STAGE 6-15 挑発受領
7月21日 15:39
「と言ったことがありまして。無事に幸村さんは、妖怪の山の一部隊を預かる事になりました」
永遠亭、客間に上がった椛が報告した。事前に幸村の行動を聞いていた真次は、大げさに両手を広げる。
「わぁお。ゆかりんの予想上回っちったよ……」
「彼女の予想では?」
「正式に組み込まれるので精一杯。流石に一部隊まで預けはしない……って予測してた。ついでに言うなら、俺も藍も同じ予想」
二日後に迫った決戦に備え、幻想郷各所で動きが見られた。昨日、幻想郷中に配られた新聞の効果だ。妖怪の山でも真田幸村が、八坂神奈子と面会を果たした。
その後……どういう理屈か知らないが、見物に来ていた天狗たちを巻き込み、両者は集団戦の模擬戦を行ったらしい。
「椛はどっち陣営だった?」
「私は審判です。千里眼があるので」
椛の能力は遠方を見るに留まらず、様々な角度からモノを眺めることも出来る。戦域全体を見て、勝敗判定を下す役を担ったようだ。
「で、どうなった?」
「流石に神奈子様が勝ちました。英雄としての武名があっても、神奈子様は日本神話時代から生きています。格が違い過ぎました」
「そっか。でもそれじゃ……椛たち天狗が、言うこと聞かないんじゃ?」
「……共に戦った天狗たちが、惚れ惚れする戦いぶりでした」
「へぇ~……どんな感じ?」
「私、全体を見てたのですが……あの人、前線で槍を振るいながら、戦場を俯瞰してるかの様に部隊動かしてましたよ……」
「つまり何? 自分はドンパチやりながら、全体視点で戦ってたのか?」
こくこくと椛が頷き、真次は驚愕と畏怖が入り混じった笑みを浮かべた。タイマンの弾幕戦で悲鳴を上げている真次には、到底届かない領域の話である。彼視点でも化け物じみているが、俯瞰でその動きを見ていた椛には、より幸村の脅威が身に染みたに違いない。
「それともう一つ。これは表現が難しいのですが……あの人の戦ぶりを見ていると、妙に奮い立ってくる。あの朱塗りの鎧に続けと、血が滾るといいますか……」
「は、ははは……あの人のカリスマ、妖怪すら惹きつけるのか……」
地底で対決した時も、配下の士気は高かったように思える。やはり幸村の本領は、軍勢を指揮してこそなのだろう。
「私も尋ねたいことがあります。永遠亭はどう動きますか?」
「姫さんこと輝夜は留守番。ウドンゲ、てゐ、俺の三人は戦闘要員として出る。永琳先生は救護班だ」
「あなたも戦うのですか? 八意永琳と共に、裏に回った方が良いのでは……」
「……敵のボスが身内なんだ」
「………………話には聞いてます。でも……出来るんですか? けじめをつけることが」
「やるしかない」
真次の硬質な声を最後に、耳をうな垂れ、白狼天狗は目を閉じた。腹をくくった彼の内心を汲み、露骨に話題を変える。
「……他に何か、変わったことは?」
「そうだな……異変での怪我人が、今日は一気に減った」
「朗報ですね。でもどうして……」
「多分クソ兄貴が……異変の首謀者が新聞を見たんだろう。『異変解決!』って文言に、向こうが合わせたんだ。異変での怪我人が出なくなったのは、こっちの顔を立てたのと『記事を見たぞ』ってメッセージだと思う。ちゃんと乗って来たワケだ」
『異変解決!』の見出しは、真次が仕込んだ文言の一つ。あわよくば被害者を減らせると読み、挑発を兼ねた言葉だった。無事に機能したらしい。
「いよいよ二日後ですか……」
「そうだ。それで全部決まる。決着がつく」
この長い長い異変は、本当の意味で二日後に終わる。
幻想郷側が勝利し、異変を退けても。
怨霊側が勝利し、世界を終わらせたとしても。
いずれにせよ……あさって全てが、終わるのだ。
しばし二人は、座ったまま沈黙した。目線も少しだけ逸らし、正面から瞳は見ない。
お互い、あまり内面を探られたくなかったのだろう。湿度の増した空気の間を、蝉の鳴き声が響いている。
硬直した時間を先に破ったのは、椛だった。
「あ」
急に間の抜けた声を上げ、獣の瞳孔が真次を見つめる。
「ん?」と応じる真次へ、前に交わした約束を少女が切り出した。
「いえ、大したことではありませんが……将棋を指す約束を、思い出しまして」
「あー……もう随分前に感じるな。まだ一、二か月前のはずなのに、数年前の約束な気がする」
「どうです? 気晴らしに」
「いいね……やろう」
輝夜に声をかけ、将棋盤と駒を出してもらう。……どこか姫様の表情は、ニヤニヤと意味深な笑みを浮かべていた。どこから持ってきたのか不明だが、ちゃんと持ち時間のタイマーまで完備している。もしかして輝夜も指すのだろうか?
「なんだよ、何がおかしいか?」
「べっつに~……何戦するの? 二人とも」
「どうする?」
「……十局で。持ち時間は互いに5分」
「……サクサク気味でいくか」
しかし真次は気になる。輝夜の反応も妙だが、椛も彼女の顔をちらちら窺っているのだ。二人とも将棋仲間か? 隠さなくてもいいだろうに……
まぁいいか。今からやるのは気晴らしの将棋。深く考えすぎても仕方ない。駒を並べ終え、真次が気合を入れた。
「扱いずらい戦法って話だが、最新型が負けるワケねぇだろ! いくぞおおおおぉっ!!」
「……よろしくお願いします」
「あ、ハイ、スイマセン。よろしくお願いします」
将棋において、対局前のあいさつは神聖不可侵の行為。真次もしっかりと頭を下げ、パチリと独特の音と共に、駒たちを躍動させた。
7月21日 15:55
対局前のアイサツを怠るのはスゴイシツレイ。それと、真次君の様にふざけても、あまりいい印象ではないです。実際にはしないように!




