STAGE 6-7 異変解決への道
“これで私から言えることは全部。後はあなたたちの手札に合わせて、微調整して欲しい”
まるでこちらの状況が見えているかのような……いや、事実ある程度予測済みなのだろう。紅魔館の魔女が残したメッセージは、怨霊集団の正体を的確に見抜いていた。その上で作られ、真次に提供されたナイフは「切り札」と呼べる性質を保持している。
“参戦しない身で、偉そうな事言えないけど……頑張って”
「パチュリー……」
口惜しさを滲ませて、彼女の音声が途切れる。ありふれた言葉であっても、込められた思いは本物だった。真次が胸を打たれる中で、三人は刃物の性質を合議する。
「紫殿……これは……」
「確かに強烈ね……『当たれば』だけど」
「…………一応確認するが真次君。戦う意思はあるか?」
「勿論だ。が……タイマン張ってブチ込める自信はない」
説明を聞く限り、直撃させればほぼ一撃で決着がつく。問題は使用者が『西本真次』に限定されている点で、彼の戦闘能力は「そこそこ」止まりだ。
対する相手は「忘れ去られ、拒まれた怨霊の集合体」そしてそれを指揮する『西本真也』である。幻想郷に喧嘩を売り、今も我が物顔で闊歩する奴等と正面衝突など、無謀の極みと言えよう。
「不意を突くしかない……しかし隙を作るのさえ容易ではないぞ」
「暗殺は不可能でしょうな。裏の生業をこなしてた怨霊も、少なくありませぬ。好機があるとすれば……乱戦下か、数的有利を作り狙うしかありません」
「となると…………博麗神社での決戦に、賭けるしかないわね」
極めてハイリスクだが、他にチャンスは得られない。いずれ怨霊たちはそこを目指し、こちらは各勢力からの援護も期待できる。各所を動き、今も所在が明確でない以上……最終目標とする箇所で、待ち伏せるのが最適だろう。
「何、前向きに捉えましょうぞ。博麗神社は高所の地の利に加え、藍殿の盟約があれば、戦力は十分。加えて世界を守るためとなれば、背水の陣の心境……勝機もより多く生じましょう」
「なんでだろうな……幸村さんが言うとスゲー頼もしい」
「ふ、戦慣れしております故」
不敵な笑みさえ不快感が無い。これが人望を集める能力……かつて戦場に名を轟かせた、真田幸村のカリスマか。鋭い鷹のような眼光で、つらつらと状況を武将が読む。
「しかし、敵の仕掛け時が不明なのが……四六時中博麗神社に、戦力を張りつけることは不可能。かといって、戦の時に駆けつけられねば意味がない……霊夢殿の実力を拙者は存じませぬが、増援が来るまで持ちこたえるかどうか……」
約束を取り付けた藍に、幸村が視線で問う。彼女は腕を組んで唸った。
「話はつけたが、参戦の時期までは微妙だ。各勢力の状況や意識による。日によっても異なるだろうし、時の運としか……」
「それでは困ります。運任せにするにしても、少しでも出目を良くする工夫が欲しい」
「とは言ってもな……あなたに何か案は?」
「即座に思いつく手は、挑発ですな。罵倒し、蔑み、『悔しければ、この日この時間に博麗神社に攻めてこい』と、怨霊どもを煽ってやるのです」
「引っかかるかしら……?」
八雲の苗字をもつ、二人の反応は芳しくない。チーフな、使い古された手に乗ってくると思いもしないのだろう。けれど真次は、口の端を吊り上げる。幸村も同様で、男二人は確信した様子だった。
「普通は引っかかんねーよな。けどあのクソ兄貴ならまず乗ってくる」
「何でよ?」
「アイツな……生前はクソザコナメクジのクセして、無茶苦茶沸点低かったんだ」
「「…………………………えぇ?」」
脱力した困惑を漏らす女性二人と裏腹に、幸村も真次の言葉に続く。
「いやいや真次殿。己の弱さを薄々自覚しているが故に、必死に虚勢を張る輩は数多い。貴殿の兄は力を得て増長しておりますが、心の面では大して成長しておらぬ」
「やっぱりか? 俺も同じ印象を覚えた」
「何より真次殿。貴殿は何度もあの兄と喧嘩している。怒りのツボは存じておりましょう?」
「そりゃもう、嫌と言うほど」
皮肉たっぷりに、好戦的な笑みを浮かべる真次。勝手に納得する二人に流されかけるが、藍が疑問を投げかけた。
「君達しか知りえない事だし、理解が及ばないが一応信用しよう。だがどうやってアイツに伝える?」
「そうですな……奴等と、藍殿と盟約を結んだ相手にのみ伝わる文面で……幻想郷各所に雑誌の類を配るのはいかがかな?」
「だからどうやって……」
「いいえ藍。さほど難しくないわ。書き出しは『博麗神社で○月○日の○○時に、宴会を開く』……これで通じそうじゃない?」
なるほど宴会を催すとなれば、場所と日時を指定するのは不自然じゃない。加えて、予め博麗神社を守る盟約があれば、すぐに察しのつく文面だ。
「しかし誰が配るのです? ビラ配りなんて……」
「天狗の記者に頼んで、新聞として配ればいいでしょう?」
「射命丸 文ですか……彼女なら飛びつきますね」
積み上がっていくアイデアに、徐々に管理者二人も乗り気に変わる。細部の調整は必要だが、大筋はこれで良さそうだ。
「後は……あなたの兄と、怨霊たちに判る煽り文を入れるだけね」
「ああ。トマトより顔真っ赤にしてやるぜ。添削は頼んだ」
そのまま八雲の屋敷にて、兄と怨霊たちを挑発する文章を書き綴る。
幻想郷の命運をかけた果たし状は、その日夜遅くまで練られ続けた。




