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STAGE 5-28 揃う役者

7月19日 15:44



 迷いの竹林奥、永遠亭――

 今日も今日とて妖怪が列を作り、怪我の診断を求めやってくる。例年よりはるかに混雑していたが、ピークの時期は過ぎていた。

 長引いた異変に妖怪たちが慣れたことと、人里を混乱させていた黒い炎の病の薬が完成したおかげだ。今は置き薬が村に常備され、人間の被害は大幅に減少している。


「ふぅ……」


 蓬莱山輝夜が、せっせと薬瓶に錠剤を詰める。専門的な説明や調剤は出来ないが、完成した薬を積み込む手伝いをしていた。少女が力を貸し完成に至った薬が、ウドンゲやもう一人の手で運ばれ、人里全域に供給される。医務仕事はほとんど手伝わない輝夜だが、いざ従事すると重い仕事と実感した。


「……取りに来たわよ」

「ん」


 不機嫌を前面に押し出し、薬を受け取るのは 藤原 妹紅。輝夜とは長い付き合いがあり、同時に事あるごとに衝突する犬猿の仲だ。


「おーおー待たせず出て来たわね。えらいえらい」

「えぇそうよ。どっかの不死鳥がガーガー鳴いて、耳障りなせいね。せめて美しくさえずって欲しいわね。仮にも元貴族ふじわら様なら」

「姫様姫様って担ぎ上げられ、奥の院で縮こまってる女は言うことが違うわね。下々の労働に耐えれるかしら? この程度は普通なのですけれど?」

「平気平気。私不老不死だから。あなたと同じで」

「あぁそう」


 酷いイヤミの応酬である。互いに抑えてこれなのだから恐ろしい。本気で言い合った場合、ここから激しい罵倒の後、弾幕戦に発展するのが「いつもの」二人の関係だった。

 しかし今は異変の真っ最中。妹紅は人里の知った顔のため、輝夜は永琳の手間を増やさないためにグッと堪えた。


「……けど私まで駆り出すなんてね。人里のためだし別にいいけど……人を増やさないの? お金には困ってないでしょ?」

「そうしたいのは山々だけど、下手に踏み込まれたくないのよ……事情を知ってるあんたと、逆に事情を全く知らない真次が例外なだけ」


 月の民という出自もあってか、永遠亭のメンバーは外と深く関わりたくない。そのため外回りの仕事は、ほとんどがウドンゲ担当なのだ。当然これでは人員が足りない故、妹紅にも薬を配ってもらっている。


「……そう言えば、最近真次先生を見ないわね」

「なぁに? 会いたいの?」

「べ、別に……ただ気になっただけ」


 かれこれ一週間の間、真次は冥界に出ていったきり帰って来ない。しかも患者に尋ねても誰も見ていないらしい。やんわりと妹紅に伝えると、最悪を想像したのか露骨に落ち込んでしまう。


