前日譚
『知られざる戦争』一週間前――7月30日
「兄貴、それマジで言ってんのか?」
「私が言っているのではない。彼らが実行を目論んでいる。絶対に阻止せねばならん」
永遠亭の一角、昼の休憩時間に真次の兄がやって来た。
永琳やウドンゲには目もくれず、ともかく弟と話がしたいと一点張りだ。ただ、彼の言い回しに深刻さを感じ取り、永琳は密かに聞き耳を立て、二人の会話を盗み聞く。
「第一『事象を再現する程度の能力』は兄貴の能力じゃ?」
「いや……アレは『怨霊の集合体』としての能力だ。今なら、彼らの方が出力が高いだろう。私側の力は弱体している。干渉なら問題なくできるが」
「でも不安定なんだろ? 俺が切り離した怨霊たちは」
「どうも『幻想郷への怨み』を軸にして、形を維持しているようだ。だがそれにしても……あのやり方は容認できん」
ひとまず永琳は単語を頭に入れる。一字一句逃さないように、双子の会話に集中した。
「あのやり方?」
「破壊力と脅威だけ抽出して、そこに込められた苦しみと、絶望を無視する行いの事だ。八雲や幻想郷云々ではなく、怨霊を束ねる者として……彼らのやり方は断罪に値する」
「……よくわかんねーけど、ともかく兄貴は参戦するんだな?」
「当然だ。そして真次、お前にも念のため参加してくれ。その能力は極めて役に立つ。不測の事態が起きても、切り抜けられるかもしれん」
「『悪意を切り離す程度の能力』サイコー……他に誰が来る?」
苦々しい溜息を、鼻から吐いて兄が答える。
「一応八雲 紫には報告したが……事後処理で手一杯なこと、異変は解決済みと大々的にやってしまった関係で、ごく少数で当たってほしい……だと」
「わーお無茶振り」
「ただ霊夢の参戦は間違いない。彼女の勘なら危機を察せれる筈だ。魔理沙には私から手を回しておく」
しばし沈黙。正直嫌な予感しかしない。話し合う彼も同じ思いからか、懸念を口にした。
「……変な事言うなよ? 頼むから」
「安心しろ、恐喝めいたやり方はしない」
「エグい事もなしな?」
「……信用がないな」
「鏡見てから言いやがれ」
異変の首謀者で、さらに性格にも大いに問題ありだ。何故信用されると思ったのか、これがわからない。自覚はあるのか鼻を鳴らして答える。
「信じろとは言わん。だが止める意志はある。一週間後の朝にすべて分かるはずだ」
「……分かりたくもねーがな。再現されるモノのこと考えると」
「取り越し苦労で済むなら、後で笑えばいい。しかし本当に起きたら……災禍を繰り返すことになる。お前も、私も、幻想郷も……そして当事者の怨霊も、それは望むまい」
「え?」
当事者の怨霊? 一体何を……疑問に思った直後、怨霊の気配が一つ増えた。真次が問う。
「その怨霊は?」
「お前に切り離された後、更に元同朋に鞭打たれた……憐れな者だ。私のところに泣きついて来て、彼等の計画を伝えてくれた。疲弊が激しくてな、今は私の中で休んでいる」
「当事者……流石に全被害者を記録は出来なかったか。残念だ」
その日現世に居なかった永琳には、何を指しているかわからない。ただ、何かしらの悲劇が起きたのだろう。真次や真也がすぐ思い浮かぶような、歴史的悲劇が。怨霊集団は、その再現を狙っている?
「無論そういう人間もいるが……彼とこの者達はお前の想像と違う。この者達は忘れ去られたのではなく、存在を抹消された人間だ。あの夏あの場所にいたのに、高度に政治的な理由で、いなかった事にされた者たちだ」
「文脈だけで、胸糞案件が透けてる」
「実際途方もない胸糞だよ。だから怨霊になった」
真次が息を飲む気配がした。悪意を集めて束ねた男、西本真也に『胸糞』と言わせる案件……一体何があったのか。
「ともかく……一週間後の朝迎えに来よう。協力を」
「……わかった」
会話を終えて怨霊は飛び去っていく。しばらく足を止め、そのまま動けない真次へ、頃合いを見計らって永琳が顔を出した。
呆けている真次は、彼女に触れられてやっと気がついた。驚いて目を開き、気まずそうに目を逸らす。
逃さず永琳が回り込み、視線を合わせて彼女は詰問した。
「終わってないんですね」
「…………俺だって、解決したと思ってたさ」
それだけ言って、離れようとする真次の肩を掴み、永琳は告げた。
「私も行きます」
「永琳?」
「もう待ってるだけは嫌」
再び目を開いて、硬直する真次。戸惑う様子をだったが、やがてふーっと息を吐いてから、どこか嬉しそうに言った。
「正直助かる。人手が欲しい所だった。それも信用の出来る人間が」
「大丈夫です。他言しません」
「助かる。それじゃあ一週間後、朝早くに出よう」
「はい」
***
――これが『知られざる戦争』一週間前の会話だ。
当日、八月六日の明朝に、五人の人影が幻想郷を飛び回っている。
「なぁ、本当にこっちであってるのか? そもそも何か起こるの?」
日こそ昇っているが、まだまだ暗い。深く事情を知らないのか、魔理沙だけが不満を零す。永琳がちらりと魔法使いを見つめたが、真次、真也、霊夢の三人は緊張を滲ませたままだった。
無言を返事にした彼ら彼女らに、ふて腐れる魔理沙。けれど神経を立たせている三人につられ、余計な口は利かない。首を動かし、空の中に目を凝らす三人。かなり高い高度の飛行を、五人は続けていた。
捜索中の彼らの耳に……大気をかき鳴らす、奇妙な轟音が耳に入る。幻想郷で聞きなれない音に、魔理沙が首を傾げた。
「何だこの音……」
「「「いた!」」」
全速力で進む三人。置いてけぼりの魔理沙は、音源に飛び出した三人の背を追う。永琳も少し遅れて続き、魔理沙は速度を上げて追いつく。
程なくして現れたのは怨霊の群れと
その中心にある、空を飛ぶ鋼鉄の塊。
五人を補足すると、即座に弾幕を張り始めた。
「撃ってきた!」
「反撃しろ!」
宣言も何もなく、いきなりの攻撃に面食らうも回避。こちらに弾幕を張っているが、怨霊と鉄の塊は方向を変えない。
こちらを無視してどこに? 魔法使いの疑問に、彼女を呼んだ男が答えた。
「魔理沙、あの鉄の塊……B-29は人里を目指して飛行している。積んでいる爆弾を投下しようとしているのだ。今日この日、この時間に落ちた爆弾を」
「なんだって!?」
「黙っていてすまない。その上恥を忍んで頼む。アレを阻止してくれ。あの日の広島の再現を……原子力爆弾の投下を止めてくれ」
8月6日 06:00




