STAGE 6-12 それぞれの思い 1
寝具で横になる長年の連れに、布都がそっと囁いた。
「太子様……お加減は?」
「ようやく調子が戻って来ました。今日は弟子たちに顔を見せれそうです」
以前『火刑の聖女』ことジャンヌ・ダルクの怨霊と戦い、その断末魔を耳にした豊聡耳 神子は、休養を余儀なくされていた。
精神に直接突き刺さった呪詛は重く、神子の持つ能力が裏目に出た部分もある。復讐の衝動もまた、強烈な欲である事には違いない。更に言うなら彼女の怨み言は、過去の神子の行いを、糾弾する類のものだった。
けれど物部 布都、蘇我 屠自古の二人が献身的に付き添ったおかげか、確実に本来の神子へ戻りつつある。荒れた修行場の復興も進み、彼女たちの日常を取り戻しつつあった。
笑みを見せる神子の下へ、人里や弟子たちの様子を見て回って来た屠自古が帰ってくる。神妙な面持ちで、手にした新聞を差し出した。
「太子様。遂に時が来たようです」
幻想郷中に配られた新聞は、今この世界に住むすべての人妖の下へと届いていた。読み進めつつ意図を読み、神子の脳裏に八雲の式の顔が浮かんだ。
「日時は三日後ですか……今日からリハビリすれば、参加できそうですね」
「……無理をされてはなりませんぞ」
藍からは可能な範囲で、戦力を差し向けて欲しいと要請を受けている。当時の神子は疲弊も酷く、もし交渉直後に決戦となったら、太子の参戦は不可能だった。
しかし今は違う。休養は十分に取れた。万全とは言い難いが、ここで床に臥せている場合ではない。
「布都。無理を通すべき局面もあります。私が戦列に立たなかった結果、幻想郷が致命傷を負ってしまえば……悔やんでも悔やみきれません」
「それは……相異ありませぬが……」
「フン。こうなると太子様は頑固だ。それに何を案じるのだ。我ら二人が、全力でお支えすれば良いだけの事」
「あなた達だけではありません。九尾の狐たる彼女が助けを求めたのです。こうして大々的に報じたのならば……多数の『幻想郷を愛する皆さま』が神社へ駆けつける事でしょう」
屠自古が息を飲み、布都は若干顔を曇らせた。
「むぅ……我らを封じていた、妖怪寺の者たちもでしょうか?」
「ちらと耳にしましたが……同じ怨霊相手に被害を受けたようですし、あの尼僧の性格を考慮すると、絶対に参戦するでしょうね」
妖怪と激しく敵対してきた布都は、共同戦線を渋っている。かつて神霊廟を封印していた相手であるし、今もなお商売敵だ。三人とも思うところはあるが、世界の存亡をかかっている戦いにおいて、私怨を優先させたら収拾がつかない。ギロと雷光のような目つきで、屠自古が睨んだ。
「オイ布都、間違って妖怪を背中から撃つなよ?」
「わ、わ、分かっておる。大丈夫……一発だけなら誤射であるし……」
「本 当 に 気 を つ け ろ よ」
「う、うむ……」
復活の際、布都の個人的な行動のせいで、屠自古は復活し損ねた。
そして厄介なことに、布都は古い感覚を持ったままだからか……妖怪を見つけると積極的に攻撃する傾向がある。ある種前科持ちと言える布都に対し、被害者の屠自古が強く当たるのは当然。布都も布都で、自覚があるので縮こまった。
「八雲 藍 の予想通りなら、誤射する暇などありません。量か質か、その両方を備えた軍勢が攻め込んでくるはずです。でなければ援軍の要請をしない」
「それほどの相手……でしたな、あの女も」
「あの者も配下の一人に過ぎません。戦闘の際は、心してかかって下さい」
「「はっ!」」
意見を違えることも多い二人だが、こと太子への思いは共有している。立ち上がり、歩みを進め、まずは少しでも調子を取り戻すべく、神子はしばらく二人と弾幕戦で、なまった身体を温めた。
***
妖怪寺、命連寺の縁側にて、橙とマミゾウが戯れていた。
少女は二股の尻尾を泳がせ、猫のようにゴロゴロと喉を鳴らして、もう一人の女性の膝に頬ずりしている。