「碌に連絡も寄越さないし、死んでてもおかしくないかも」

「……考えたくないわね」

「いつもの事よ。私達が残される側なのは……もうちょっと遊びたかったけど」

「…………」


 妹紅がやり切れず息を吐く。何度味わっても慣れぬ喪失の予感に、輝夜の気持ちも沈んだ。が、しかし。遠巻きに聞こえた男性の声に、二人はそろって顔を上げた。


「おーい! 帰って来たぞー!」

「「真次!」」


 能天気に手を振って、前の時と変わらない表情で現代の医者が帰還する。二人の少女を包んでいた予感は消え去り、安堵が胸の内に広がった。

 けれど彼の隣に、別の人影た立っている。真紅の鎧武者の男だ。見慣れない姿に二人が戸惑う。疑問符を浮かべる二人に『紅蓮の戦神』が頭を垂れた。


「拙者、真田幸村と申す。わけあって真次殿と同伴しておりまする。しばし厄介になりますが、ご容赦を」

「真田……」

「……幸村ぁ!?」


 仰天する二人をすり抜け、男二人が永遠亭に足を踏み入れる。

 鎧の男を隣に置いて、真次はウドンゲと永琳に諸々の事情を説明した。


「情報を得に行った冥界で、刀鍛冶の村正……その一族の怨霊と接敵して」

「そこで次の狙いが地底と知り、地獄から旧地獄への非常口を使えないか閻魔と直接交渉……」

「許可をもらって旧地獄に降りたら……怨霊化した真田幸村と、彼に煽られた地底の怨霊軍と戦って」

「幸村さんを無念から解放し、ついでにラスボスの兄貴と酒を飲んできた……」

「……羅列してみると意味不明だな。どうしてこうなった?」


 永琳が「こっちが聞きたい……」と言わんばかりに額を押さえ、ウドンゲが困った顔で後輩を叱る。


「厄介ごとに首を突っ込んでいると思ってました。思ってましたけど……ここまで馬鹿で無鉄砲で、無茶するなんて想像してませんでした!」

「そ、それはマジですまん……」

「何度目ですか!? いい加減にしないと首輪つけますよ!?」

「止めてくれ恥ずかしい!」


 白衣がぺこぺこと平謝りする中、永琳の興味は真田幸村に向いていた。


「私達にも、異変の裏事情を話せないのね」

「……面目ない」

「いえ、当然でしょう。私が八雲紫の立場でも同じことをする」


 目線を下げ、酷く苦し気に呻くように永琳が告げる。幸村が目を見開いた。


「………………まさか、あなた様は」

「あなたの話と反応で、大体見当がついたわ。あなたがここに来た理由は……八雲紫と合流すること。あるいはここで彼女の情報を得ること……よね?」


 赤い甲冑を震わせ、沈黙を答えにする。地底から永遠亭を目指すにあたって、それは西本真次と真田幸村が話し合った事柄だった。

 幸村は戦慄を禁じ得ない。ほんの僅かな情報で見抜かれた事実に。一を聞いて十を知るという諺があるが、実際に目にしたのは初めてだ。

 恐らく、もう異変の原因にも見当がついているのだろう。その前提で幸村は謝罪した。


「……申し訳ない。拙者が不甲斐ないばかりに」

「この世界で暮らす人物に、あなたを……あなたたちを責める資格はないわ。あるとすれば被害者と部外者だけね」


 じっと見つめる目線の先に、現代からやって来た男が映る。彼女の意味と怨霊の王の予見が重なり、もう一度幸村は言葉を失った。

「お前は私の敵でいられるかな……?」そういう意味か。すべて読み切った上で、あの男は弟を試す予言を残したのか。かみ合った現実に背筋を震わせる中、当の本人は兎の耳を生やした少女と戯れている。温度差の広がる永遠亭に、新たな訪問者が顔を出した。


「失礼、西本真次君はいるか?」


 玄関先で声を上げるのは、異変の始まりに襲われた妖怪、八雲藍だ。ウドンゲの小言に飽きたのか、真次がそそくさと逃げるように応対する。


「おう、居るぞ。ちょっと前に帰って来たんだ。どうしてここに?」

「君に渡す物あって……そちらの御人は?」


 視線を向けた藍が困惑を浮かべてる。それもそのはず、幸村は覚悟を添えた正坐で出迎えていたからだ。初対面の相手に対しては、余りに重い構えである。


「拙者の名は真田幸村……楽園の外の守人もりびとです」

「何……?」


 八雲の式が眉をひそめる。紫と長らく付き従っている藍だが、初めて聞いた単語だった。彼女の主の心象は、藍にも図り切れない所がある。隠し事も一つや二つではないが、彼の頭は重く垂れ、今回の異変に深く関わっていると察した。


「真田幸村……『日の本一の兵』か。私に何用かな」

「八雲紫殿に、拙者の帰還を伝えて頂きたい。それでスキマを開いて下さるはずです」

「……承知した」


 細かい詮索をせずに、粛々と何事かを進める藍。その間に、幸村はちらりと真次へ目くばせした。


「あなたにも来ていただきたい。西本真也について、拙者以上に詳しいのは貴殿を置いて他にない」

「……わかった」


 程なくしてスキマが開き、藍と、幸村と、真次の姿が吸い込まれる。

 果たして八雲紫は、彼らに何を語るのだろうか……?



7月19日 17:00


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