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STAGE 6-29 決着と決着

7月23日 14:22



 争いは沈静化し、大勢は決した。怨霊は次々と形を失って飛んでいき、首謀者たる西本真也は結界で拘束している。弟の真次結界内部で見下ろす中で、足をふらつかせて一人の怨霊がやって来た。


「成程……我々は、負けましたか」


 配下の一人の西洋騎士が、危うい足取りで首謀者に歩み寄る。既に魔術的に切り離されて、他者の怨念に揉まれて、自己の維持さえ危うい。

 それでも騎士の怨霊は歩いていた。それでも騎士は立っていた。内部で悲鳴を上げる仲間たちの声を聴きながら、王と担いだ一人の男を見つめていた。

 駄々をこねる子供の様に、大声で呪詛を吐く彼を……情けないとは思わない。真剣で、本気で、全力を尽くして、なお届かない願い。彼が率いた怨霊たちも、皆同じ嘆きを持っている。同じように願って、嘆いて、腐り果てて、己の身を喰いあったのが、彼を支持した怨霊たちだった。

 ――あぁ、そうか。騎士の怨霊はやっとわかった。騎士が真也に惹かれていた訳。

 彼は人の苦しみや嘆きを否定しない。人の絶望を否定しない。拒まれた幻想と無念に対して、一度も拒絶しなかった。拒まれた者たちを受け入れていた。彼自身も、絶望し続ける宿命を抱いていたこそ、彼らの苦しみと嘆きを吸い続けたのだ。

 だからこそ、彼個人に惹かれた。誰よりも敗北者で在り続けた彼に、それでもなお運命に牙を剝く彼に。いつしかその思いは膨れ上がって、己の無念と失意の遂行より、西本真也に対する忠義が生まれていた。


「……まだだ。あなたは……負けさせない……」


 踏ん張って、背を伸ばして、千切れた意識を強く持つ。覚悟を決めた『無銘』の騎士が、剣を一つ奮って、己に憑いた闇を振り払った。

 怨霊から、幽霊へ。

 かつて地底で幸村がしたように、自身の無念を捨て去って。騎士の怨霊がこの場を切り抜けるには、他の思いつく手段がなかった。

 八雲の術式から逃れた彼。まだ戦う意思を示した騎士に、警戒を示す幻想郷の住人達。しかし一人だけ怒鳴る男がいた。


「愚か者! 何をしている!?」


 結界の中で怨霊が叫ぶ。かつての仲間に向けて叱責を飛ばした。


「それが何を意味するか分かっているのか? お前は……お前たちは……無念を捨てきれなかった故に、今日この日を迎えたはずだ!」


 騎士の行動に、何故か異様に動揺を見せる真也。『無銘』の行動に続く者も現れ、消えていくだけだった怨霊の一部が、自分自身の恨みを捨て幽霊に変わっていく。

 容易な事ではない。幸村と異なり、彼らは大きな逸話を持たない怨霊だ。その無念と怒りと絶望だけで、怪異になり果てた者たちだ。

 それを良く知る、真也が叫ぶ。


「安々と捨てれる物ではなかった筈だ! それを何故今更捨てる!? 我々は負けた、負けたのだ! 今更貴様らが意地を張っても、得られる物など何もない!」


 パチュリーのナイフが、叫ぶ男の胸から抜け落ちる。すなわち、銀のナイフは役目を終え、西本真也と怨霊の分離が完了した事を示す。魔女は全ての怨霊が形を失い、事実上無力化すると予想していた。

 確かに『怨霊』は力を失った。統制を失い、輪郭を失い、自分たちの魂を互いに焼きながら、怨嗟を上げてどこかへ飛んで消えていく。逃げ去るソレには誰も目もくれず、残ったわずかな幽霊たちを見つめていた。

 三十にも満たない元怨霊は、拘束された西本真也に答えた。


「そうです。我々は負けました。ですが……あなたはまだ負けていない」

「何を言っている!?」

「……決着をつけたい相手がいるでしょう?」


 結界の内部にいる双子、西本真次に幽霊たちが視線を送る。

 真也は、呻いた。


「たった……たったそれだけのために、貴様らは魂を捧げると言うのか!? 馬鹿げている! よりにもよって私如きの……個人的な決着のために!?」

「フン。何を今更。あそこに居た怨霊どもは、一人残らず『そんなヤツら』だろうに」

「んだんだ。最後ぐらい恩返しをさせて下せぇ、真也様」


 吸血鬼狩人の幽霊と、農民の幽霊が言葉と共に霊夢に飛びかかる。あっけに取られてた彼女は反射的に避け、隙を見て真次と真也を囲う、二人きりの結界を解除しようとした。

 ――巫女が結界に触れた瞬間、彼女の手が弾かれた。


「!? 術が書き換えられてる!?」

「ちょっといじっただけよ? あなたなら簡単に外せるわ……まぁ、させなけど」


 巫女服の幽霊が、ちっちっちと指を振る。元怨霊たちが結界を守るように取り囲み、幻想郷の者たちへの壁になる。

 何度も言うが、既に決着はついた。幻想郷にとって、彼らは脅威でも何でもない。戦う動機を失った妖怪が困惑する中、西本真也は立ちあがって、構えた。


「全く……ここまでお膳立てされてはな。どいつもこいつも……度し難い大馬鹿どもめ」


 ナイフを手に持ち、真也が身構える。困ったことに、銃器は結界の外で宙に浮いている。素手で刃物を相手にする訓練など受けていない真次は、強い不安に駆られた。

 それは、すぐに捨て去った。

 握った刃物を結界の端に投げ捨て、西本真也は素手で構え直す。驚いて瞬きする弟に対し、ただ一度兄はこう言った。


「……少しだけ付き合え、兄弟」

「……最初からそーしてりゃあ、ちっとは可愛げがあったのによ」


 拳を固く握り、軽く足を開き、最後は素手での戦いに挑む。

 否、それはもはや戦いではなく……ただの兄弟喧嘩だった。



7月23日 14:39

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