もう一人の女性も耳は獣、尻尾を生やしているのは同じ。可愛らしい少女と異なり、穏やかな微笑みが年季を感じさせる。孫をいたわるような手つきで、膝上に転がる橙の頭を撫でていた。
うっとり目を細め、そのまま瞼を閉じて少女は眠る。健やかな寝息を立てたところで、柱の陰から見守っていた、この寺の住職が静かに腰かけた。
「マミゾウさん……」
「ふふ、気を遣わずとも良かろうに。橙も聖の事、決して嫌いでないじゃろう?」
「……これからの話は、聞かせたくないですから」
隠し持っていた新聞を取り出す聖。苦く笑ったマミゾウは、同じものともう一枚の書面を取り出した。
「知っていたのですか」
「つい先ほどの。橙があの狐……藍からお使いを頼まれたようでな。わざわざ手紙付きで念押ししてきおったよ」
「あぁ、橙さんって確か……すみません。実は藍さんが寺に一度来ていたのですが、マミゾウさんが留守の時でして」
「狙って訪問したんじゃろな。わしらの因縁は深い」
藍の事になると、どうしてもマミゾウの言葉に棘が出る。古くから狐と狸は化かし合い、激しく縄張り争いを繰り広げて来た。ましてや両者共に大物妖怪、血で血を洗う対決をしたとの噂もある。
「藍本人が一番分かっておる。ちゃんと面向き合って話すのが筋じゃと、コレにも書いておった」
「では、マミゾウさんも要請を受けたのですね?」
「うむ。かなり強い語調でな……わしはつい最近、外から来た妖怪じゃからな。幻想郷から逃げるのではないかと、気が気でないようじゃ」
人間と妖怪の感覚は異なるが、どちらにしてもマミゾウが来たのは最近だ。彼女に限っては幻想郷を捨て、現代で使ってた拠点へ逃げ戻る選択も出来る。
不安を覚える聖だが、無理に引き留めはしない。人手が欲しいのは本心でも、どうするかは一人ひとりが決めるべきだ。マミゾウが不快にならぬよう言葉を選び、聖は命連寺の動きを伝える。
「私達は、希望者のみ参戦する形にします」
「ほぅ? 誰が行くのかのぅ?」
「私、星、村沙、一輪と雲山も……ナズーリンは寺の留守を預かるそうです。ぬえさんはちょっと保留しています。確かマミゾウさんは仲が良かったですよね? 時間が出来たら、二人で話し合ってみてはどうですか?」
「…………そうか」
マミゾウは深く息を吐いた。聖の人の好さに呆れるように。
「やれやれ……首根っこ掴んでも、わしを参戦させるべきじゃろうに」
「え?」
「わしが聖の立場だったら……借りを返せと凄んで、嫌でも約束を取り付ける。誓約書もきっちり書かせて、逃げれぬよう手を打つ。あわよくばそのまま、ぬえを引っ張出だせれば御の字じゃな。話し合えなぞ呑気過ぎるぞ?」
商人や金貸しの側面を持つ、マミゾウらしい言い回しだった。聖はぼんやり口を開いて、瞳を白黒させている。お人よしと呟くマミゾウは、決して悪気を乗せていなかった。
「ま、そこが聖の良いとこじゃからの~……変わってしもうたら、それはそれで寂しい」
「もぅ、からかわないで下さい」
「それにもう、わしは腹を決めておる。出来ればぬえも口説いてみせよう」
「! ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げる聖、素直過ぎる彼女に目を細め、最後マミゾウはこう告げた。
「あぁ、そうじゃ。金が入り用ならいくらでも貸そう。無期限超低金利で良い。聖なら逃げはせんじゃろうし」
「お気持ちは嬉しいですけど……大丈夫、みんな備えはありますから」
「おっと、余計なお世話じゃったか」
ほっほっほ。と声を上げ笑うマミゾウ。聖も唇に手を当て、肩を揺らす。
微睡む橙の傍らで、二人の女性は参戦の意志を確かめ合った。
個人的にマミゾウ×橙はかなりアリだと思うの。藍様とマミゾウ絡めて発展もさせやすいですしお寿司。




