STAGE 6-9 幻想の敵対者たち
長い長い話を聞き終えた時。鬼人正邪は深く息を吐いた。
「はぁ~~っ……そりゃあ復讐するわな。当然の報いだ」
怨霊と化してまで、誰かへの復讐を誓いながら
復讐を果たしきれず、相手に無視され忘れ去られ
それでも本来なら、楽園に入ることで救済を得られるはずなのに
その権利も取り上げられ、昏い闇の底で絶望を啜り続けた
――よくぞ、折れなかったものだ。自虐気味に彼女は笑う。
「むしろオレが情けないね。お前と違って幻想郷暮らしなのに、まだ反逆の狼煙を上げれずにいる」
「本気で転覆を狙っているのだから仕方ない。反逆は勝算のない特攻ではないからな……」
男の言葉を聞いて、天邪鬼は唇を尖らせた。
「お前たちは半分特攻じゃないか。幻想郷壊して一緒に死のうぜって、巻き添え狙いの」
「君には理解できると思うが……恨みや怒りは維持が難しい。長ぐ昏い事ばかり考えていると、どうしても疲れてくる」
生まれながらの反逆者、何もかもに文句をつける正邪にも覚えがある。
偏屈な考えに囚われ続けると、肺の中に灰色の……濁ったタールが溜まって、いつも窒息しているような気分になる。強く怒りや憎しみに焦がれてる内は問題ないが、ふと冷静になった時……全身が強烈な倦怠感に襲われ、自分は何をしているのだろうと虚しくなる。
「我々は復讐心を長く溜め込んできた。魂が融解した者にも、仮の姿として狼の姿を与えたが……多くの者たちはもう、怨みの炎を燃やす薪がない。だから復讐を終わらせて、自分も消えたいと願っているのだ」
「………………そっか」
それだけ苦しいのなら捨ててしまえばいいと、常識的な人間は言うだろう。厄介ごとを引き起こし、その後自死を選ぶなら、勝手に自殺しろと言うだろう。
普遍的な世界で、普通に暮らせている者にはわかるまい。他者から見て負債でしかなくとも……
傷を、
恨みを、
怒りを、
憎しみを、
もしも捨ててしまったら、反逆者は、復讐者は、何者でも亡くなってしまう。
反骨心しか手元に残ってないのに、それを失えば何も残らない。無意味無価値なカラッポの、ただの抜け殻になってしまう。
だから彼らは恨みを捨てない。だから彼らは怒りを捨てない。
自分自身でいるためには、暗い情念であろうとも……持ち続けるしかないのだ。
確かめるように、男が呟く。
「ふ、恨みを捨てろとは言わんのだな」
「ハッ! そんな残酷なこと言えるかよ。にわか共と一緒にすんな」
悪役の笑みを互いに浮かべ、幻想郷へ向ける牙を見せつけ合う。
「失礼。だが一度『にわか』の集団と接触した事があってな。試さずにいられなんだ」
「あぁ、のっぺらぼう達? あれはにわか以下だろ。月の戦争にも逃げた奴等だし、半端者だ」
「月の戦争?」
「……知らないのか?」
「うむ。興味がある」
酷く昔の出来事だが、かつて幻想郷と月の間で戦争があった。
ほとんど一方的に幻想郷が敗北したが、正邪は真実を知っている。
「増長した妖怪たちが、月の民に戦争吹っ掛けた話さ。紫が主導したことだけど、本当はそれを口実に荒ぐれ妖怪を排除したって話」
「成程……口減らしを兼ねた不穏分子の排除か。幻想郷内部でも、八雲は黒い手を打っていた訳だ」
「そういう事。だからすぐ腑に落ちたよ。お前たちの話は」
「君は月戦争に参加しなかったのか?」
「ありえないって……なんで幻想郷の反逆者なのに、幻想郷の先兵になって月に攻め込むのさ?」
それは、心から反逆を誓った者故の答え。恨みや怒りの浅い者や、己を偽っている者には辿り着けない解答だ。
順当に考えればすぐにわかる。幻想郷への敵対者ならば、八雲 紫 の要請を受けたところで、どうしてそれに従うのか?
