STAGE 6-1 明かされる真実『能力耐性』『管理者の行動』
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7月19日 時間不明
彼がスキマを潜ったのは二回目だ。
真次が幻想郷に招かれたあの日、使いの八雲藍に招かれ通過したのが初めてである。一か月程しか経っていないはずだが、もう随分昔の事に感じられた。
同時に、あの日が全ての始まりだった。
巨大な黒い狼の怨霊が、スキマ空間の中から飛び出し藍を襲撃。そのまま幻想郷に侵入を果たし、異変の脅威は各所に広がっていった。
あの時、あの化け物を止めれば阻止できた……とは言うまい。当時の真次は弾幕を使えないし、足手まといの人間を連れていては、藍は満足に戦えない。今日この日まで、なるようにしかならなかった。
スキマから出ると、広い屋敷の玄関口に三人が降り立つ。藍、真次、幸村は履物を脱ぎ、奥の間で待つ紫の元へ歩んでいく。
「……来たわね」
「紫様……」
一目で、紫の疲労が目についた。
彼女は畳の上、敷いた座布団の上で正坐している。ちゃぶ台の上に置かれた四つの茶碗が湯気を立て、もてなしの気配がむしろ虚しい。やつれた頬、荒れた肌、目元に浮かぶ不健康な隈に、小さく吐きだす呼気が沈痛だった。
「座って頂戴」
張りのない、弱弱しい声だった。廃屋を通る隙間風のような、悲哀を伝える嘆きの声。これから語られる真実、その重さを予感させる湿った顔つきだ。
重い空気に引きずられた三人が、無言でそれぞれの席に着く。藍と幸村は両側に、真次は紫と向かい合う位置に着席した。
そして、しばしの沈黙。
何か話さねばと思うのだが、深く沈んだ空気が切り出すことを躊躇わせる。揃って様子見を続ける中、最初に口を開いたのは真次だった。
「ゆかりん……そんなにやつれて、何があった?」
今回、八雲紫は大きく動いていなった。幻想郷が壊れていく様に心を痛めた……だけではない。一目で直感した真次の問いに、小さく首を縦に振って答える。
「……そうね。そこから話しましょう。私はずっと、結界を守っていたの」
「何の?」
「幻想郷を維持するための結界……現実世界との境界よ」
何を言ってるのか把握しかねるが……結界とは恐らく現実世界と、この世界の敷板のようなもの……と勝手に解釈する。
「攻撃されていたのか? 全く気が付かなかったが……」
「例えるなら……幻想郷というパソコンに、首謀者がハッキングして壊そうとしてる……そう思って頂戴。私以外だと察知できないと思う」
真次が唸って腕を組む。彼には深く理解できないが……怨霊どものハッキングに対応していた八雲紫は、大きく動けなかった……のだろう。裏方で重要な攻防を続けていれば、疲弊するのも当然と言えた。
正しく理解した藍は、新しく生じた疑念をぶつける。
「しかし……可能なのですか?『境界を操る程度の能力』に干渉することが……」
紫が展開している結界は、能力を用いて張られている。霊夢のような凄腕の退治屋や、藍の様に能力を理解していなければ使えない。彼らも規格外の力を保有しているが、それだけで対抗できるとも思えない。紫は苦悩を浮かべた。
「……藍、あなたの御見舞いに行った時に、実は傷を治そうと能力を使ったのよ。けれど弾かれた。残留した怨霊の呪いが、私の境界の力を打ち消したの」
「なんと……し、しかし真次の能力『悪意を切り離す程度の能力』は通じましたが……」
「だから、ますますわからないのよ。私の能力の方が、範囲も効力も上のはず……」
異変開始時に負傷した藍は、その後真次の能力によって治療を受け、戦線に復帰している。けれどその前に訪れた紫によって、実は治療を試みていたという。
「あー……確かに。確かにその通りだ。気にしたこともなかったが……」
