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STAGE 6-19 歪な医者たち

7月22日 17:53



 最後、永琳を責めれないと言ったきり、真次は沈黙を貫いている。

 奇妙な言い回しに違和感を覚え、月の頭脳を急速に回転させ意味を測った。

 約五秒の思考時間の末、永琳は真次の異常性を見抜く。

 ――彼の『性格』は、現実の医者として見た場合……あり得ない構成をしていた。


「待って、下さい……貴方なんで……なんでまだ、情熱的なんですか?」

「…………はは、やっぱ、流石だよな」


 ひどく疲れた笑み。渇いて枯れているのに、健全を維持している精神構造。彼は人として余りに歪だった。

 無理なのだ。彼の言う通りの世界なら。

 不可能なのだ。呪詛を耳にして、情熱を保ち続けることなど。

 善意に満ち、意欲に満ちている医者ならば――

 彼の言う「死に際の呪詛」は、より深く絶望的に突き刺さる。断末魔の言葉を聞き続けていれば、人間なら誰だって心が磨耗していく。若々しく情熱に溢れた医療従事者など……現実に直面した瞬間、心が壊れて吹き飛んでしまう。

 なのに真次は……明らかに情熱を保っている。どこまでも医者な彼は、歪な笑みを浮かべて伝える。


「俺さ、実地に出るまで知らなかった。俺みたいな奴がいない事なんて、知らなかった」


 それはまるで、懺悔のようだった。


「他の似たような奴が折れてく中で、俺だけが平気だった。俺だけが……情熱持ち続けて、ずっと医者として働き続けた。おかしいよな。全部……患者の呪詛を聞いてて、苦しみや痛みもちゃんと感じるのに……なのに、平気なんだ」


 医者としては……『現代の医者』としては、一つの理想形なのかもしれない。悪意と呪詛を受け流すのではなく、受け止めた上で進み続ける。プラスもマイナスも一つ残らず糧にして、死に際の誰かの下に駆けつけられるのなら、どれほど良いものか。

 実際は無理だ。

 断言できる。生身の感性を有しているのなら、最後に放つ人の言葉に、心を動かさないはずがない。

 本人だけじゃない、看取る親族や友人の言葉も、雪の様に精神へ積もっていく。徐々に軋みを上げる心に、耐えるか潰れる時まで、医者は歩き続けなければならない。

 けれど真次は……本当に平気だった。


「心が最初から、歪んでるんだろうな」

「そんな事……!」

「普通の精神じゃ、耐えられない筈だろ?」


 おどけるように笑う彼は、むしろ痛々しくさえ思えた。

 小さく首を二回振って、永琳は額に手を当て目を閉じる。


「あなたは。ううん、あなたも」

「……俺も『現代の医者』としては異常なんだ」


 だから真次は、永琳を責めはしなかった。

 方向こそ違えど、彼の感性も歪んでいるから。


「だから実はさ、こっちに来て永琳に『あなたは能力持ちでです』って言われた時……俺の精神に関するなんかだと思ってた」


 異変の始まった時……藍が襲撃を受け、二人で処置を終えた後の事だ。

 念のためと真次を検査し、永琳は能力を彼に『悪意を切り離す程度の能力』だと告げている。今は怨霊に対する切り札と化しているが……


「無関係じゃないと思います」

「どうして?」

「『悪意を切り離す程度の能力』の本来の用途は……周囲の人間が、敵意や悪意を貴方に対して抱きにくくなる能力。ここからは推察ですが、あなたの精神構造が……異常で異端だと指を指され、業界から追放されないための能力だったのでは?」

「医者として前線に立ち続けるために、必要な異能力………………まじかぁ……じゃあ現代からずっと、自動発動してたのか」

「多分そうです。生まれつきなのか、必要だから身に着けたのかはわかりませんが……」


 異質な存在は、本人に悪意がなくとも誤解を受ける。

 真次の特異性を知られれば、多くの人は距離を取る。理想であり過ぎるがために、彼の姿は不気味に映る。『悪意を切り離す程度の能力』は、放逐を回避するための能力だった。


「そっか……少しすっきりした。俺が傍に行くと、陰口言ってた連中も妙に素直に従ったからな……」

「心当たりが?」

「でなきゃいきなり『能力者です』って言われて、呑み込めないだろ?」


 想起してみれば、真次は大きく動揺を見せておらず、冷静に能力の内容を尋ねていた。異常性に自覚を持っていた彼は、奇妙な力が発揮されていることを、薄々は感じていたのかもしれない。


「この能力も異変じゃ活躍してるが、歪んだ使い方だったんだな」

「……そうですね」

「改めて、もう一回聞きたい。いいか?」


 何をとは言わずもがな。昨日の問い、行き違いで中断されてしまった、彼の問いかけを今度こそ共に考える。


「今回の異変……これで解決していいと思うか?」



7月22日 18:16

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