STAGE 6-31 怨霊の処遇
四季映姫・ヤマザナドゥは来訪者に目を丸くし、そして眉を吊り上げた。
真次が裏口を利用する際、彼の行動を浄瑠璃の鏡で確認し、異変の概要は掴んでいる。紫と真次に似た怨霊の姿を見て、映姫はおおよその事情を察したのだ。
「八雲 紫……今回の事は黒です」
「……承知しておりますわ」
真次と久侘歌を見送った後、映姫は地獄側の状況把握に努めた。
こちら側に一切の不備はなく、原因があるとすれば八雲側。後で彼女に事情を吐かせるとして……映姫は隣の男へ、断罪者の口調で責める。
「ですが隣のあなた……あなたは黒です。どうしようもない黒です。悪党なんていくらでも見てきましたが、ここまで更生余地のない輩は滅多にいません。地獄に来たら覚悟しておきなさい」
何人も人を裁いて来た映姫は……人相を読んで善人悪人の判別ができる。ド外道の気配を感じ取った彼女は、確固たる意志で冷厳な言葉を叩きつけた。死後の宣告を受けた真也は、全く怯えず飄々と嗤う。
「相手を見て物を言えよ。閻魔の肩書で凄んで見せれば、誰もが怯えると思ったか?」
「なんですって?」
「私は幻想入りした怨霊を受け入れていた男だぞ? 生き地獄を味わった者たちの無念を、全て啜って平気な男だぞ? 今更地獄なぞ生ぬるい。何なら今から地獄を巡っても構わんが? 刑罰を受ける側の視点から、改善点を探して来てやろうか?」
「こ、こいつ……」
ピキピキと血管に筋が浮き出て、閻魔は本気でキレる寸前。映姫の啖呵が火を噴く直前、紫が手早く抑えようとした。
「それぐらいにして下さる? 西本真也。あなたの目的を話して」
「……失礼、つい愛でてしまった」
「あ?」
どうしてこう、この男は人を煽るのか。皮肉の笑みも確信犯としか思えず、映姫の声もドスが効いた物へ変化した。怒りの気配が空気を捻じ曲げても、図々しくも真也は要求した。
「さて……私がここに来た理由は、怨霊たちの処遇についてだ」
「……あなたは地獄行き確定ですよ?」
「『私以外の』怨霊について……私の元仲間、同朋諸君の処遇を決めたい」
紫も映姫も毒気を抜かれる。てっきり命乞いかと思いきや、彼は己を除外して仲間の事に言及した。
「彼らは生き地獄を味わい、幻想郷への復讐を選んだ。それは失敗に終わったが、四季映姫が言った通り、八雲 紫にも落ち度はある」
「……それで?」
「隔離された怨霊たちはの中には、『こんな目に遭うのなら、成仏した方がマシだった』と嘆く者もいた。自業自得ではあるが、何の選択肢も与えられず、完全な予想外だったことも事実。彼等の怨みは現世に向けたもので、幻想郷の管轄ではないのも承知だが……その上で要求したい。どうか彼らに、死後の裁きを受ける権利を」
怨みに身を焦がし続ける彼らを、救ってやってほしい。成仏を選んだときは、あの世に受け入れてやって欲しい。西本真也の要求は、そう言外に閻魔に告げていた。
映姫は少し彼を見直したが、閻魔としては緩めない。
「情状酌量などしませんよ?」
「構わん。中には正しく『裁かれたい』者もいるはずだ。地獄側としては、面倒事が増えるだろうが……」
「死後の裁きは誰しも平等です。死して川を渡ったのならば、如何なる人間であろうとも。それを撥ねつけては職務怠慢でしょう。ただ……重ねて言いますが、容赦はしません」
映姫はどこまでも、閻魔として公正に対応することを約束した。一方紫は意味深な笑みと共に、男の耳元で囁く。
「ふぅん……それがあなたなりの、忠誠への報酬?」
「……あの大馬鹿共だけではないぞ」
「なんですって?」
「真次は私から同朋を……怨霊たちを分離した。その際あの場に残った幽霊はまだいい。無念こそ捨てたが、自我は明確だからだ。本当に危険な状態なのは、私から分離した怨霊たちの方。いくつかのグループに分かれてバラバラに散ったのか、それともまだ一塊なのか知らんが……最悪自我が崩壊しているかもしれん」
幻想郷の賢者が不覚を取った。異変解決の安堵で目が曇っていた。西本真也とその周囲に注目してしまい、あの場から離れた怨霊たちに、意識を向けていなかった……
「暴れ出す危険もある。幻想郷としても放置は出来まい? 骨が折れるだろうが……私も彼等の捜索に手を貸そう。その者たちも同様に裁いてくれるか?」
ちらと閻魔に流し目すると、ため息混じりに四季映姫が了承する。
「利害も一致しています。断る理由がありません」
「感謝する」
「……白々しい」
「本音なのだが?」
よっぽど嫌いなのか、映姫は全く真也と目を合わせない。どこか悠々と肩を竦めてから、怨霊は紫の方へと踵を返した。
「これで、私の要求は終わりだ。後は……私の役目について、ここで決めてしまおう。余人に聞かれる心配もない」
「映姫様がいるけど?」
「地獄の裁判官殿なら口は堅いだろう」
暗に釘を刺してから、真也は幻想郷の管理者の言葉を待つ。小さく数度頷いてから、これから真也が担うべき役目について、八雲紫が厳かに告げた。
「西本真也……これからはあなたに、幻想入りを果たした怨霊の管理を命じます。過剰に被害を出さないよう、今後現代からやってくる『忘れ去られた怨霊』を統制しなさい。場合によっては、成仏させてもいいわ。その塩梅は一任します」
「了承した。その役、謹んで受けよう」
その時だけは、真也も顔を引き締めた。悪人ヅラを消し去って。これから来る怨霊を、死してなお怨みを捨てれない者たちを、この世界で受け入れるために。
長い長い間、拒まれ続けた怨霊たちは……ようやく幻想郷に、受け入れられた。




