポツダム宣言を受託した9月2日まで抵抗し、上陸を防いだ。ソ連としては不服な結果だが、白旗を上げた相手は攻撃できない。けれど口実があれば取ってしまいたい」

「……彼らの事を公表すれば、その呼び水に?」

「間違いなくそうなる。当時も『やり過ぎだ』と、国際的に非難の声は上がっていたからな。そこに『自国の捕虜ごと核爆弾の実験台にした』と事実が広がれば、国内からも非難は必死。何よりソ連としても『そんな非道を行う国に統治は任せられない』と言った具合で、攻めてくるのが見えていた。何より米軍も機能不全に陥る」

「どうして?」

「敵国とはいえ多数の民間人と、自国の捕虜のいる場所に核爆弾を落としたのだ。戦闘中に味方ごと、核で吹き飛ばさないと言い切れるか?」


 公表された後では、米軍は母国を信用しなくなる。無抵抗な相手に、自国民ごと核を使用したことから『戦闘中で味方がいようと、核を使うかもしれない』と疑心暗鬼に囚われる。そして『自分の頭上に核が落ちるかもしれない』と米軍兵士が感じてしまえば、軍事行動などできなくなる。

 その展開を未然に防ぐために……『高度に政治的な理由』で、存在を消し去るしかなった。


「……ちなみにだ。ジャクソン特務兵はGHQで、私側についた怨霊で唯一被爆していない。真実を公表しようとして消された口だよ」

「はぁ~~~っ…………」


 永琳は深々と疲労と、呆れと失意を溜め込んだ息を吐いた。一方真次は、胸のしこりが一つ取れた気分だ。核爆弾に詳しかったのは……真実の公表を目指し、情報を集めていたためか。


「……その後も、公表の時期はなかったか」

「あるはずがない。米ソは冷戦に突入してしまった。南北朝鮮戦争、スプートニク・ショック、ベトナム戦争、キューバ危機、湾岸戦争……西と東に分断された世界で、核抑止論が全面戦争を回避していた。互いの核兵器の数を競って、並べて維持する表向き平和な時代だ。その環境下でこの事が明るみに出れば、米国内で『核兵器排すべし』の動きになりかねない。兵器の数が減ってしまえば、そのまま共産圏に後れを取ってしまう」


 その後の歴史の流れで、核兵器は影の中心に存在していた。70年以上核兵器は使用されなかったが、影響を与え続けていたのは確かだ。

 諦め悪く、真次は食い下がる。


「じゃあソ連崩壊後は? 冷戦が終わって、ちょっとずつ核兵器減らしましょうって流れになったよな?」

「その時に『こんな悲劇がありました』って、公開出来なかったの?」


 地球を何度も壊しかねない程溜め込まれた核兵器は、維持費や整備コストも馬鹿にならない。緊張融和と、両国の利害の一致もあり、徐々に核保有数を互いに削っていった。

 湿った溜息を一つついて、真也は答える。


「……そうだな。恐らくその時期が、最も現実的なタイミングだと考える。ただ……当事者が減り過ぎていたんだ」

「……何年経過していたの?」

「45年以上」


『抹消された被爆者』の両親が、老いて死ぬには十分すぎる年月だった。友人も人数を減らし、さらに表で生き残った核の被害者たちも、原爆症……放射能による後遺症のせいで、一般人以上に死者が多かった。そのせいで……事実を発表したところで、真実をわが身に置き換え、悼む人間は極めて減少した。


「下手に叩かれる要素を公開するぐらいなら、そのまま歴史の闇に埋めてしまえってか」

「そうだ……年月によって政治的な毒は抜けたが、同時に薬でもなくなった。その日は耳に残っても、三日後には忘れる話になってしまった」


 疲れ切った顔で、鬱屈と背を丸めて、何度目かの溜息を漏らす。似たような話は珍しくないが、当事者の前ではとても言えない。その果てに幻想郷にたどり着いた彼らの無念は、真次には察するに余りある。


「恐らく公表される機会は、もうないだろう。百年後か二百年後か……古ぼけて意味を失い、文字の羅列になってからだ。込められた感情や意味合いは風化して、やはり数日後に忘れられるだけ……」

「……兄貴」

「歪な形とはいえ、幻想郷に核兵器は登場した。向こうは忘れかけているのだろうか。結局大統領も、一度も慰霊に来ないままだ」


 目線は遠く悲哀を宿し、言霊が嘆きを深くする。現実を見つめて失意を謳うのは、西本真也に憑いた怨霊だろうか?

 大統領、慰霊、核兵器……並んだ単語が真次の脳で結びつき、一つの史実を想起させた。

 彼らに語らねばならない。現実は、暗いだけではないことを。


「兄貴……来たぞ、大統領」

「何?」

「広島に来たぞ。国の代表じゃなくて、一個人って形だけどな。被爆者の人達とも、ちゃんと顔を合わせた」


 ゆっくりと振り返る兄の顔は、珍しい事に瞳を輝かせていた。一瞬だけ視線を合わせたが、すぐに真也は目を逸らす。


「その様子だと、三日で忘れていた口だな」

「……すまん」

「いや……思い出してくれただけ良い。興味を持てなければ、そんなものだ」


 瞳の色は悲しいまま、真也に憑いた亡霊が共に語りだす。


「どうせ……日本でもアメリカでも、大きく報道しなかったのだろう? それがどれだけ重い決断かも、まともに語りもせずに……」

「……そうなのか?」

「いくら個人で来訪と言い張っても、被爆者側はそうは見ない。……アメリカは政治的に、被爆者に対し不実を重ねてきた。70年以上の淀みを溜め込んで……溜め込んだ上で耐えて、生き抜いた人々の前に立つなぞ……勇気のいることだ。強くその必要を感じなければ、目を逸らし、避け続けたい事柄だろう……その人々の老い先は、長くないのだからな」

「そういう言い方は」

「事実だろ。こうした背景を深く理解せず、薄っぺらな笑みを浮かべて立ってみろ? 視線で殺されるぞ、その大統領」


 語る真也の目つきこそ、人を殺せる視線だった。少なくとも……真次は平静を保てなかった。彼が落ち着くのを待ってから、怨霊が話を続ける。


「……問題が起きていないのなら、本当に善意から行動したのだろうな。だが一体、何人の人間が気がつくのだ? 勇気を動員し、恐怖を堪えて、そこまでして得られるのは、ほんの少しの慰めじゃないか。内部から反対もあったろうに……」


 呆れるような語調と裏腹に、震える声が感情の高まりを伝える。口を借りて、憑いた影の一部が宙に泳ぎ、怨念が空高く消えていく……

 じっとその光景を眺めていた兄は、満足げに首を小さく振った。


「70年越しの遅い祈りでも……彼らが無念を手放すには、それで十分だったようだ」


 兵士たちの怨霊が風に消え、真也は天に昇る仲間たちを見送る。

 いつもは暗い瞳の真也が、その時だけは、憑き物が落ちた表情を見せた。


STAGE EX END

次回、今度こそ最終話です!

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