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STAGE 6-30 決闘の終わり

7月23日 14:40



 霊力で作られた壁の中で、二人の男が原始的に争う。

 弾幕も華もない、純粋な闘争。ただ己の肉体を奮って、相手の肉体を狙うだけ。

 お互いに格闘戦は素人。真也は怨霊から、技術を借り受けていた時期もあったが……今はただ一人の男でしかなかった。

 最も、それは真次も同じ条件だ。医療現場の修羅場をくぐっても、殴り合いの経験は薄い。弾幕戦や空を飛ぶ技術を手に入れても、近接格闘には無知のまま。

 真也がこぶしを振りかぶり、真次が腕を掲げてガードを固める。右ストレートを受け流し、真次が反撃の肘鉄を繰り出す。屈んで兄は避けると、反撃の左アッパーを放った。

 伸ばした肘を引き、顎下から迫る拳の盾にした。軋む筋肉と骨の音が耳朶に響き、歯をくいしばって耐える。防がれた兄は腕を引いて、近い動作で今度は腹部を殴りつけた。

 痛烈なボディーブロー。腹筋を鍛えていない真次には、素人の一打でも十分重い。内臓を穿つ衝撃をこらえ、白衣を翻し反撃の回し蹴りを放つ。

 腰の側面を蹴り飛ばすと、肉を叩く子気味良い音が響いた。反対方向によろめく真也目がけ、低く鋭いタックルをかます。


「ぬうぅっ!?」


 ズサーッ! と土埃を上げ、押し込まれる怨霊。押し倒してマウントを取るのを狙ったが、がっちりと立ったまま真次を受け止める。

 すかさず反撃。前傾姿勢で組みつく真次へ、膝を突き出しもう一度腹を打撃を食らわせた。


「ぐっふ!?」


 苦痛に顔を歪め、突き飛ばす形で距離を取る。足をよろめかせたところに、今度は左フックが真次を狙って放たれた。

 鼻先を掠め、皮膚が擦れる音が恐怖を煽る。そのままくるりと回って、裏拳が真次の顔面に迫った。

 だが、今度は動きが読めていた。真次は懐に飛び込び空振りさせる。拳も振りかぶれない至近距離まで詰め、真次ががっちりと肩を掴んだ。

 顎を引き、頭部を突きだしヘットバットを決める。ゴッ! と頭と頭がぶつかる鈍い音が、お互いの脳髄を揺さぶった。


「こっ……のぉっ!」


 よろよろと後ずさった兄。両手を開いて突きだす真次と、兄の手が組み合い、至近距離で再び頭を突き合わせる。今度は真也から頭突きをかまし、同時にふらふらと後ろに下がる。

 足取りを危うくさせ、心臓の音を聞き、現実がどこか遠くなる二人。

 荒く息を吐きだし、何事か叫びながら、双子は戦うことをやめない。

 元から型など持ち合わせていないが、朦朧とした意識が更に動きを怪しくする。力の入らない足、定まらない姿勢、ほとんど本能のまま迸る声。右と左の手が振りかぶり、正面からぶつかる。

 拳と拳が拳骨を砕き、腕に奔る痛みに手を引く。無事な反対側の手を、もう一度振りかぶって――今度は互いの顎に、渾身の一撃が骨身に染みた。


「――」

「――ぅ」


 膝から崩れ、黒い怨霊と白衣の医者が、全く同時にだらりと腕をさまよわせる。お互いを添え木にするように寄りかかり、相手の肩に顎を置いて休んでいた。

 今度こそ、本当に決着がついた。二人はもう指一つ動かせない。長男の真也は辛うじて意識があるが、真次は白目を剝いて失神している。

 呆然と、小さく悔いを滲ませて彼は呟いた。


「あぁ……今回も勝ち切れなかったか」


 構成を変えられた結界が消える。幽霊たちは静かに、各々の文化にそって礼を尽くす。

 それは彼に対してのみならず、幻想郷の住人達にもだ。彼女たちも誰一人、二人の喧嘩を邪魔しなかったから。

 最初こそ霊夢は止めに入ろうとしたが……彼らの戦いに魅入ったのか、それとも幻想郷の危機が去ったからなのか、結界への干渉をやめて見届けていた。ただ意地を通すだけの戦いは、泥臭いのにどこか清々しさを含んでいた。華がなくとも、魅せる物があったのだろう。

