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STAGE 6-2 明かされる真実『封印に用いた道具』

「……その壺は一体?」


 芸術品とは思えない道具は、今回の異変の元凶を封じていたという。紫が使ったことを悔いるその名は……聞き覚えがあるモノだった。


「これはね……『パンドラの壺』よ」

「……壺? 箱じゃなくてか?」


 さほど興味のない真次でも、すぐに反論が思い浮かんだ。現代の人間が記憶しているのは『パンドラの箱』であるはず……忘れ去られたその名前を、紫がゆっくりと説明した。


「唐突だけど……あなたにとって壺って何かしら?」

「何って……美術品とか、伝統工芸品とか、あと骨董品ってイメージだが」

「そうね。現代人なら、みんな同じように答えるでしょう。けれど……この道具が生まれた時代。西暦より遥か昔の神代では、壺は実用品だったの」

「実用品って……どう使うんだよ?」

「物を入れて保管する道具だった」


 青年の理解がむしろ遠のく。何故壺に物を入れる必要がある? 箱の方が持ち運びも便利で、丈夫に思えてならない。頭が知恵熱を発し、思考を止める直前で、藍が説明を引き継いだ。


「真次君……実用品や日用品は、大量生産が望ましいだろう?」

「……そうだな」

「紫様が語っている時代……神代の時代では、箱を量産する技術が人になかった。作るにしても高級品扱いか、あるいはそもそも『箱』という道具が存在していなかった」

「壺だって量産は大変じゃ……」

「確かに作業工程に時間はかかるが……けれど高度な道具は必要としない。粘度を捏ねてしばらく乾燥させ、かまどで焼けば完成だ。文明が発展していない環境下なら、箱より壺の方が生産効率が良い」

「そういうモン……なのか」


 現代に慣れた真次には、全くない発想だった。

 無理もない。今の文明は複雑な道具であろうと、機械を使って成形や組み立てが自動化された世界だ。何もかも手作業の時代を、彼が想像できるはずがない。幻想郷の光景さえ、現代では見ない景色なのだから。

 

「じゃあなんで、現代では箱に変わってるんだ?」

「誰もが、あなたのような感覚になったからよ。物をしまう道具として『箱』が主流になり、『壺』と言われても使い方をイメージ出来なくなった。そこで誰かが勘違いしたか、誤訳したのでしょうね。詳しい流れは分からないけど……」

「……それで『壺』が忘れ去られて、幻想入りしたってことか。しかしそんなにすごいのか?『パンドラの壺』は?」


 紫が重々しく頷く。


「パンドラの神話は知ってる?」

「大雑把には。確か箱……じゃなかった壺の中に、神様が人間にとって良くねぇ物を詰め込んでいた。ところが人間がうっかり開けちまって、世界に厄災がばら撒かれちまった……って話だよな?」

「本当に雑な理解だな……」


 藍は顔をしかめていたが、紫は無視して続けた。


「ここで注目して欲しいのは、封じていた内容物よ」

「うん? 厄災のことか?」

「そう。この『厄災』は本当に様々なものが含まれていた。無数の病気や災害、嫉妬や憎悪のような負の感情……形の有無に関係なく、人間にとっての害悪が詰め込まれていた。つまり『パンドラの壺』は『それが悪性であるならば、どんなモノでも封じ込めれる壺』なの」


 スケールが大きすぎる話に、真次の頬が引きつる。藍も幸村も息をのみ、神代の壺が規格外の品だと認識した。


「ははは……無茶苦茶過ぎるだろ」

「『古い神代』では、これと同格の道具がいくつもあったらしい。大半は失われてしまったようだが」

「あーはっはっは。悪ぃ、ついて行けねーわ……」

「拙者もです……」


 全く想像のつかない時代だった。本当に人の傍に神がいた時代。そして神やその敵対者が、激しく争っていた時代の神具を見つめ、最初の古ぼけた印象にも納得した。紀元前どころじゃない、人が人として成り立った時期の道具なら、風化が進んでいるのは当然だろう。現存していることさえ奇跡と言えた。


「私の能力でも、何とか干渉できる相手よ。それに封印は万全じゃないことも理解していた」

「あの神話でも外側からなら、簡単に中身を解き放てた……ですね?」

「そうよ藍。強力な封印を施せるけど、変わりに封を破る事は容易な『壺』。中身の術式をコピーできたけど……実体の壺の封が破れると、結界側の封印も連動して破れてしまう弱点は消せなかった。かつての記録も知っていたし……リスクは理解していたけど、ね」


 疲れ果てた溜息が、八雲紫の口から零れた。

 手に余ると知りながら、それでも『パンドラの壺』を使う選択をした紫。失策と責めるのは簡単だが、危険を承知で封じなければならなかった……のだろう。浅い理解を真次がまとめた。


「神話の道具まで使って、怨霊たちを厳重に封印していた……それは分かった」

「えぇ、その通り」


 続かない言葉。いつもなら胡散臭く、けれど自信満々に振る舞う紫からは程遠い。主人の苦悩を察した藍が、懇願するように問いかけた。


「理由を……理由をお聞かせ下さい。紫様にしても……出来ればこのような選択は避けたかったはず。ここまでしなければならない理由を、私にも隠すほどの理由を、お聞かせください」

「……理由は二つあるわ。楽園の維持のためと、楽園が嘘な事を隠すため……」


 どくん、と真次の心臓が脈打つ。近い意味の言葉を、怨霊たちは叫んでいたのを思い出す。

「偽りの楽園」「楽園の嘘」「八雲の欺瞞」

 意味不明だと感じていたそれらの言葉、憎しみに満ちた彼らの声は。

 ――少なからず、真実を含んでいたというのか?

次回本編はちょっとお休み。今回出てきた神具について解説を。

本当はここでやりたかったんですが……あまりに情報量が多すぎました。ウンチクの類ですので、興味のない人は飛ばしてください。

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