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STAGE 6-0 厄災の適応者

 怨霊と化していた西本真也はその日、幻想入りの条件を満たした。

 離婚した母は彼の事を歯牙にもかけず

 冷徹な父親は死者に見向きもしない。

 次男の真次が、とある患者の手術に集中している間に

 三男の参真は幻想入りし、そして同時に、現代に真也を覚えている人間がいなくなった……彼もまた、比較的自然な形で幻想入りを果たしたのだ。

 いや……幻想入り出来るはずだった。

 彼が辿り着いたのは『現代で忘れ去られた、力を持つ怨霊』の牢獄。

 現実世界と幻想郷の境界線、そこには密かな『網』が張られていた。幻想郷入りする怨霊を絡め取る網が……深い深い怨念を抱きながら、忘れ去られてしまった怨霊はこれに抵触する。この世を地獄と規定して、自分も世界も運命さえも呪い尽くした……そんな西本真也も当然『網』に引っかかった。


(なんだ、ここは……?)


 そこは幻想入りの条件を満たした怨霊が、一か所に閉じ込められていた。

 例えば、吸血鬼への復讐で盲目となり、恨みを利用され人を殺す駒にされたハンター

 例えば、村のために生贄となったのに、効果が低く逆恨みにされ、村を沈めた巫女

 例えば、村八分を受けた挙句、その村が起こした一揆の黒幕として、処刑された農民

 例えば、友人と思い込んでいたい相手に、功績を掠め取られ続けた騎士。

 国も時代も関係なく、古今東西の怨みの集う世界。中には名の知れた者たちもいるが、そこに仕込まれている術式は、おぞましい物だった。

 そこは……「内部にいる怨霊同士の、境界を失わせる」という式が組み込まれていた。

 自分以外の記憶や体験が流れ込み『自分が誰なのか』分からなくなっていく。自分は誰だと己に問う声さえ、自己の声だと確証が消えていく。

 多くの怨霊の場合、魂が融合し、融解し、ぐずぐずに溶けた人の部品で作った、グロテスクなスライムめいた不定形へ変異していく。けれど口を残した者は呪詛を、手が残った者は拳を握りしめ、瞳が残った者は憤怒を眼差しに宿した。

 なるほど彼らは怨霊だ。死んでもなおこの世に留まり、生前の無念を晴らさんと漂う非道な輩。地獄に堕ちるのも、嫌われるのも納得している。

 けれどもこのような仕打ちを受けて、憎しみを募らせずにいられない。自我が壊れても怨みだけは忘れず、この場所に自分たちを送り込んだ輩に、醜く変異しながら悪意を溜め込んでいった。

 そんな地獄めいた……地獄そのもので己を保つ方法は「明確な己自身を持っていること」

 特有の怨みの抱き方や、憎しみの熱量が突出している怨霊のみが耐えられる。西本真也は熱量こそ高めだったが、それでも自我の維持には届かない。脳内に雪崩込んでくる呪詛の海が、新入りの怨霊を融解させるはずだった。

 男が、呟く。


「……素晴らしい」


 西本真也の狂気が、この世界とかみ合った。

 彼にとって、現実の世界は苦しいだけの世界。現実と思い込んでいる現世こそが、最も下の地獄という発想。

 だから……現実に生き、絶望を抱いて死に絶え、怨念となって彷徨い、恨みを果たせず忘れられた。そんな存在達の死に様を追体験しても、一つたりとも拒絶しなかった。生前地獄を見て、今もなお鞭打たれ続ける者たちの嘆きを肯定した。

 それどころか、彼は要求した。


「君たちの嘆きをもっと寄越せ! 恨みについて、憎しみについて、復讐について……存分に語り合おうではないか!」


 負の情感を肯定する彼は……地獄めいた体験をさらに味わいたいと言い放った。

 苦しければ苦しいほど、絶望的であればあるほど、『現世は地獄だ』という発想を核に持つ彼は喜ぶ。古今東西の人間が、悪霊になるまでの過程を追体験しても……彼が抱く感想は一つ。


“ほら見ろ、やはりこの世は地獄じゃないか”


 この場所にいる怨霊の体験と憎しみが、西本真也の思想を補強する。壊れるどころか、むしろ彼は成長していた。絶望を啜りながら、他人の怨みを取り込みながら、己の知識と技能を増やしていく。

 自己の境界さえ保てるならば、この場所は怨霊たちの情報を体験として学習できる。嘆き続ける悪霊を集め、その全てを血肉へ還元していった。

 やがて、全ての怨霊の絶望を網羅した彼は、封印の外側に目を向ける。

 自分たちを閉じ込めるソレの構成は、怨霊を融解させた術を同じもの。ここに囚われた者たちの情報を統合し、犯人は八雲紫と断定する。長い時間この場所で、壊れていった者たちの思いは一つだ。


