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STAGE 5-26 宴の席 1

7月18日 12:11



 戦いの爪痕が残る地底は、宴会に使えそうな店は残っていなかった。

 怨霊の襲撃と妖怪の反撃で、二回戦場になったのだから仕方ない。ボロ屋になった店を巡りながら、酒や食器類を回収した。

 肝心の会場が決まらず苛立つ妖怪たち。ああでもない、こうでもないと言い合う中で、水橋パルスィが呟いた。


「この大所帯だし、室内にこだわらなくてよくない?」


 実に真っ当な意見なのに、誰も思いつきはしなかった。地底の妖怪と怨霊の大半が集まっているのだ。とてもじゃないが室内宴会は無理である。

 言い出した橋姫は、全員をとある場所に案内した。日頃居座り、彼女が闘う舞台にもなった橋へ歩き……川を下り下流へ向かう。やがて十分な広さの河川敷が、全員の目に映った。


「ここはどう?」

「おぉ~! いいねいいね!」


 町から少し距離があるおかげで、周囲はさほど荒れていない。広々とした土地もそうだが、景色や雰囲気が酒の席に向いているように思える。場所が決まれば行動は早く、何もない河川敷が、すぐさま宴会場へと変貌した。

 全員の手に酒が行き渡ったのを見計らって、星熊勇儀が声を上げる。


「それじゃ、乾杯!」

「「「「「「かんぱ~い!」」」」」」


 各々盃を掲げ、あちこちて食器の鳴る音を合図に宴会が始まった。日本酒片手にやんややんやと騒ぎだす。


「さとり様を守ってくれてありがと~っ」

「べ、別に普通よ。素直で妬ましいわね」

「うにゅ? 妬ましいってなーに?」

「嫉妬心知らないとか……嘘でしょう?」

「料理もたくさん作ってくれてたよね! どれも美味しい! ありがとう!!」

「ね、妬ましいわ……」


 地獄鴉にじゃれつかれて、パルスィはたじたじだ。「妬ましい」の言葉を意に介さず、素直に好意をぶつけられると……意外と彼女は弱い。最後は観念したのか、べたつくお空をそのままに酒を飲んでいた。


「お燐さん、今更ですが――どうぞ」

「気にしてにゃいよ。あたいじゃ幸村のカリスマに勝てるワケないにゃー……」


 お燐に酌をするのは、彼女とよく話をしていた怨霊たちだ。一時は敵味方に分かれたものの、今はもう敵意はない。お互いに水に流すように、ガッツリ酒を飲んでいた。


「ん? 釣鐘落としか? 桶に隠れてないで、お前も飲めよ」

「ふっふっふ……キスメと思った?」


 桶から緑色の髪だけ出していた少女は、元気いっぱいに飛び出して叫ぶ。


「残念! 古明地さとりの妹……こいしちゃんでした!!」

「……すまん。初めて見た」

「デスヨネ!」


 日ごろから無意識の少女のため、めったに認識されないのだが……大勢の中の一人として、こいしは宴の席に紛れ込めた。キスメと恰好を入れ替えて参加することで、さらに認知しやすくなっている。