 ゆっくりと呼吸し、真也はどこか満足げに目を閉じる。


「……負けなかっただけ、私にしては上等か」


 一度も勝利を得られなかった男は『敗北を回避できた』ことでさえ満足する。憑き物が落ちた表情の真也に、スキマ妖怪が降り立った。

 こつ、こつ、音を立てて歩く紫は、彼にとっては審判者の足音だ。身じろぎせずに男が促す。


「さぁ、煮るなり焼くなり好きにしろ。如何なる刑罰も、受ける覚悟は出来ている」


 闘争の余韻に酔ったまま、潔さを見せる首謀者。しかし紫の解答は予想外だった。


「いいえ。西本真也、並びに怨霊……いえ、元怨霊の皆さま。幻想郷はあなた達を赦します」

「……何?」


 眉を顰める西本真也。元怨霊たちも戸惑いを見せる。


「正気か? これだけのことを?」

「きっかけは私の失態。それに……あなたが怨霊の受け皿になるのなら、私ももう、怨霊を隔離する必要がなくなる。今度こそ、この世界は『全てを受け入れる楽園』になれる。どうか協力して下さらない?」

「………………それが条件か」


 じっと目を閉じ、思案を巡らせる男。瞼の裏で考えをまとめ、瞳と唇を同時に開いた。


「……少し、足りないな。閻魔の所に連れて行ってくれ。そこで話そう」


 気絶した真次の肩に触れ、兄が慎重に横たえる。まだおぼつかない足取りを、幽霊たちが支えた。

 じっとその光景を見届けてから、紫はスキマを地獄へと繋げる。どこか釈然としない空気の中、霊たちが地獄へと向かう。最後尾に紫がつき、スキマをくぐる直前に宣言した。


「これで異変は終わりました。幻想郷を愛する皆さま……本当に、ありがとう」


 優雅に一つ腰を折り、胡散臭さを欠片も見せず、穏やかな微笑を皆に向ける。人によっては初めて見た者もいた。それほどまでに珍しい……素直な笑みだった。

 彼女がスキマの中に消え、残された神社が静まり返る。しばらく続いた沈黙は、チルノの明るい声が吹き飛ばす。


「やった! やった! アタイの勝ち! やっぱりアタイってサイキョーね!!」

「ちょっと、チルノちゃん」


 ミスティアが慌てて彼女を止める。実力者に囲まれてるのに、無謀過ぎる宣言だ。けれど……彼女の宣言でようやく皆が自覚した。

 戦いは終わった。異変は終わった。幻想郷は……守られたのだと。


「終わった……終わったんだ!」「へへへ! あたしたちの勝ち!」「ふぅー……っ」


 チルノの声を始まりに、神社に集まった人々が歓喜を叫ぶ。溢れる歓声の中で、一人だけ走り出す人影があった。


「真次!」


 気絶した彼を腕に抱き、倒れた真次を診断する。無事を確かめた彼女は安堵を浮かべ、神社内で休ませた。

 残った妖怪たちはどんちゃん騒ぎ、そして誰かがこう言った。


「本当に宴会始めない?」

「いいねぇ!」「賛成!」


 そう、ここに集まる口実は『宴会』だった。本当に異変も解決したし、ここにいる皆で一献やりたい。各方面の実力者が顔を出す、豪勢な面子での宴会を。


「湿っぽいのもこれでお終いだし……ま、いいわよ」


 楽園の素敵な巫女が、神社を使うことを許す。

 彼女のお墨付きを受けた少女たちは、みんなで笑って、大きな宴会を開くのだった。



7月23日 15:09

書くタイミングを逃してしまいましたが……実は永琳が裏で交渉しています。(6-20)

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