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STAGE 6-4 明かされる真実『西本真也』

「……あいつは生前、誰がどう見ても狂人だった」


 どこからが始まりだったのかは、わからない。

 ただはっきり言えるのは、物心がついたころにはもう、西本真也は毒素を吐き散らかしていたと思う。子供が無邪気な残酷さを持つことは往々にしてあるが、アレは度を越していた。


「……例えば?」

「すべて人間が……『人間という種を偉大だと虚飾している』それが酷く滑稽だとか……」

「どういうことだ?」


 真次が瞳を閉じ、瞼の裏に兄の顔を思い浮かべる。理解しがたい男との会話を記憶の底から引き上げ、真次なりに解釈しつつ口にした。


「生物学の分類の話になるんだが……人間に近い種族だけ、かなり細かく分類されているんだ。霊長類って分けてたり、族の分け方もこと細かくな。兄貴はそれをこう言っていた。『自分たちは猿じゃないって、必死に人間を遠ざけようとする涙ぐましい努力』って」

「なんだ、それは……」


 あまりに歪んだ解釈に、その場にいる三人の顔が引きつる。

 真次は心苦しかった。こんなのは兄の狂気の入口でしかない。


「他にも……人間だけ男と女って言い方するの気に入らないとかな」

「だったらなんと呼べばいいんだ」

「オスとメスでいいじゃん、だとさ」

「……えぇ」


 情緒もクソもない主張に、藍が呆れ果てた。


「そんな……動物じゃあるまいし」

「あー……兄貴は、その……人間を動物と言い切っててな」

「は?」

「兄貴曰く『飯食って交尾して眠ってクソしてるし、どうあがいても動物だろ』と抜かしてて……そんでもって『どうして必死こいで、人間は動物じゃないと言い張ろうとするのか』……と本気で言ってやがった」

「……君の兄は宇宙人か何かか?」

「あぁ、うん。コイツ本当に俺と双子か? って、何度も親父に聞いたぜ。俺も」


 最も、違いすぎるおかげで「双子特有のコンプレックス」には悩まされずに済んだとも言える。一卵性の双子の兄弟は、時折異常に歪んだ関係を築くことがあるが……元から人として壊れていた兄は、そもそも誰とも交流がなかった。


「正直、聞くに堪えませぬが……」

「一応最後まで聞きましょう。碌な事言わないでしょうけど……他には?」

「人間の事情と、猿の社会を比較検証してたな……」

「……とことん気持ち悪い奴だな」

「同感だ」


 呼吸するように常識を冒涜し、散歩の気楽さで異常に踏み込む。

 知性レベルも言語も変わらないのに、全く会話が通じない……人が人として持っている感性が、初めから破損しているような男だった。藍の『宇宙人のようだ』との感想は、多くの人間が抱く印象だろう。

 幸村が顔を渋くして問う。


「愛称ならともかく……それ以外の意味合いで『人を猿扱い』は罵倒の類では?」

「……実は、一部の猿と人間は数%しか、遺伝子に……ええと、生き物としては違いがないらしい」

「はぁ……それが?」

「アイツこう言ったんだよ『数%しか違いのない相手と、どうして比べるのが失礼なのかね?』だとさ」

「理屈は……わかるけど……生理的に受け付けないでしょ……」


 八雲紫がドン引きしていた。古今東西の人間や怪異と接触してきた彼女でも、西本真也の言動は嫌悪感を覚えるらしい。


「だよな? 普通の人間にゃこう……吐き気がしてくる発想だ。けどクソ兄貴は……人が気持ち悪がって踏み込めねぇ領域に、平気な顔して突っ込んでいく。まるで泥遊びするガキみたいにな。問題なのは……常識的な人間にとっちゃ見たくもないモン掬いあげて『これが真実だ』って周りに薦めた事だ。自分と他人との差を理解できないガキの時分だし、しょうがねぇ部分はあるが……」

「あー……それは」

「間違いなく迫害されるわね……」

「実際、学校で弾かれたらしい。転校も繰り返したが、二か月以上連続で登校できなかったからな……」


 自業自得とはいえ、気の毒な側面でもある。生まれ持った感性が最初から歪んでいたがために、他人との差が分からなかった。幼少期では誰もが思うことだ。『自分の感性は一般的なものだ』と。

 運悪く、その部分だけは普通だった兄は、自分の異常性を異質と知らず撒き散らした。結果周囲から蔑視され、その扱いがさらに歪みを増長させた節はある。


「よくさ『虐められる方が悪い』なんて事言うやついるよ。兄貴はその典型例だったのかも知れねぇ。けれど……歪んでる奴にこんな言葉ぶつけたら、増々おかしくなるに決まってる。最後はこんなこと言い出した。『この世界は地獄だ』って」


 ぴくり、と武士の肩が揺らいだ。恐らく彼は、直接兄の口から聞いたのだろう。


「一体どこからそんな発想が?」

「……仏教の開祖が土台らしい」

「何をどう歪曲すればそうなるんだ……」


 兄なりに救いを求めたのか、それともこの世を冒涜し尽すつもりだったのか……今となっては分からない。いずれにせよ、真也は絶望的な結論へたどり着いた。


「輪廻転生と……後、なんだったかな。なんか生きていても絶対に満たされないとか……」

「『一切皆苦』の事かしら?」

「そうそれ。この世は苦しみに満ちているってやつ。お釈迦さまは原因は何か? どうすればそこから楽になれるかを考えたが、兄貴はどうして苦しみに満ちているのかに主眼を置いた。それで出した結論が――」

「『この世が地獄だから』か……聖白蓮が聞いたら卒倒するぞ、こんなの」

 

 妖怪の集まる寺、命連寺にて真摯に活動を行う聖にとって、彼の思想は冒涜に等しい。何度目かの溜息を吐きだして、紫が後を引き継いだ。


「この世が地獄であるのだから、世界に苦しみが満ちていて当然。輪廻転生は死んでも生き返らせて、地獄の刑罰を……別の生き物として生きる苦しみ、死ぬ苦しみを味わせるため……こんな感じかしら? 西本真也の発想は?」

「あぁ、そんな感じだ」


 ようやく及んだ理解なのに、全く達成感を感じない。むしろ心労と嘔吐感めいた目眩が襲い掛かり、息を整えてから藍が真次の肩に手を置いた。


「……よくこんな兄がいてマトモに育ったな。君は」

「もう二度と兄弟になりたかねー……ってのが本音」

「でしょうね………………なにか言いたそうね、幸村?」


 三人が話す間、ほとんど何も喋らなかった彼は……壺の中で眺めた男と証言を繋ぎ合わせていた。かつての英雄はようやく把握する。

 あの壺の底、怨霊たちを束ねられる精神は……英雄と比較して別段強靭なのではない。その異常性と、紫の講じた一計が裏目に出てしまったのだ。


「紫殿……怨霊から境界を奪ったのは、余分でしたな」

「………………あれが失態と言うの?」

「不幸な事故と呼ぶしかありませぬ。本当に……」


 それは、紫と幸村のみが把握している安全装置セーフティー。反乱防止の連環の蛇が、一つにまとまる奇跡めいた悪夢。

 絶望の底で怨霊が手にした希望であり

 同時に……幻想郷との対立を決定的にした事柄だった。

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