 最も、普段見えないせいで「誰?」と首を傾げられてしまうのが悲しい。けれど、姉に似たフリーダムな性格だからか、それはそれで楽しんでいるようだ。

 逆に……こいしの恰好をしたキスメだが――鬼にちやほやされていた。


「ちょっとこっちで酌してくれよ!」

「いやいや! 俺のとこで! 頼む!」

「オイラ! オイラと飲もう!」


 彼女の普段着は白装束。加えて下半身は桶で隠れてしまっているので、あまりおしゃれとは言えない。その彼女が、普通の少女らしく着飾る姿に自然と視線か集まる。


「……ぁぅ」


 物静かなキスメがますますしおらしくなり、その所作がさらに視線を集める。彼女の頬が赤いのは、酔いのせいだけではなさそうだ。


「真次さんとの連携、見事だったそうでね。直接見れなかったのが残念です」

「ははは……不思議と馬が合うんだよねー……」


 丁寧な口調で酒を注ぐのは、地霊殿の主、古明地さとりだ。彼女は様々な妖怪の下へ足を運び、酒を注いで話の聞き手に回っていた。


「本当はわたしと親友マブにならない? って言いたいんだけどさ……あの人お医者様じゃん? わたし病気を操る妖怪だしマズイかなーって……」

「あー……ネタバレしますと、真次さんも似たような心情ですよ」

「やっぱり? なんとなく気づいてたけど……ええい! ヤケだ!」


 酒瓶を咥えて、黒谷ヤマメが一気飲みすると、周りも手拍子で騒いでいた。意識が彼女に向いたのを悟った少女は、こっそりメモ帳に書き加える。


“小説の時は、友愛から愛情にした方がよさげ”


 ――古明地さとりが聞き手に回っているのは、後々今回の事を小説にする際の、ネタ集めを兼ねてである。酒の席でも抜け目のない少女だった。

 実に楽しい河川の宴。その中心にいるのは大将二人と一人の人間だ。


「……ところで、勇儀殿の腕は完治致しますか? 拙者が言うのもなんですが」


 紅蓮の甲冑を纏う鎧武者。鬼の四天王と死闘を演じた、真田幸村が真次に問う。目線の先には、つりさげて固定した、星熊勇儀の右腕があった。


「なんとか、な。しかし一体、どーすりゃこんな怪我するんだ? ここまで来ると壊れ方って言いたくなる」

「そりゃ魂を賭けた必殺がぶつかれば、こうもなるさね」

「その理屈はおかしいだろ……」


 悪びれもしない勇儀に、医者の彼は天を仰ぐ。きつくお灸を据えたい本音を堪えて、酒をあおった。


「元に戻るまで、いかほどか?」

「……最低でも一年かかると思ってくれ」

「医者の腕が悪かったのかい?」

「あのな? 人間だったらほぼ死んでる傷だ。妖怪基準でも生命力や回復力に優れた種族じゃなきゃ、腕落とさないと助からないレベルの怪我なんだよ。治る見込みがあるだけでも、ありがたいと思ってくれ」

「まぁまぁ……話はそれほどにして、今は愉しみましょうぞ」

「そうだね。せっかくの機会だ。わざわざ酒を不味くすることない」

「……だな」


 幸村の仲裁を受け入れ、三人が酒器を鳴らす。ぐいと一献やってから、面白おかしく宴の席で会話を咲かせた。


「おっ、コレ美味い! 作ったの誰だ?」

「多分パルスィの料理だね。また腕を上げたみたいだ」

「あなたの煮物も悪くない出来ですぞ。疲れた体に染み入りまする。しかし男も料理をする時代なのですな、未来の日の本は」

「あー……戦国じゃあ考えられない話なのか。四百年のジェネレージョン・ギャンプ……正直別世界に感じてもおかしくない……」

「じぇ、じぇね? 外国語でしょうか?」

「いや多分和製英語……あぁ、これも説明必要なのか。どう話したものか……」


 とめとなく言葉と笑い声が溢れる。久々に流れる穏やかな時間に、皆が心地よく酔っていく。その渦の中に、一人の怨霊が顔を出した。三人の集まりへ足を運び、堂々と尋ねる。


「私も混ぜてもらっていいか? 酒とツマミは持参した」

「おぉ! 来い来い!」


 豪快に笑って、新しく来た男を勇儀は歓迎した。しかし幸村と真次は絶句する。二人は顔見知りだが、この場に居るのが不釣り合いな男……その怨霊をまじまじと見つめた。


「どうして……あなたが、ここに」

「……どのツラ下げて来やがった? クソ兄貴」


 西本真次そっくりの顔で、男は唇を吊り上げる。

 異変の首謀者、西本真也。怨霊を束ね、幻想郷の敵対者は飄々と……その宴の席に入り込んでいた。



7月18日 12:30

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