『八雲紫に、我らに苦渋を強いた世界に復讐を!』


 それが、ここにいるすべての怨霊の総意。西本真也は無念を受け止める器となり、彼を中心に新たな妖怪として構築されていく。やがて彼らは一つの妖怪『がしゃどくろ』として完成し、報復の計画を淡々と練っていた。

 ――監視役の真田幸村が異常に気付いたが、立ち向かったところで多勢に無勢。最後まで奮戦するも拘束されてしまう。屈辱に耐える武将の前で、西本真也が囁いた。


「貴殿も我々の同朋とならないか? 貴殿は役目だと納得しているようだが、この世界に囚われた同朋には違いない」

「……相手を見てから物を言え、若造」

「貴殿の事は村正から聞いている。ついでに言うなら懐柔は不可能だとも。だが……『ニア』について思うことがない、とは言わせないぞ?」

「…………」


『パイオニア11号』の付喪神である『ニア』は、本来なら何の問題もなく幻想入りが出来たはずだった。だが『網』に不備があったのか、遥か宇宙から幻想入りするはずの彼女は、この場所に囚われてしまう。しかし幸いなことに『怨霊』ではないので、自己と他者の境界を失わずに済んでいた。


「ですが、あなた方の復讐には賛同できませぬ。楽園の無辜むこの民に牙を剝くなど……」

「その楽園は、我々の絶望を苗床にして存続している。ついでに言うなら無辜の民でもない。我々が地獄を見る中で、安穏と楽園を享受する……それをどうして許せるのか?」

「……八雲紫殿も、このような手段は取りたくないと仰っていた。必要な犠牲と泣く泣く行ったことです……あなた方には悪いが、仕方ない。と」

「欺瞞なく素直に言ったな。虚飾されるよりマシだが……しかしそれならば、我々に復讐されて楽園が滅んだとしても、それはそれで当然の帰結。仕方ないこと……ではないかな?」

「……なるほど、和解の余地はないらしい」

「……語るに及ばずだったな。まぁいい。それならそれでやりようはある」


 西本真也が腕をかざすと、幸村の中の感情が増幅する。忘れていたはずの無念が増幅し、理性が徐々に削がれていく……


「これ、は……」

「我々の能力だ。『物事を再現する程度の能力』この世に未練を残し、彷徨う時の貴殿の心情を再現させてもらう」

「くっ……だが拙者を落としても、無駄だ。この結界からは抜け出せない……」


 酷く、暗鬱に

 唇を吊り上げて、西本真也が悪辣に嗤った。


「できるさ、この結界なら必ず」

「何……?」

「あの神話には諸説あるが、一つだけ確実な点がある。容器の封は必ず破られ、中身の厄災は世界に飛び散る……これを再現させてもらおう。後は適当な因果律が封印を破ってくれる、というわけだ。くくく……傍から見れは、運の悪い偶然にしか見えないだろう。見張り役の貴殿の口も封じた。精々管理者には踊ってもらうさ」


 日本生まれの幸村には、事態の把握は叶わない。

 しかし自信に満ちた不敵な顔が、彼らが結界を破ることを確信している。


「紫殿……申し訳、ない……」


 膝が折れ、英雄の意識が闇へと沈んでいく。

 同時に――結界の起点が砕け散り、彼らを阻むのは八雲紫の張った結界のみ。長らく境界を操る能力に晒された彼らは、その力に対し抵抗力を獲得している。彼らにとって容易に破れる壁を眺めながら、西本真也が高らかに声を上げた。


「諸君……楽園に拒まれた諸君! 我々は遂に、幻想郷へ足を踏み入れる。そこで問おう……諸君らは楽園の住人と、友好を望むか?」

『否!』

「ならば、八雲紫との和解を望むか? かの管理者に誠意ある応対を望むか?」

『否!』

「それともこのまま、暗い闇の底で待ち続けるか?」

『否っ!』

「しからば――我らがとるべき道は一つ。我々を排しておきながら、全てを受け入れるとのたまう楽園へ……その欺瞞の報いを受けさせるのだ! 他ならぬ我々自身の手で!!」

『然りっ! 我々の手で報復を!!』

「諸君! 冥府の川を渡り損ねた諸君! ならば我らはルビコン川を渡ろう! どちらかが滅び去るまで止まらない、全面戦争を始めよう……!」

『オオオオオオオオオッ!』


 雄叫びと共に、彼らが一つにまとまっていく。幻想郷という世界を管理する、まるで神の如き相手へ……神話の魔狼の姿を借り、結界を殴りつけてヒビを入れた。

 最後の一撃を浴びせる直前、西本真也が最後に囁く。


「往くぞ諸君。待ちに待った……越境のときだ」

 前作主人公が幻想入りした直後に、今作のラスボスが入り込んでいます。そして前作から今作に至るまでの時間で勢力を密かに拡大していた……と言うことです。

 ここは過去の時間軸ですが、回想の中では一番最近です。今回の直後に 0-4に繋がります。

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