彼らは知っている。唾棄すべき現実。恨みや怒りが浅い者たちの、浅はかな本質を。
「引っかかるのは馬鹿だけだよ。なんだかんだ言いながら、その実本当に欲しいのは暮らしだの、地位だの、別の物」
「やはり君と私の結論は同じのようだ。例えるなら……にわか共は『お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ』と喚いている連中に過ぎない。飴玉をやるか鞭を入れてやれば、すぐに大人しくなる。ただのポーズなのさ。不満アピールで駄々を捏ねているだけ。本人が言うほど、反抗心も復讐心も持ち合わせていない」
捻くれ果て、歪み果て、本気で幻想郷との敵対を選んだ両者は、自分たちだけに通じる言葉で紡ぐ。
「本当に怒りを覚えているなら……何を渡されても、どんな仕打ちを受けても引っ込めない」
「我々は復讐したいから、復讐をしている」
「オレも反逆したいから、反逆をしている」
「本気で敵対するのなら」
「許す素振りさえ見せてはいけない」
「「にわか共と一緒にするな。吐き気がする」」
心から、反逆者と復讐者は吐き捨てる。
にわかと本気の熱量差は絶対で、その差は決して埋まることはない。
だから彼らは孤独に戦う。仲間と思い込んで誘い込む、浅い輩の手を振り払って。
もしも、手を結べる相手がいるのなら
きっと目の前にいるヤツだけだろう。
互いに互いを認めながらも、二人の道は再び分かれる。
逆転は相手の生存が必須で、
復讐は相手の殲滅が絶対なのだから。
「本当に、本当に残念だ。君となら良い復讐が出来ただろうに」
「……悪いな」
「謝るのは私の方だろう。復讐が完遂されれば、我々は君の獲物を横取りしたようなものだ。ふむ……ならば我々は、君にとって復讐の対象か?」
「うん?」
要領を得ない発言に、首をひねる正邪。勝手に怨霊同士で話し合う彼らは、我が意を得たりと提案した。
「よし……では天邪鬼よ。我々が復讐を果たし、幻想郷が崩壊した暁には……私の首をくれてやろう」
「へ? 何言いだすんだよ? そもそもお前の首なんて無価値だろ?」
意味不明な言葉に混乱する。頭の上に「?」を浮かべる彼女に、シニカルな微笑みを浮かべて、男は告げた。
「ふ……分からないか? 幻想郷が無くなれば、君は反逆を成し遂げれない。君が果たすべき反逆の機会を奪ったのだ。そしてもう二度と、君にチャンスは訪れない。ならば私は、我々は、君の獲物を奪った憎むべき敵だろう?」
「…………だから、復讐させてやるってか? そいつはどうも」
嘆息は深く、呆れ果てた顔は皮肉に満ちていた。けれど天邪鬼は、ただでは引き下がらない。どんな相手でも噛みつくのが、鬼人正邪のスタイルだ。
「じゃあ……お前らが幻想郷ぶっ壊し損ねたらさ」
「うん?」
「オレが異変起こした時、お前らをオレの共犯者にしてやるよ。見たいだろ? 壊し損ねた世界が、ひっくり返る所を」
しばし黙考を挟んだ後に、くっくっくと背中を丸めて、彼らは嗤った。
「成程……それは実に魅力的だ。二の策とはいえ、楽しみな提案だ」
「今から乗り換えてもいいんだぞ?」
「遠慮しておく。我々の共犯に誘うのも止めておこう。君の存在は伏せた方が良い。どんな結末に至るかは知らないが、我々の案件は、我々だけで決着をつけるべきだと確信した」
「へっ、最初からその気だったくせに」
「言うなよ同志。カッコがつかない」
「悪役なんざカッコ悪いもんだ。むしろいっそ、清々しいぐらいダサくなくちゃ」
「そうだな。悪には悪なりの矜持が必要だ」
別れが惜しい。彼らは本気でそう思った。
この世界で初めて出会った、自分と異なる『幻想郷の敵対者』との別離を。
さりげない言葉さえ、浅い輩と異なり心地よい。けれど彼らは、ここで立ち止まるわけにはいかない。
後ろ髪を引かれる思いで、怨霊たちが徐々に距離を取る。正邪に対して敵意はなく、不敵に微笑む者もいれば、頭を下げる怨霊もいる。拳を突き出し健闘を祈る者も、多種多様な礼節を持って、怨霊たちは去っていく。
最後、彼らの中心にいる男は、神妙に背を伸ばして別れを告げた。
「名残惜しいが、そろそろ行かねば。いずれにせよ……次逢う時が楽しみだな? 天邪鬼の同志よ」
「……鬼人正邪」
「ん?」
「オレの名前。未来の共犯者の名前ぐらい覚えとけ」
八重歯を覗かせ、天邪鬼は初めて名乗る。
不思議なことに今の今まで、お互いに名を告げていなかった。唇を薄く開き、男も彼女に名前を教える。
「そうだな。決して忘れない。私は西本真也。楽園に捨てられた者を束ねる男だ」
「オレも……忘れない」
「うむ……ではさらばだ。いつか……どちらかの約束が果たされる時に」
最後の一人。西本真也も闇へと消える。
残された正邪の胸の内には、寂寥と興奮が残っている。
――この世界を『気に入らない』と唾を吐くヤツは、一人じゃない。
彼女は鬼人正邪。生まれきっての天邪鬼。誰にも靡かぬ反逆者は、復讐者ともつるまない。
けれど互いに、通じ合うモノは確かにある。正邪より先に幻想郷にケンカを売った男を、自分の獲物を横取りすると宣言した男を、不思議と嫌いになれなかった。
……鬼人正邪が原作で登場した時、作者かなり焦りました。まさか公式で、幻想郷ガチアンチが出て来るなんて想像できませんよ……
この話のどこかで「この異変の首謀者と、幻想郷のキャラは和解できない」と書きましたが……唯一彼女だけは、幻想郷を本気で嫌っているので、話が通じちゃいます。なので前回とこの回は当初、存在していない部分だったり。




