STAGE 6-8 反逆者と復讐者
「逆転『リバースヒエラルキー』!」
すべてをひっくり返す能力を持つ天邪鬼が、怨霊相手に最後まで弾幕を張り続ける。
時折上げる驚いたような声も、余裕綽々で腹立だしい。一挙手一投足が演技臭く、大げさな反応を見せながら、明らかに手の抜いた反撃を仕掛けてくる。
『手を抜いている』というのは主観的、精神的な感触であって、実際の攻撃は熾烈そのもの。あり過ぎる実力差に歯を食いしばっても、一矢報いることも叶わない。
「感覚の反転か……中々愉しめたぞ」
事実、がしゃどくろ共にとって遊びだったのだろう。終盤は容赦が無くなり、追い詰められ、地面にへたりこみ……鬼人 正邪を無数の怨霊が取り囲む。
「……よく言う。その気になれば瞬殺出来たくせに」
「幻想郷の流儀に合わせてやっただけだ」
「はっ! ほんとに残酷なルールだよな! おかげで弱い奴は、いつだってなぶり殺しだ」
吼える正邪に、肩を竦めつつ男は答えた。
「ルールなんてもの自体が、弱者を安全に効率よく、上手い事騙すために在るのだと思うがね。ルールは弱者に残酷なのが当たり前なのさ」
「……で、どうする気だ?」
飄々と語る悪人面に、彼女は何故か不思議と親近感を覚えてしまう。誰からも嫌われ、何もかもに反発する天邪鬼は、最初から断るつもりで男に問う。彼は大げさに答えた。
「なぁに、いくつか質問に答えてくれれば良い。満足のいく解答なら見逃してやる」
「嘘つけ絶対殺す気だろ」
「おお、正解だ。では素直に答えれば楽に殺してやろう」
「天邪鬼に素直になれ? 正気かよお前」
実力差は絶対、待ち受けるのは死。誰が見ても八方塞がり……それでも、鬼人正邪は反逆する。追い詰められようが、力量差があろうと関係ない。
相手が誰であろうとも、太々しく笑って拒絶する。立場も力も関係ない、生まれつきの反逆者……それが彼女が、最後まで貫くと決めたスタイルだ。
「お前の知りたいことなんて教えてやんね! けれど覚えてろよ? いつか必ずこのクソみたいな世界を……弱い奴と強い奴をひっくり返して、お前たち強者からの仕打ちを、倍にして返してやる!!」
曲がりに曲がった性根で、真っすぐ敵を瞳で射貫く。そのまま殺されようとも、目線を外す気はなかった。例え怨霊でなくとも……例えば霊夢や紫相手でも、正邪は同じことをしただろう。
なのに……彼女の覚悟は空回る。
男から、のみならず周囲の怨霊たちも、発していた殺気が急激にしぼんでいった。周囲を包んでいた邪気や悪意が引っ込み、むしろ好意さえ浮かんでいるように思える……
意味が分からない。不気味で仕方ない。手のひらを返すにしても、一体今の言葉のどこに反応する要素があるのか。不審げに眉を吊り上げる少女へ、厳かな口調で語りかける。
「然り。然りだ。言い訳をさせてほしい。今まさに我々が行っているのは、力を得た弱者の報復だ。立場的弱者が、初めて力を得た故の報復だ。驚いたぞ天邪鬼。どうやら君と我々は親しいらしい。危うく同士討ちする所だったな……」
正邪も目を見開く。男の言葉は、正邪の言い分を余さず肯定していた。
今まで何度か似たような場面はあったが……負け惜しみだ、聞く耳持たぬと、侮蔑の視線で見下してきた。
あるいは逆に、憐れみか同情の目線で、やはり見下すかだった。善人面のように見えて、その実全く理解していない、的外れな見解で分かったような口をきき、弱者を神経を逆なでるかだ。
彼の、彼らの目線はどちらでもない。長い間暗闇に浸かり、歪み切った眼差し……昏い情念に染まりながら、強者に牙を剝く反逆者の目。正邪と同じ弱者の目……
「お前は……お前たちは何なんだ?」
「君と同じ、幻想郷の敵だ」
男が指を鳴らすと、怨霊たちが周囲に散る。正邪へ親し気に微笑みかけながら、男は木の幹に腰かけた。
「君になら……我々の言葉も通じるだろう。どうか我々の嘆きを聞いて欲しい。同朋ならざる我らが同志よ。そうだ、今からでも共犯にならないか?」
「急になんだよ気持ち悪い……」
「あー……当然の反応だな。言い訳を重ねるが反抗者の類は、八雲側がすべて処分していると踏んでいた。あるいは弱すぎて放置されているかだと……」
「誰が弱すぎるって?」
「失礼、言葉が過ぎた。本当に想定外でな……大目に見てほしい」
本当に弱った様子で、怨霊たちが戸惑っている。正邪も正邪で調子が狂ったからか、その場から逃げずに話を聞く。
それは誰も知らない物語。怨霊から見た幻想郷の姿と、彼らの報復の動機……その全てを、反逆者の少女に語って聞かせた。




