STAGE 6-20 完全な解決のために
7月22日 18:17
じっと微動だにしないまま、永琳は固まって俯く。
繰り返される問いかけ、完全解のない問答。
多数のために、少数を切り捨てる苦しみ。彼の苦痛を胸に抱いても、永琳の意見は変わらない。
「……今この場では、これしかないかと」
「…………そっか」
がっくりと肩を落とす。より良い一手を探したい真次だが、バッサリと切られてしまった。
「考える時間はありません。相手は本気で幻想郷を壊しに来ています。無力化以外に、異変を解決することは出来ないかと」
「……」
「ですが、決着がついた後でなら……打つ手があります」
「うん?」
彼が顔を上げ、永琳の言葉に耳を傾ける。視線を感じながら、ゆっくりと声を発した。
「勝敗がついて怨霊を倒した後……西本真也の処遇を決めねばなりません」
「まぁ敵のリーダーだもんな。普通に考えりゃ、重い罰を受ける事になる」
幻想郷を壊そうとしたのだ。処刑されても反論は出来ないだろう。異変解決後の事は考えずにいたが、真次は想像しないようにしていた。
「私もそう思います。幻想郷側としても……強い処罰を与えないと、被害者たちに示しがつかない」
「分かる。わかるが……その処遇を変えるのか?」
「はい。決着をつけた後で……紫に切り捨てさせないように交渉します」
罰を軽減するように、彼女に訴えるつもりか? 理由を図れない真次は、目を閉じて思考を巡らせたが、まるで何も思いつかない。
「……出来るのか?」
「言うほど難しくないですよ」
「本当に?」
少し疑わしく思ってしまう。不審者を見る目つきに晒され、彼女は慌てて説明し始めた。
「概要はすべて聞きました。紫も本当は……切り捨てたく無かったのでしょう?」
「あぁ、間違いないと思う。楽園を嘘にしちまった事や、隠してたことを後悔してた。多分異変の事だけじゃない。ずっと胸の内でしこりになってた。アレは……」
「現代の医者と同じ痛み、誰かを泣く泣く取りこぼす苦痛。でも真次先生言ってくれましたよね。『全員を救えるなら、それが一番良い』って。八雲紫も、きっと心情は同じ」
「そうだな。本当はゆかりんも……出来るなら受け入れたかった」
真次は直接耳にしているし、状況を見れば八意永琳にも察しがつく。
「でも受け入れちゃマズイって話だろ? 怨霊は統制が難しいって聞いた。ゆかりんの言うことや、幻想郷のルール無視で暴れる危険が高い。下手に受け入れたら今回の異変が日常化しちまう。だから隔離したって……」
「逆に言えば、怨霊の統制やコントロールが出来るのなら、幻想郷に受け入れても問題ない」
「それは無理って話……」
「今回の異変の首謀者は、怨霊を統率出来ているでしょう?」
完全に盲点だった。明らかな事柄なのに見落としていた。
真次の兄、西本真也は……怨霊たちを束ね、今回の異変を引き起こしている。『八雲紫にも不可能だった、怨霊の統率』を成し遂げている。
しきりに何度も彼が頷き、感嘆の声を上げた。
「異変解決後は、兄貴に怨霊を管理させると……」
「はい。あなたの兄、真也なら……西本真也にしかできない事です。そして幻想入りしてくる怨霊に手綱をつければ、管理者は怨霊を拒む理由がなくなって――」
「もう仲間外れはいなくなる。同じ異変は起こらないし、過ちは繰り返さずに済む……」
ただ切り捨てるのではない。退けた後で、彼らを幻想郷に受け入れる。
紫も本心では、隔離した怨霊たちへ罪悪感を抱いている。嘘を無くし、過ちを正せる機会を得られるのなら、確かに説得は難しくなさそうだ。なれど、真次の心に二つ不安がよぎる。
「ゆかりんは説得できそうだが……幻想郷の住人は? あと兄貴が首を縦に振るか?」
「あなたの兄は、パチュリーのナイフで無力化すれば大丈夫」
「それで折れるかな……アイツ本当に予想不可能だし」
「不安ですか?」
腕を組み、瞼を閉じて、暗闇の中で思案を巡らせる真次。兄弟の行動を読もうとしたが……ダメだった。
「……決戦次第ってとこだ。でも幻想郷の住人は?」
「私が説き伏せます。まず紫を落として、その後は二人で」
「…………できんのか?」
「やります」
根拠などない、確証も持てない言い分でも、決意を秘めた永琳の眼差しがある。鬱屈とした空気は和らぎ、代わりに炎のような熱意を宿していた。
「異変が終わった後、相手を受け入れるのは幻想郷では『普通』なんです。ここは……ここは私を信じて下さい。信じた上で、あなたも」
「……わかった。俺が兄貴を止める。止めてあとは……任せた」
二人の間に在った、見えない壁はもう存在しない。
一人の人として、この異変を終わらせるために……今度こそ真次と永琳は、異変への対処に納得し合い、和解した。
7月22日 18:29