真次の能力は、今回の異変にこそ有効だが……効果範囲自体は狭い。「境界を操る程度の能力」と比べるまでもないのに、何故真次の能力は有効で、紫の能力は無効なのか。沈黙が降りる中、鎧武者が一礼して言葉を発する。
「拙者には二つ、心当たりが……」
「聞かせてくれる?」
「一つ目は『慣れ』です。長きに渡って紫殿の能力に晒された結果、耐性を獲得したのかと……」
「耐性……?」
眉を歪ませ、頭を悩ませる藍。医者である真次は、彼なりに理解しようと努めた。
「生き物は……薬や毒に晒され続けると、徐々に慣れて効かなくなってくる。それが能力で起こったと?」
「恐らくは」
「うーん……納得いかない。現代人感覚だからだと思うが、こう感じた。それは生物の法則じゃないか? あいつらは死んでる。怨霊だろう?」
幸村が頷いた後、否定する。
「確かに命を持ってはいませんな。ですが真次殿、慣れとは肉体に限ったことではない。精神的なものであっても繰り返していれば慣れる……いえ『飽きる』ことがあるでしょう?」
「………………なるほど。言い方が違うだけ、か」
完全理解には程遠いものの、一応真次は納得した。
「もう一つの理由は?」
「西本真也……彼らが怨霊たちを統合したのが原因です」
真次は薄々、予感していた。
元々大げさなところがあるヤツだったが、やはり自分の兄は異変の元凶だったのだ。クソ兄貴、と毒を吐く彼と裏腹に、紫はじっと幸村を見つめている。
「……不可能なはずよ」
「ええ。普通の人間ならば。けれどかの者は……あの空間、あの条件下に置いてのみ、王になり得る器だったのです。本人は決して認めないでしょうが、怨霊にとって彼は『最後の希望』と呼べる存在でした。拙者でさえ、多少なりとも惹きつけられた」
「あの空間? スキマの事じゃないのか?」
藍と真次が顔を合わせる。異変の始まりは、スキマを強引に破られたことではないのか? 観念したように肩を落とし、紫がスキマを開いて両手を突っ込む。
目玉が覗く空間が閉じると、紫は両手に大きな壺を持っていた。色褪せ、どこか埃と土くさいその壺は、今にも風に吹かれて土くれに帰ってしまいそうだ。長い長い年月を感じさせる品に、藍が声を上げる。
「それは確か……橙が割ってしまった壺……?」
朧げな記憶を掘り起こしたが、ぼんやりとしか思い出せなかった。確か現代から幻想郷への案内役が、八雲紫から藍へ変わった理由だったような……?
「この壺の呪具としての効果を、スキマ内部に発生させていたの。つまり私のスキマ、私の能力を使った結界、そしてこの壺を応用した三重の結界を密かに作ったの。そこに異変を起こした怨霊たちを封じていた」
「拙者は幻想郷が隔離される前、紫殿に全ての構想を知らされておりました。そして……拙者はその封印の中に潜り込み、内部からの監視役を仰せつかったのです」
どうやら、あの猫の少女が割ってしまった壺は、非常に重要なものだったらしい。永琳と藍と、真次の三人で話した時は、関係ないと結論が出ていたが……
「紫様、まさか橙への折檻は……」
紫の言葉を聞いて、藍の顔から血の気が引いていた。今の話が真実なら、異変発生の引き金を引いたのは……式の式、藍が溺愛する橙が原因なのか?
そういえば真次も、見舞いの時以降姿を見ていない。不安に駆られる両名に対し、スキマ妖怪が渇いた笑みで返す。
「大丈夫よ、藍。今回の事はきっと……不可抗力だった」
「え?」
「この壺の効力は確かだった。けれど背負っている因果律が悪すぎた。これを使いこなせると信じた私の失態よ。いつか必ず、封印が破れるのは分かってたのに……!」
その壺を壊しかねない程、華奢な指に力が入る。悔やんで呪っているのは、道具だけではない。幻想郷の管理者として、己の犯した過ちを責めているのだ。
一体何なのだろう、この壺は。素人の真次でも年月を感じさせるこれは、何かを封じる道具だった? おずおずと手を上げ、青年が紫に正体を問う――




